乱 三十と一夜の短篇第34回

白川津 中々

第1話

 母はよく酒を飲む人だった。

 キッチンドランカーなんてものではない。リビングドランカーだ。毎日毎朝毎晩居間で堂々と何かしらの酒を煽り馬鹿笑いを轟かせていた母の姿を鮮明に覚えている。生けるアル中である。

 昼夜場所問わず、兎にも角にも酒浸りの母は子供の俺を置いて酒宴に向かうなんて事もしょっちゅうであり、一年二年姿を見せないなんて事もざらにあった。転勤族の親父はそれを見兼ねて俺を祖母の家に預けたのだが何故か母のバカ酒を止めようとはしなかった。曰く、花に水をやらねば枯れてしまう。との事であったが、花が咲いているのはお前の頭の中だろうと思った。

 比較的まともだった祖母のおかげで真っ当な生活を得る事はできたのだが、周りと比べるとやはり異質な家庭環境であった為にそれなりの苦労はした。だがそれは良い。困ったのはたまにやってくる母絡みの事件である。中でも一番辛酸を舐めさせられたのが小4の運動会の時であった。酔った勢いで乱入した母が校内史上最大の汚点を残す盛大なやらかしをしたのだが、その場に居合わせた人間が早死にするよう祈りながらこの記憶は墓まで持っていく事にする。


 そんな母が死んだのが一年前の事。死因は転落死。雨上がりにできた水溜りに月が映り、それを掴もうとマンションの窓から飛び降りたらしいのだが詳細は不明。一応他殺の線でも捜査を進めていたらしいのだが、母の性格を考えればやはり月を欲して死んだ方がらしいので警察の方には適当にやってくださいと頼んでおいた。仮に他殺だとしたら、殺した方が哀れである。


 ここまではまぁさして問題ではなかったのだが、大変だったのはその後。

 実際に育てられたわけではない為さほど悲しみはしなかったのだが、遺品を見た時は落涙を禁じ得なかった。悲しみの涙ではない。呆れ果てた先にあったものが、涙という生理現象だっただけの事である。

 母は飲むと性欲が高まるらしく、酔いが回ると誰彼構わずネンゴロになっていたと聞いてはいたのだが、なんとその様子が映されたメモリスティックが残されていたのである。それを見た父は「死ぬ前だったら乱交も夢じゃなかったな」などと頭の湧いた事をほざいていた。こいつも死んだ方がいいんじゃないかと思った。この映像が元で親戚中が大いに揉め、中には卒倒して母の後を追った親戚もいた程である。ご愁傷様だ。


 まぁ、なんやかんやで一段落がつき、一年が経った。本日は母の命日。生前はどうあれ、仏となれば供養も必要だろうという慣習によりしかたなく墓参りにやって来たのだが、何やら墓前がおかしな事になっている。やたらと活けられている花。燻製にでもするのかと思うくらいに焚かれた線香。そして飲めば致死量に至るであろう数多の酒類。なんだこれは。嫌がらせかと思った矢先。背後に人の気配を感じ振り返る。そこに立っていたのは……


「やぁ。君も種違いの兄弟みたいだね」


「いやぁ母さんには困ったものだね。考えなしに性行しては孕むんだから」


「お兄ちゃん。孕むってなに?」


「大人になったら分かるよ」


「爆笑しかないよな。もはや」



 騒がしく口を開くのはどこか似ている面々。どうやらこいつらは、酩酊の感に任せてできた俺の兄弟のようである。数えてみるとその数12人。驚く事にサッカーチームができてしまう程の大所帯ではないか。あぁまったくなんという事だろうか。これではまるで聖闘士星矢だ。

 

「酒はともかく受精はさけてほしかった」


 俺はくだらぬ呟きを一人落とし、金輪際酒は飲まぬと心に誓った。

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