第三回:ゲスト「サイガ」

「ゲホゲホ……う~、マズイな……」

 咳払いをしながら、私はイガイガする喉元をさすった。うう、後悔先に立たずだけど、もうちょい喉のケアはしておくべきだったなぁ。今までは「ちょっとのど飴舐めれば大丈夫」だったけど、この仕事に就いてしまった現在、そうは問屋が下ろさない。


「今日の収録、上手くやれるかな……」


 予め連絡しておいたからなのか、収録現場にはのど飴の山が置かれていた。放送作家さんは温かい声で私に話しかける。


「今日は喉悪いこと隠さないでいいからね、逆にそれを生かした番組にしたいって思ってるから」

「ふ、ふぁい」


 飴の成分を喉に擦り付けるように転がしながら、私はろれつの回らない声で返事をした。


 さあ、開園の時間だ……ゲホゲホ。


📡   📡   📡


ヒビキ「来園中の皆さん、こんにちは!『ジャパリRADIO』のお時間です。このラジオでは毎回、フレンズの方をゲストにお招きし、インタビューを通して、皆さんの知らない動物の魅力に迫ります。第3回目のゲストは……」


(ドラムロールのSE)


ヒビキ「“サイガ”さんです!」


サイガ「わーい、こんにちはなのな~!」


ヒビキ「わあっ!とっても元気いっぱいな声ですね」


サイガ「うはは~!今日はらじお?で遊ぶと聞いて、とっても楽しみだったのな!」


ヒビキ「それは何よりです、だけど……ごめんなさい!実は私、喉を少し痛めてしまいまして……あまり元気にお相手できないかもしれません……」


サイガ「えーっ?それは一大事なのな!早く良くなってほしいのな」


ヒビキ「ありがとうございます……では早速、自己紹介をお願いします」


サイガ「はいなのな!私はサイガ、元々の動物はモンゴルやロシアのちょっと寒い平地に30頭くらいの家族といっしょに暮らしてるのな~」


ヒビキ「それでは“こんな姿の動物です”という、わかりやすい例はどうでしょうか?」


サイガ「鼻がでっかいのな~!」


ヒビキ「た、確かに。サイガさんの姿を見たときに、一番驚かされるのはその鼻ですよね。その他の部分はカモシカさんと同じなのに、鼻だけでここまでイメージが変わってしまうなんて、不思議ですね」


サイガ「そうなのな、りすなぁさんたちも、是非調べてみてほしいのな!」


ヒビキ「その不思議な鼻の秘密は、後程ご紹介しますのでお楽しみに~。そういえば、サイガさんは、グループ『けも勇槍騎士団』の一員なんですよね」


サイガ「そうなのな、武道大会でも大活躍なのなーっ!」


ヒビキ「けも勇槍騎士団の方々はシカやレイヨウのフレンズさんのグループですが、もうちょっと詳しく分けると"ウシ科"と"シカ科"の二つに分類できます。サイガさんはどっちですか?」


サイガ「あたしはウシさんに近いのな。まず、角がオスにしか生えてないのな。そして角が枝分かれしていなくて、真っ直ぐ伸びているのな。そしてそして、この角は一生モノなのな、折れたら大変な角なのな!」


ヒビキ「なるほど、「角がオスにしかない」「角が枝分かれしていない」「角が生え変わらない」というのがウシ科の動物の共通点ってことなんですね」


サイガ「そうなのな。でも、遊ぶときにはあんまり関係ない話なのな、ウシでもシカでも、み~んなおんなじ仲間なのな!」


ヒビキ「はい、どちらも"反芻亜目"という分類の仲間の動物ですからね」


サイガ「よくわからないけど、そうなのな!」


📻   📻   📻


ヒビキ「さて、ここからはサイガさんの魅力にどんどん迫っていきたいと思います。まず気になるのはその大きな鼻、まるでホースみたいな鼻ですよね」


サイガ「そうなのな、この鼻はとってもだいじだいじなのな。これがないと、寒い場所では暮らしていけないのな」


ヒビキ「具体的には、どんな働きをするんでしょうか?」


サイガ「あたしたちはよく大移動をするのな、その時に群れの仲間が蹴りあげた土埃が体の中に入らないようにフィルターになってくれるのな、それにそれに、夏には外の涼しい風をいっぱい取り込んで、体を冷やしてくれるのな」


ヒビキ「へぇ~」


サイガ「まだまだあるのな、あたしたちの住んでいる場所は、冬になるととっても寒くて空気がパサパサなのな。でも、この鼻の中で空気を暖めて湿らせたらとっても快適なのな、体の中から暖まるのな……」


ヒビキ「つまり、その大きな鼻は『天然の加湿器』という訳なんですね」


サイガ「そうそうなのな、鼻の中には目からの水分を含めるためのポケットが付いてるのな、あたしの鼻はそれがとても発達してるのな。だからどんなパサパサ空気でもしっとり出来るのな」


ヒビキ「羨ましいです。私ももうちょっと加湿に気を配っていれば、喉を痛めなかったかも……反省です」


サイガ「なのな、空気がパサパサだと、悪さをするウイルスとか細菌とかが広がりやすいのな、それに空気がパサパサだと喉もパサパサでイガイガな、病気にかかりやすくなっちゃうな!」


ヒビキ「なるほど、何か、簡単に出来る乾燥対策ってありますか?」


サイガ「部屋に植物があると、とってもシメシメ空気になるな!あたしが住んでいた場所は草木が少ないな、だからパサパサなのな。ちゃんとお水をあげれば葉っぱはシメシメ、空気もシメシメな」


ヒビキ「確かに植物の蒸散の働きも『天然の加湿器』ですよね」


サイガ「でもでも、いちばんいいのは鼻で呼吸することな。悪い菌はだいたい口から入ってくるのな、だけど鼻はとってもガードが固いのな、悪い菌は入ってこれないのな。しかも空気をシメシメにしてくれるのな、いいことずくめなのな!」


ヒビキ「あまり意識していませんでしたが、鼻にそんな凄い能力があったなんて知りませんでした、これからは鼻を大切にしていこうと思います」


サイガ「なのな!鼻の力で冬を乗り切るのな!」


🎤   🎤   🎤


ヒビキ「さて、今日はサイガさんのふるさとのロシアの伝統料理がスタジオに来ています、サイガさん、これは一体?」


サイガ「これは"シチー"と呼ばれる料理なのな!」


ヒビキ「シチー、シチューではなく?」


サイガ「そうなのな。シチーはロシアのお家では毎日のように出るのな、『シチーとカーシャはわれらの糧』な!」


ヒビキ「なるほど、日本のお味噌汁とごはんみたいなものなんですね、ではさっそくいただきます……え、す、酸っぱい!?」


サイガ「そうなのな、シチーには"ザワークラウト"というキャベツのお漬物が入ってるのな!栄養満点なのな!仕上げにサワークリームを入れているから乳酸菌もたくさん入ってるのな!」


ヒビキ「なるほど、この酸っぱさは発酵食品をふんだんに使っている証なんですね」


サイガ「なのな~!冬のロシアは-20度にもなることもあるのな、そんなときは暖かいシチーで栄養をたくさん取り込むのな」


ヒビキ「寒い冬を乗り越えるための知恵の結晶のようなスープなんですね」


サイガ「あたしたちも、1日何十キロも移動して80種類くらいの草をもりもりたべるのな!一ヶ所にいつづけると、栄養が偏って病気になってしまうのな。栄養バランス、だいじだいじなのな~!」


ヒビキ「ためになります、この冬は湿度と栄養に気をつけて乗り越えていきたいです!」


♫   ♫   ♫


ヒビキ「さて、サイガさんとの楽しい時間も、そろそろ終わりが近づいてきました……サイガさん、今日はどうでしたか?」


サイガ「あたしのこと、沢山知ってもらえて嬉しかったのな!ヒビキさんも早く良くなって、今度は一緒に遊ぶのな!」


ヒビキ「はい!ぜひぜひ!」


サイガ「暖かくなったらマンモスちゃんと一緒に、美味しいピロシキたべるのな!」


ヒビキ「あ、私ピロシキ大好きです!マンモスちゃんとは仲良しなんですか?」


サイガ「もちろんなのな、あたしとマンモスは同じ氷河期を一緒に過ごした大切な仲間なのな、ジャパリパークにきてまた会えたのはとっても嬉しいことなのな」


ヒビキ「なるほど、マンモスさんは絶滅してしまいましたからね、フレンズになって奇跡の再会を果たすなんて、ちょっと感動してしまいそう」


サイガ「えへへ~ありがとうな、マンモスにも伝えておくのな!」


ヒビキ「はい、マンモスさんはいつかゲストにお呼びしたいと思っているので、宜しくお願いします」


サイガ「任せるのな~!今日はありがとうなのな!」


ヒビキ「はい。サイガさん、本日はありがとうございました。さて、次回のゲストは”フクロオオカミ”さんです、リクエスト、ありがとうございました!初めての絶滅動物さん、私も緊張しています」


ヒビキ「そして、ラジオではリスナーの皆様からの"フクロオオカミ"さんへの質問、そして、ゲストに来てもらいたいフレンズさんを募集しております。


https://odaibako.net/u/irony_art


へ、どしどしお寄せ下さい!それでは、また次回のジャパリRADIOでお会いしましょう。お相手は、MCヒビキでした~!」


📡   📡   📡


「あ、ありがとうございました」 


 スタジオから出て、私は深くお辞儀をした、本当は自分の不養生を責められてもおかしくないのに、サイガさんも作家さんもスタッフも何一つ嫌みを言わずに、私の不手際をフォローしてくれた。


 「いやぁ、むしろナイスタイミングだと思ったくらいだよ、おかげでサイガちゃんの魅力も分かってもらいやすいし、リスナーさんのためになる番組に出来たわけだからさ」


 作家さんは笑いながら、怪我の功名とばかりに言う。ああ、こういう人のことを「プロ」って言うんだろうなぁ、どんな状況でも最高のパフォーマンスを発揮できる人。


「本当にありがとうございました、今後は自分の体調には十分気を付けます!」 


 でも、そのためにはまず自分が最高の状態じゃなければいけないんだ。


「うん、宜しく頼むよ。じゃあ、また次回の収録でね」


 その日の帰り道、頂いたのど飴の袋を抱えながら、私はちょっと高めの加湿器とちょっと大きめの観葉植物を迷わず買った。

 この冬を乗り切るんだ!という決意を込めて。



どうぶつ図鑑

「サイガ」

分類:ウシ目反芻亜目ウシ科ヤギ亜科サイガ属

IUCNレッドリスト( Ver.3.1):絶滅寸前(CR)

生息地:モンゴル南西部、ロシア南部、カザフスタン南部

見られる動物園:なし

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