第ニ回:ゲスト「オナガラケットハチドリ」
最近、忙しい。
この仕事をちょっと舐めていたかもしれない。マイクの前でただ喋り続ければいいと考えていたけれど実際はそんな事はなく(だまされたっ!)放送前まで色々な打ち合わせや台本読みや、ゲストについての予習(前回のような勘違いは二度とするまい)……と、色々やることがやま積みなのだ。
それを全てこなしたとしてもまだ安心は出来ない。どれほど努力したとしても、リスナーに伝わるのはラジオで流れた内容だけ、そんな残酷な事実がプレッシャーとしてのしかかってきて……ますますなんとかしなきゃと練習に熱がこもってしまう。
不安に駆られながら幾日が過ぎて……とうとう収録日がやって来てしまった。「前回の放送も反響良かったし、焦らず落ち着いていけば大丈夫だよ」放送作家さんの優しい言葉に相づちを打ちつつも緊張は解けず、私は回転イスに座ると、震える指先でマイクのスイッチを入れた。
さぁ、開園の時間だ……
📡 📡 📡
ヒビキ「来園中の皆さん、こんにちは!『ジャパリRADIO』のお時間です。このラジオでは毎回、フレンズの方をゲストにお招きしてインタビューを通して、皆さんの知らない動物の魅力に迫ります。第2回目のゲストは……」
(ドラムロールのSE)
ヒビキ「“オナガラケットハチドリ”さんです!」
(ハチのような羽ばたきの音)
オナガラケットハチドリ(以下「ラッケ」)「オナガラケットハチドリのラッケですです!みんなの憩いの場になるように小さな花壇のお世話をしていますます!(超早口)」
ヒビキ「ら、ラッケさん!落ち着いて落ち着いて〜」
ラッケ「はっ、失礼しましたした!私、つい早口になってしまうくせがありますます!スミマセンッ!(比較的ゆっくり目な早口)」
ヒビキ「大丈夫ですよ、後で編集でスロー再生しておきますから(笑)それでは、ラッケさん、何処から来ましたか?」
ラッケ「はい。私はホートクの森に住んでますます。もともとの動物はアンデス山脈、ペルーの森の中で生活していましたした」
ヒビキ「お、ということは、前回のゲストのビクーニャさんと近い所に住んでいるんですね、ビクーニャさんとはお知り合いですか?」
「うーん、あんまり接点が無いのですです。でも、言われてみれば見かけたことがあるようなきがしますます!今度話しかけてみますです」
ヒビキ「それでは“こんな姿の動物です”って、わかりやすい例はありませんか?」
ラッケ「はいはいっ!私は大体13から15センチくらいの大きさで、頭は帽子のような光沢のある青色で、体はお腹が白、背中が黄緑ですです。そして、一番目立つのが、このみょーんと伸びた二つの尾羽、先っちょが扇のようになってますます!」
ヒビキ「そうなんです、とっても長くて不思議な形の尾羽なんです。これは是非リスナーの皆さんも写真や動画を見てみてほしいです」
ラッケ「自分でも、この尾羽は不思議な形をしてると思いますます……」
ヒビキ「さて、そんなラッケさんですが、実はすごい特技をお持ちだとか……」
ラッケ「はいっ!ごらんくださいさいっ!」
(ハチのような羽音)
ヒビキ「わぁ、すごい!ちゃんと空中でぴたりと静止しています!リスナーの人にお見せ出来ないのが残念なくらい見事です」
ラッケ「これこそ、1秒間に55回の羽ばたきのなせる技ですです!……その名も……」
ヒビキ「その名も!」
ラッケ「超越神力!空中浮揚!」
ヒビキ「うわーっ!そこはちゃんと"ホバリング"って言ってくださ〜い!」
📻 📻 📻
ヒビキ「ラッケさんは今のところ、パーク唯一のハチドリのフレンズです。なので最初はハチドリの魅力に迫っていきましょう。ラッケさんの体は、鳥のフレンズの中でもとても小さいですよね」
ラッケ「はい、でも私はまだ大きい方ですです。マメハチドリさんは私の半分くらいの大きさしかないんですよ」
ヒビキ「手のひらどころか、指先サイズですね。どうしてそんなに小さくなったんですか?」
ラッケ「私達はとっても花の蜜が好きなんですです。でも、体が大きすぎるので虫のように花にとまって蜜を吸うことができないのですです。なので、空中で静止して花の蜜を吸うようになりましたした。結果、空中で体を支えられる限界の大きさになったのですです」
ヒビキ「なるほど、たしかにラッケさんでも体を支えるために1秒間に55回羽ばたかなくてはいけないんですから、もっと体が大きくなったらきっと何百回も羽ばたき続けないといけなくなっちゃいますよね」
ラッケ「はい、それに、ゴチャゴチャとした森や藪の中で飛び回るためには、大きな体は不便なのですです」
ヒビキ「そういえば、翼の使い方もとても独特だとか……」
ラッケ「実は、鳥の中で私たちだけが、"後ろ向きに飛ぶ"事が出来るですです。普通の鳥さんは羽根を"上下"に動かして、空気の流れを利用して飛んでいますが、私たちは"前後"に羽を高速移動させて、上向きの空気の渦を作り出して浮かび上がっているのですです。だから、体の重心を移動させるだけで、前後左右、思いのままに移動することができるのですです。この飛び方はハチの飛び方と一緒なのですです」
ヒビキ「なるほど、名前の由来のハチのような羽音には、こんな秘密が隠されていたんですね」
ラッケ「はい、それに、空間把握能力にも自信あるですよ!ジェットコースターや回転ブランコに乗りながら読書することだってできますます!」
ヒビキ「いいなぁ、私すっごく車酔いしちゃうんです。その能力がうらやましいです!
さて、次からはラッケさんの特徴的な生態に迫りたいと思います!やっぱり気になるのは、その長いラケットのような尾羽ですね、これは何の役にたつのでしょうか?」
ラッケ「……なんの役にもたちませんせん!無駄で無用の長物ですです!」
ヒビキ「ええーっ!せっかく名前にも入っている大事なアイデンティティなんですから、もうちょっとアピールしましょうよ!」
ラッケ「そうですね……動物だったときは、この尾羽をこう、自分の横に持ち上げて、枝の上でヒラヒラさせて踊るのですです。そうしたら、メスがやって来て交尾するのです」
ヒビキ「なるほど、求愛のダンスのために使うんですね、華やかでいいですね!」
ラッケ「でもでも、うっそうとした森の中ではメスに見つけてもらえる場所は少なくって、オスは場所取りのケンカばかりしているのですです。メスも交尾が終わったらすぐどっかにいってしまい、オスは繁殖期の間、ただひたすらに踊り狂うのですです」
ヒビキ「うーん、それはまた極端ですね……まるでバブル時代のディスコみたい。尾羽もなんとなくジュリ扇みたいですし」
ラッケ「その上、この尾羽が抜けたりボロボロになってしまったオスは、どんなにダンスが上手くても全く相手にされないのです。悲しいですです……」
ヒビキ「それはまた手厳しい……邪魔だけど、粗末にするわけにはいかない物なんですね」
🎤 🎤 🎤
ヒビキ「ラッケさんは小さな花壇のお世話が趣味だそうです。今日はスタジオに花の蜜から作ったジュースを持ってきて下さいました!」
ラッケ「(チューッ、ゴクゴクゴク)」
ヒビキ「わぁ、なみなみと注いだジュースを一瞬で呑み干しちゃった!?」
ラッケ「し、失礼しましたした、でも、お腹が空いてしょうがなかったのですです……私たちは羽ばたくためのエネルギーが大量に必要なので、15分に一回は花の蜜を吸わないと死んでしまうのですです」
ヒビキ「それは大変ですね……私たちは1日食食べれば十分ですけど、ハチドリさんは1日96回も食事をしなくてはいけないって事ですよね」
ラッケ「ですです。動物だった時はいつも、花の蜜を探し回って毎日あくせくしていましたした……今はこうしてのんびりと、お花のお世話をしたり、ジュースを作ったりして過ごしていますます。この姿になってから、比較的余裕が生まれましたね」
ヒビキ「フレンズ化して、第二の人生を楽しんでいるんですね。じゃあ、早速ラッケさん謹製、花の蜜ジュースをいただきます!……ん!?とっても甘いです!花の香りが口中に広がって、とても上品な甘さですね」
ラッケ「そうなんですです!私、鳥の中では唯一、「甘さ」を感じることが出来るのですです。なので、他の人にも自分の感じた「甘さ」を共有して欲しいとおもって、このジュースを作ったのですです」
ヒビキ「たしかに、こんなにフローラルな甘さは、自分だけ独り占めするのは勿体ないですよね」
ラッケ「その上、この花の蜜はとっても糖が豊富で、エネルギー効率が極めて高いらしくしく、レース直前に愛飲するマラソンランナーもいるくらいですです」
ヒビキ「力自慢や速さ自慢のフレンズにもオススメのジュースなんですね」
ラッケ「これからも沢山の方々にジュースを楽しんでもらえるように、リコちゃんやリカオンと一緒に、お花のお世話、頑張っていきますます!」
♫ ♫ ♫
ヒビキ「さて、ラッケさんとの楽しい時間も、そろそろ終わりが近づいてきました……ラッケさん、今日はどうでしたか?」
ビク「き、聞き取り辛くて申し訳ありませんせん!なかなか早口が治らなくて……」
ヒビキ「確かに、終始早口でしたよね(笑)早口言葉とか得意そうですよね?」
ラッケ「そ、そうなんです〜、というより、何でもかんでも早口言葉になってしまうのです……ん?え、今、やってみますか?ええっ!?」
(カンペ『キツツキ 木突き中 きつく木に頭突きし 傷つき 気絶し 木突き続けられず』)
ヒビキ「きつつききつつきちゅうきつくきにづつきし、きちゅつき……あーっ!」
ラッケ「キツツキキツツキチュウキツクキニズツキシキヅツキキゼツシキツツキツヅケラレズッ!」
(カンペ『獅子汁 獅子鍋 獅子丼 獅子シチュー、以上獅子食試食 審査員試食済み、新案獅子食 七種中の四種
ヒビキ「ししじるししなべししどんしししちゅーいじょうしちちょくしちょくぅ……駄目だぁ!」
ラッケ「シシジルシシナベシシドンシシシチューイジョウシシショクシショクシンサインシショクズミシンアンシシショクシチショクチュウノシシュ!」
ヒビキ「凄い!しかもさっきよりも早い!」
ラッケ「どうもありがとうございますですです、で、でも、こう、舌を激しく動かすと……エネルギーを使います……ね……(バタリ)」
ヒビキ「わっ!わぁーっ!ラッケさん、しっかりしてくださーい!
げ、ゲストが倒れてしまいましたが、じ、次回のゲストは”サイガ”さんです!ラッケさん、花の蜜のジュースですよ!」
ラッケ「(ゴクゴクゴク)」
ヒビキ「そ、そして、ラジオではリスナーの皆様からの"サイガ"さんへの質問、そして、ゲストに来てもらいたいフレンズさんを募集しております。
https://odaibako.net/u/irony_art
へ、どしどしお寄せ下さい!、ラッケさん、ラッケさーん!最後に一言!」
ラッケ「……焦るんじゃないです……です……」
ヒビキ「そ……それでは、また次回のジャパリRADIOでお会いしましょう。お相手は、MCヒビキでした~!メデイーック!」
📡 📡 📡
「すみませんでしたっ!」
放送終了後、関係者一堂は揃ってラッケさんに深々と頭を下げた。
しかしラッケさんは先ほどの衰弱していた様子が嘘だったようにケロリとしていた。元気よく跳ね回っている。
「大丈夫ですです、私、花の蜜さえあれば、すぐに元気になるんです。こちらこそご心配おかけしましたしたっ」
その言葉を聞いて、大体の人はほっと胸を撫で下ろしたが、私はまだ申し訳なさを感じていた。
「でも、あのときちゃんとラッケさんの特性を分かって、止めていれば……」
「いいんですです、ヒビキさんは自分を追い込み過ぎですよ。もっと気楽にやってくれたほうが、私も嬉しいですです」
ラッケさんは私の現状を見透かしたように言った。
「ヒトさんはわたしたちみたいに、あくせく飛び回る必要はないんですから」
その言葉は、人にはもっと余裕をもっていて欲しいという、ハチドリからのお願いのように聞こえる。
「……また、花壇の花ゆっくり見に行かせてもらいますね」
「はい、ジュースをたっぷり作って、お待ちしておりますます!」
ハチのような羽音は心なしか軽やかに響いて、遠い空へと消えた。
どうぶつ図鑑
「オナガラケットハチドリ」
分類:アマツバメ目/ヨタカ目ハチドリ科オナガラケットハチドリ属
IUCNレッドリスト( Ver.3.1):絶滅危惧(EN)
生息地:ペルー北部の一部地域
見られる動物園:なし
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