褐色の本… 

低迷アクション

褐色の本… 

褐色の本…


「珍しいですね?誰の紹介も無しで、ここに来るなんて、というか、よくわかりましたね?この場所が…」


そう喋る男の名は“工藤”と言った。彼のアトリエに突然訪れた人物、それも深夜に訪れた初めての客。は無言で頷き、室内に入ろうとする。分厚いコートの襟と目深に被った帽子で

あまり、表情は見えない。


怪しい事この上ないが、物盗りにしては入る家を間違えている程、自分の家には何もない。

家財道具は必要最低限の者しかない。あるのは二束三文にもならない大量の本…


だから、招き入れる事にした。工藤の振った手に答え、相手はゆっくりと室内に入ってくる。

その足が、室内入口から、家の中ほとんどを埋めつくす蔵書量を見て“思わず”という形で

止まった。


「お気に召しました?ちなみに僕の全財産はこれだけですよ。」


おどけた調子で言う。見ず知らずの他人を家に入れるのも抵抗あるが、普段から怪奇小説やミステリー、ファンタジーと言ったジャンル無制限の草紙を嗜む自分だ。


たまには、こうゆうシチュエーションを楽しみたいし、彼の仲間内でも、この手の趣向を

好む者も多くいる。案外、その内の誰かが仕掛けたサプライズイベントのような

モノかもしれない。


タイトルを付けるなら、そうだな…


“深夜の訪問者の怪”


いや“の”が多すぎるか。1人笑い、頭を掻く。

やはり、自分は創作者に向いていない。あくまでも職人の方だけでのみ

その才華が芽吹くようだ。


小さな咳払いに気が付けば、訪問者がこちらを見ている。空想に耽りすぎか。

苦笑いをし、簡単な応接室兼、工房に案内し、相手を座らせた。


訪問者(多分、男)は、机や棚に並ぶ工藤の道具を面白そうに眺め、感嘆したように

ため息をつく。悪い人間ではないらしい。それどころか、自分と同じ趣味人の者と見た。


お茶の代わりに買い置きの洋酒を手早く開け(元々、無かったが)コップ二つに並々浸すと

相手の前に並べた。先方は黙ってグラスを見つめ、そのまま固まっている。


(もしかして、酒は苦手だったか?)


少し焦った工藤に、訪問者が初めて口を開く。


「長いのか…?」


「はっ?」


地の底から響いてくるような低く、くぐもった声に思わず聞き返してしまう。

こちらの疑問に、答えるように相手はコートの中から本を取り出す。黒い革表紙の

高級そうな冊子に心が動く。


それは通常の本とは違い、装丁に動物の皮をあしらえたモノだ。こちらを見つめ、口を開く

訪問者に工藤は全てを察する。


「良い出来だ…」


「ああっ、そーゆう事ですか?ありがとうございます。これは私の“作品”の中でも

自信作でしてね。いやはや、いっぱしの製本職人には、まだほど遠いんですけどね。

でも、印刷機もウチにある特別な奴を使っているんですよ。もしかして、貴方も創作をやるんですか?」


「いいや…少し違うな。」


「そうですか、いえね。私もまだ駆け出しでして。」


低いが、親しみを感じさせる相手の声に思わず嬉しい反応を示し、

工藤の顔がいよいよ綻んでいく。彼の仕事、いや趣味に近いが…作品づくりは一部のマニアに定評があり、少しづつだが、仕事の依頼が入ってきている。


もしかしたら、この男も新たな顧客になってくれるのかもしれない。

そんな期待を抱いたのだ。


「家族はどうしてる…?」


この訪問者の質問はコロコロ変わる。オマケにこっちの話を、まるで無視した態度が気に

障ってきた。だが、仕方がない。これも次の仕事のためだ。極力、

相手に合わせる事にしよう。


「父には勘当モノでしてね。母と妹が時々、連絡をくれますよ。妹に至っては

“お兄ちゃん、大学出て、本作りなんて今時儲からないよ。早く定職について!”なんて

余計な世話を焼く始末でしてね。まぁっ、バリバリ体育会系の元気な奴ですよ。ハハハッ。」


工藤のおどけた声に、訪問者の肩がわずかに揺れる。どうやら笑っているようだ。

少し安心した。このまま商品の売り込みに話を持って行こう。


「それはそうとお客さん、私の作品に興味を持ってくれたようですが、この本の質の良さが

お分かりになるとは素晴らしい。私が大事にしているのは、お察しだとは思いますが

あえて言いますと“手触り”です。


人が最も安心と心地よさ、親しみを持てるモノ、それが何かわかりますか?答えは人との

接触を感じられるモノ、つまり“人肌”です。


昨今のように家族間ですら希薄になった社会において、疲れ切った心を真から癒すモノと

私は考えています。それを身近なモノ、自分に知的好奇心や楽しみをもたらすモノ。

まぁ、スマホと言われたら身も蓋もないですが。アハハッ…


それを感じる事が出来るモノ、つまり人肌的要素を加えれば、

二重の喜びに繋がると思っています。私の場合は、この二つを体現できるモノと考え、

自身の好きな“本”の装丁に用いているのです。


様々な動物の皮を加工し、鞣し、人の肌に近いモノにし、完成させる。大量生産はしていません。ほとんど一品モノ、ある意味では世界に一つだけの本です。


どうです?素晴らしいでしょう?」


「…の皮は使った事はないのか?」


「はっ?」


夢中で喋り、気が付かなかったが、相手が何かを言ったようだ。よく見れば冷たい瞳がこちらを覗いている。


「すいません、もう一度お願いします。何とおっしゃいました?」


工藤の言葉に男は低く笑い、今度は、ハッキリとした声で喋った。


「お前は人肌というが、なら、本物の“人間の皮”は使った事はないのか?…」…



「ば、馬鹿言わないで下さい。そ、そんなモノ使える訳ないじゃないですかっ?」


訪問者の言葉に思わず吹き出し、続けて大声を上げてしまう。コイツは一体?

何を言っているんだ?常識的に考えてほしい。そんな事をすれば犯罪だ。

勿論、工藤はちゃんと知っている。だから…


「使えないよな?常識ではな。勿論、俺も知っている。けど、これを見てくれ…」


工藤の言葉を継ぐように相手が喋り、懐からもう一冊の本を出す。先程の本とは違い、

茶褐色の色をした文庫本サイズのモノだ。表紙には何も描かれていない。これは…


自身の頬を冷たい汗が流れるのを感じていく。


動かない工藤を見つめ、男が不思議そうに首を傾げる。


「どうした?触って確かめないのか?それとも職人の目で、もうわかっているのか?

お察しの通り、これは人の皮で出来た本だ…そして、これを作ったのはお前だな?」…



頭を殴られたような衝撃が走る。それを何とか抑え、表に出さないように耐える。

何も言わない工藤の様子を肯定と受け取ったのか?相手の声は続く。


「半年前に都内の小学生が帰宅時に誘拐され、行方不明になっている。年間2万人の

失踪者が出ている昨今じゃぁ、よくある事。誰も気にしない。被害者の両親は悲しむし、

ショックで死ぬかもしれないけどな。


それも数日で誰も気にしなくなる。新しい事件とかでな。それが、この国の良い所だよ?


問題はここから。無能なサツや、無関心なご近所さんは気づかなかったけど、誘拐された子に、当日声をかけていた若造がいたんだよ。アンタにそっくりな顔した奴がな。

目撃者は、この俺…だから間違いない。」


「貴方、警察ですか?」


絞り出すようにやっと言葉を発する事が出来た。訪問者は愉快そうに笑う。


「いいや、違う。ただ俺は、お前の事が気になってな。ずっと調べていたんだ。そうする内に本の装丁を作っているという事を知り、作品を何個か手に入れた。それにコレが混じっていた。俺は確信した。売ってくれた相手も褒めていたよ。


“まるで、本物の人肌に触れているみたいです”ってな。

確かにいい出来だ。


それぞれパーツ事、体の部位を分けた皮膚を使う事にも、こだわりを感じる。

世界で一冊しか作れない本だよ。これは…」


「売った相手は皆、本物の皮膚なんてわからないでしょう?いや、これは例えですが…

一部では昔から人の皮膚を作った本を作る業者だっている。仮にそれが人間の皮膚を使ったモノだとしても、僕の作ったモノとは限りませんよ。」


少しだけの余裕を取り戻す工藤、相手の言っている事は全て“当たっている”

だが、コイツは警察の者じゃない。証拠だってない、心配する事は何一つ自分にはない。


「いいや、これはアンタが作った。あの子、名前は…さやかちゃんだったな?あの子の肌触りだよ。この本は…」


「えっ?」


訪問者の言葉に思わず、目を見開く。その反応を楽しむように男はゆっくり間をおいてから、

次の言葉を発した。


「俺もあの子を狙っていたんだよ…」…



呆然とする工藤の前で、相手は愉快そうに肩を揺らし、本の表紙を触りながら、喋り始める。


 「いわゆる変質者って奴でな。俺は。あの子は、お前と違って2週間も前から目を付けていた。通学途中で、転んだり、落とし物をした時に、優しく声をかけたり、

手を添えてやってな。どさくさ紛れに触ってやったぜ。

あの子の柔らかい指、頬っぺたのプニプニの触感は忘れらない。


この本を触ると思いだすぜ…」


「狂ってる。」


「お前が言うなよ。さっきも言ったろ?俺は違うってな?

そっちは作品の原料にしか見えてないが、こっちは色々切り刻んで、温もりと感触を楽しみたいんだ。お前はアレだろ?本物に近づけようとして、いつの間にか本物使っちまったって、パターンだろ?


似てるようで少し違うな。俺達、でも、共通してる事だってある。それは何だかわかるか?二人共“イカレテル”って事だ。」


「僕は殺してない…」


目の前で嬉々として語った訪問者に言える精一杯の言い訳をしてみた。無駄だと

わかっているが、相手の意図が読めない以上、そう言うしかない。何が目的か知らないが、


早急に部屋から出て行ってほしい。いや、この世からいなくなってほしい。そうすれば…

机のスタンドに刺さる彫刻ナイフにゆっくり視線を映す工藤を訪問者は楽しそうに見つめ、

こちらを静止するように手を翳した。


「まぁ、聞け。別に殺してないって言い張るなら、それでいい。俺だって、

自分がヤバい奴で、この本の正体を知った上で持っているんだ。


今更、通報なんてガラじゃねぇし、最悪、俺が捕まっちまうような提案を選んだりはしない。わざわざここまで来たのは、お前に仕事を頼みたいんだ…」


「仕事?」


「そうだ。今までの俺は、殺した相手の体をバラして、玩具みたいに弄んできた。

テレビで流れる被害者家族の泣き顔とか、解説者の怒りの表情とか、使えない警察の

仏頂面眺めて、徐々に冷たく、腐っていく肌を名残惜しみながら、楽しんでいたんだ。


だけど、お前のおかげでそれを保存、本の装丁にして、何度もその時の感覚を楽しむ術を

知った。」


相手の言葉に熱が入っていく。どうやら、始末する必要はないらしい。工藤は一安心をする。最も、何人も殺してきたであろう訪問者の口ぶりでは、到底敵う筈も無かっただろうが…


話の内容から、相手は工藤に作品作りを依頼したいらしい。それも自身が最も望む原料を

使って…正直、悪い話ではない。半年前の制作は、生涯で最高の時間だった。また、あれを

味わえるなら、もってこいだ。


少しづつ、穏やかになっていく工藤の表情を見た訪問者が嬉しそうに肩を揺らす。


「どうやら、引き受けてくれそうだな。俺としても嬉しい。新たな楽しみを

教えてくれたし、もっと素敵な瞬間も体験できそうだからな…」


「ハハハッ?ちなみに材料はいつ手に入りそうですか?」


「もう、ここにある…」


「早速、拝見します。」


即答する工藤に、相手が懐からビニールに梱包された褐色の布のようなモノを出す。

自身の喉がゴクリと唾をのみ込む音が響く。半年前の、本物の人肌を使った作品づくりの

興奮が蘇ってくる。


「皮膚の色は元からだ。殺してから数時間しか経っていない。

だから、腐敗も始まってない、実際に触って、確かめてみな…」


「勿論。」


ゆっくりビニールを破き、興奮を押し殺しながら、ハンカチのようにヒラヒラした人の皮膚を手の中に収めた。程よく日焼けした色は、この皮の持ち主が健康的な生活を送っていた

証拠だ。恐らく、運動好きの学生、この弾力と柔らかさは未成年のモノと見て、間違いない。

破れないようにそっと手で揉みしだいたり、鼻に近づけたりして、

その感触を楽しむ。


ゆっくり、ゆっくりと…やはり、人肌はいい。この温もりこそが自身の作品に命を吹き込む。


加えて訪問者が持ってきた、この原料は格別だ。半年前の少女も良かったが、この感触、

温もりはどこか、哀愁のようなモノを感じさせた。この懐かしさ、これは…


ふいに疑問が起こり、内側から沸騰してくる感情の波がある。まさか、一瞬後に閃いた

“予感”は工藤を見つめる訪問者の大きく嘲るように開かれた目で“確信”に変わった。


全身がワナワナ震えてくる。今度は吐き気に近い衝動が内側からせり上がってくる。

まさか、まさか、これは…


「今まではテレビ越しでしか見る事の出来なかった被害者家族の顔、ようやく間近で拝めた。死ぬ間際はピョンピョンと跳ねて楽しかったぞ?さすが“体育会系”だな?


さて、ここからは商談だ。これはいくらで作ってくれる?」…(終)



 

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