「ムカつき…」 

低迷アクション

「ムカつき…」

「ムカつき…」


世の中、ちょうど良いバランスで保たれているのかと思います…


巷に溢れる怖い話。夏になれば、書店や動画に溢れる様々な怪異譚…

勿論、その中には創作、実話の違いはあるにしても、相当の量が毎年、

この世に生み落とされ、私達の背筋を震え上がらせています。


しかし、仮に、これら全ての話が本当だとしたら、私達は怪異や障りが溢れかえった世界で

過ごす事になり、その中で人々は溺れ返る事でしょう。


小説や漫画などで見れば、それを祓ったり、退治する人が出てきてくれますが、


「幽霊は信じても、霊媒的なのはちょっとね…」


なんて、ほとんどの皆さん仰る通り、現実的には想像できないようです。私個人としては

同じくらいの非現実的要素だと思いますが…やはり、恐怖は終わらない闇として

残しておきたい人間の感情があるのかもしれません…


すいません、話が長くなりました。本作では、それらの疑問に対し、

一つの答えを示せるかな?というモノになります。


これを呼んだ人で、もしかしたら身に覚えが、または“見た事のある”方が

いらっしゃるかもしれません。


その時は……いえ、そっと胸に秘めておいて下さい。それが世を保つ、

一つの手段なのかもしれないという確信を持って…



 友人の女性は、保険の窓口業務の仕事を行っています。大学を卒業して、数年間の

本社勤務を経て、彼女は地方の支所へと配属になりました。順調だった仕事が、

ここで変わります。


地方の部署には、そこを仕切る“非常勤”の中年女性が勤めており、本社から来た“正社員”の彼女を始めっから敵視していました。


ここからはよくある話のお決まりパターンです。陰湿なイジメに、あからさまな職場内での

孤立を、ねちっこく書くのは趣味ではありません。省きます。


とにかく彼女の精神は疲弊し、ひどい状態となっていきました。当時、私を含める友人達も、

食事や飲みの席で、話を聞き、助言や慰めの言葉をいくつもかけていきました。


しかし、どれもあまり効果はありません。正直な話、私達も、今の仕事に不満や不安がない訳ではありません。それを解消しようと集まる楽しい席で、

彼女が語る不満やグチのオンパレード…


自然と距離を置いていく形となりましたし。何より、彼女自身が、

私達との付き合いを減らしていきました。


その代わりではありませんが、彼女がハマったのは“自殺スポット巡り”です。

一家心中や自殺者の家、その荒れ果てた廃墟や飛び降りの名所の断崖を周り、

自分の日々の鬱憤やムカつき、苛立ちの捌け口として、利用しました。


「こうやって、死を選んだ人達より、私はマシ、まだ大丈夫。」


そう思い、自身を慰めていたそうです。誰が聞いても、不味い流れだと思います。

神様や幽霊を信じていなくても、絶対、罰が当たると思うでしょう?


彼女の奇行を聞き、友人達の何人かは心配して、話をしましたが、効果はありません。

やがて、恐れていた事が起こりました…



 ある焼け跡の廃墟を訪ねた時の事です。ネットの情報によれば、気の狂った父親が夜中に

寝ている妻を刺し、2人の子供を殺した後、家に火をつけ、死んだそうです。


子供の内の1人は外まで、助けを求めに走り、途中で父親に捕まってしまいました。

そして、声が出せないよう、喉を切られ、そのまま死ぬまで、

庭を引き摺り回されたようです。


消防や近隣住民が駆け付けた時には、燃える家の明かりの下で、庭先に散らばった手や足の爪が転がり、子供が死ぬ前にどれだけ苦しみ、のたうち回ったかを現していました。


その経緯を知りつつ、彼女は黒く焦げた建材がひしめく廃墟に足を踏み入れました。

事件が起きてから1年は経っていません。もうじき、取り壊しの予定が決まっています。

人の手が入る前に、ここの空気を味わいたい。


そのために、わざわざ他県にまで足を運び、夜になるのを待って忍び込んだのです。

深呼吸をするように肺一杯、薄く残る焦げ跡の臭いを吸い込み、目を閉じた時の事です。


「ふふっ…」


誰かの笑い声を聞いた気がしました。目を開き、ゆっくり辺りを見回します。

家の中心だった所、廃材が集められた場所の、僅かな隙間、そこに“目”がありました。

全身は隠れているのか、わかりません。


赤く血走った目だけが、こちらをジッと見据えているのです。

その内、彼女の中で、不気味な変化が起こっていきました…



 逃げるように、いや、何処か“恍惚とした感じ”で、焼け跡の廃墟から戻った

彼女の生活は一変しました。仕事は頭がボンヤリして、ロクに手がつきません。

中年女性の陰口は隠れる事なく“直接”ぶつけられるようになりました。


ですが、彼女は全く気にならないのです。毎日下痢と頭痛薬のお世話になっていた

自分が嘘みたいです。


常に夢を見ているような、ハッキリしない、しかし、何処か楽しい気分なのです。

可笑しいとはわかっています。ですが、それに抗えない…


(まぁ、いいや…)


と思ってしまいます…だから、ある日の事、中年の女性に


「貴方さぁ、仕事する気がないんだったら、出て行ってくれない?

周りが迷惑してるのよ。」


と言われた時も、素直に頷いて、そのまま退社しました。同僚のビックリした顔や、

中年女性が、魚みたいに口をパクパク開けた姿を、可笑しく感じる程の余裕があったと言います。会社を出た後は、鼻歌やスキップをしながら、町をさ迷う内に夜になりました。

駅から連結したショッピングモールを進む彼女の足が、生活用品店の包丁の販売コーナーで止まります。キラキラと光る刃物を見て、唐突に閃きました。


(刺しちゃおっかな?あのオバさん?うん、そうしよう!)


まるで今晩のオカズを決めるように、アッサリと決断した彼女は、財布の所持金全てを使い、

大小様々の包丁を購入し(レジの店員さんが、こちらを凄い目で見ていましたが、

気になりません。)


店を出ました。家に戻るか?それとも会社の前で出勤してくる中年女性を待つか?恋人とのデートプランを決めるように、殺害方法を楽しく考えていきます。


この時の彼女は、一切の迷いも、躊躇う気持ちも無かったと言います。

そうやって、袋に入った包丁のどれを使うかを吟味していた時でした。


「ああ、いっやだなぁ~っ、ムッカつくなぁ~っ、飲みすぎだなぁ、これ。」


ふいに耳障りなドラ声が近くで響き、肩を掴まれ、少し引っ張られました。


「飲みすぎると、いっつも!これだもんなぁ~っ、嫌んなっちゃうよなぁ~、

ああ~っ、ホント、ムカつくし、キモイよぉ~っ、これっ!…よっと!…これで良し!

んっ?…あれれ?おねーさん、どったの?」


彼女の前で両手を高く掲げた学生風の男が呻きながら、まるで“今気づいた”というように、酒臭い息を発しながら、こちらの顔を覗き込みます。彼女が言葉を発する前に

男の両隣から飛び出した彼の友人風の男達が驚き、慌てて謝罪しました。


「すいません、ホントッ!すいません!!コイツ、だいぶ酔ってて、お前も謝れ!馬鹿!!

(両手を上げた男の頭を無理やり下に下げながら!)たまに、外で飲むとこれだよ?


もう、連れてかねぇぞ!馬鹿っ!あの、本当にすみませんでした。ホラッ!行くぞ!!」


「大丈夫~、もう大丈夫…酔ってねぇよ~、行こうぜ~」


両脇を抱えられ、引きずられていく男を眺めながら、彼女はただ驚いていました。


自身の肩に男が触れ、そのまま腕を上げた時、何か黒いモヤのような塊が

引き上げられたのです。高く掲げられた男の両手の中で、黒いモヤは、ヘビの

ように身をのたくらせ、やがて…消えていきました。


それと同時に、自身の頭がハッキリ正気づいたと言います。例の廃墟に行った後から、

今までの事が悪い夢のように感じられ、手に収まった包丁だらけの袋に、改めて驚きました。


そのまま混乱する頭を抱えながら、何とか自宅に辿り着いたそうです…



 以上が、彼女が私に話してくれた内容です。職場内での問題は今だに、解決はしていません。ですが、あの一件以来、中年の女性も陰口を少し控えるようになり、職場内での

味方も出来ました。


なにより、彼女自身、仕事に一生懸命励み、周りに認められるように実績を

上げていった事も大きく関係しています。配属先が変わる以前のような、素敵な笑顔を

見せてくれる彼女に、私はこう尋ねました。


「つまり、君の話だと、その男にとっては自分の目の前に漂っていた、自身がよく見る

気持ちの悪くなる原因?それをいつものように取っ払ったら、君がいて、ビックリしたという事だよね?」


「うん、そうだと思う。多分、小っちゃい頃から見えていたんじゃないかな?

ただ、それを幽霊とか、超常現象的なモノとは捉えていないんだよ。あの人にとっては

よく見かける、当たり前のムカつく黒いモヤ…その程度の認識だと思う。


世の中には、多分そういう人がいっぱい居て、時々見えるモヤを祓ってくれる?

勿論、全てじゃないよ。アタシが起こしそうだった事件とか、正直、ニュースでも

似たような話一杯あるし。防ぎ切れてないモノだって、たくさんあると思うけど…


でも、そのおかげで障りとか、祟りとかが、世の中全体に、影響を及ぼさない、噂話や

個人のレベルで済んでるじゃないのかなって思う…何ていうか、無意識の除霊者みたいな感じの人達のおかげでさ…」


「無意識ねぇ…」


思わず呟く私の前で、彼女は少し考えこむような仕草を見せます。首を傾げた私に、彼女は

最後に、こう言いました。


「無意識…じゃないのかも…」


「?」


「周りの人に引きずられる時、あの人、大丈夫、大丈夫って何回も言ってた…」


「・・・・・」


「その言葉…ずっと私の目を見て、言ってた気がするんだよね?勿論、全然酔っていなかったよ。凄く優しい顔でさ。繰り返し、言い含めるように言ってた。

“もう、大丈夫”ってさ!」…(終)



 

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