ジャパリRADIO!ON AIR
イロニアート
第一回:ゲスト「ビクーニャ」
「ジャパリパークにご来場の皆さん、こんにちは!園内ラジオ『ジャパリRADIO』のお時間です、MCは私、ヒビキでお送り致します!」
マイクのスイッチを入れて、私は元気に一声をあげた。
もちろん、カラオケで使うようなマイクじゃない。
無骨なマットブラックの、ずっしりとした土台の付いた放送用マイク。それが木目調のテーブルの上に2つ鎮座している。周囲は灰色がかったクリームの冷たい壁、天井からは黒いスピーカーが2つの目玉をこっちに向けている。
それ以外はほとんど何も見当たらない、とても無骨で殺風景な場所だ。(もうちょっとファンシーでもいいと思うんだけどなぁ)
ジャパリパークで最も華が無い場所、と言われたら、真っ先にこの放送室が挙がるだろう。
それでも、そんな場所でも、今日からここが私のジャパリパークなんだ。
* * *
……と、格好良く切り出してる訳だけど、 “ここまで追い詰められた”というのが正確な表現。
専門学校卒業後、飼育員として採用された私は……一年足らずで各所をたらい回しにされることになった。事務、経理、園内レストランの給仕、掃除、洗濯、そう、文字通り何でもやった。その間に何があったかは……あまり思い出したくないな。
それでも、周りの人達は私のやる気を尊重して色々と取り計らってくれた。
「“口だけは達者”“やる気が空回りしている”私。ならば、“口とやる気だけでなんとかなる仕事”をすればいい」
そんな言葉と共に私に手渡されたのは一枚の企画書。園内放送を利用して、ジャパリパークでラジオ放送を行う、という旨の内容だった。そしてその下には大きく赤いゴシック体で、“MC募集中!”と記されていた。
* * *
そんなわけで、私は回転椅子に座りながら台本を読み上げ続けている。2週間ほど発声練習をしただけなんだけど、心なしかいつもより言葉の通りが良い気がした。
だけど、これはまだ前座も前座。
このラジオではジャパリパークに住んでいる(棲んでいるという表現が正しいかも)アニマルガールに出演してもらい、インタビューを通してその動物の魅力を伝えるのがねらいだ。
つまり、ここから先は台本があまりアテにできない、その場その場の、当意即妙なやりとりこそがキモになってくる。
ゲストが入ってくる直前、ジングルが鳴っている間に私は小さく、だけど胸いっぱいに深呼吸した。そして頬を二度叩いて、気合を入れ直す(ガラス越しに放送作家さんが奇異な目で見ているが、気にしてはいけない)、うん、準備OK。
さあ、開園の時間だ!
📡 📡 📡
ヒビキ「さぁ、めでたく放送開始となった『ジャパリRADIO』ですが、折角なら動物の魅力をお伝えしよう!というわけで、このラジオでは毎回、フレンズの方をゲストにお招きして、インタビューを通して、皆さんの知らない魅力に迫ります。記念すべき第一回目のゲストは……」
(ドラムロールのSE)
ヒビキ「“ビクーニャ”さんです!」
ビクーニャ(以下“ビク”)「はじめまして~、ビクーニャです。ヒビキさん、今日はよろしくおねがいします!」
ヒビキ「こちらこそ、よろしくおねがいします、ビクーニャさん。さて、早速自己紹介をお願いしてもいいですか?」
ビク「はい。私はホートクの高山に住んでます、もともとの動物は、南アメリカのアンデス山脈、ペルーに、10頭くらいの群れをつくって生活しています」
ヒビキ「そう言えば……ビクーニャという名前、どこかで聞き覚えのあるような……えっと、“こんな姿の動物です”って、わかりやすい例はありませんか?」
ビク「そうですね~“アルパカさんを知ってますか?スリさんでも、ワカイヤさんでもいいんですけど」
ヒビキ「はい、あの首が長くて、白くモコモコした姿がかわいいですよね」
ビク「そのモコモコが胴体にしかなくって、体全体に茶色の模様が入っているのが私の姿です。」
ヒビキ「あ、もしかしてアルパカさんの、ええと『ラクダ目ビクーニャ属アルパカ』の“ビクーニャ属"ってもしかして……」
ビク「はい、私の事です。私が家畜化された動物がアルパカだと言われています」
ヒビキ「なるほど、ビクーニャさんは"元祖アルパカ"なんですね」
ビク「う~ん……なんとなく、アルパカさんとひとくくりになるのはちょっと引け目を感じちゃいますね。私はちょっと人見知りしがちで……今日も緊張しています。アルパカさんたちはいっつもとってもフレンドリーだから……姿が似ているだけで、本当は全然別の動物かも……なんて思っちゃいます」
ヒビキ「ええっ?全然そんな事ないですよ!ビクーニャさんもとってもフレンドリーですから、自信持って下さい」
ビク「うふふ、ありがとうございます。私もがんばりますから、是非、仲良くしてくださいね」
📻 📻 📻
ヒビキ「さて、これからはビクーニャさんの生活に迫りたいと思います!ビクーニャさんはたしか、“織物”が得意だと聞いていましたが……」
ビク「はい、そうなんです!毛糸さえあれば一日中織っていられるくらい大好きなんです!」
ヒビキ「なるほど……アルパカさんと同じように、ビクーニャさんもふかふかの毛なんですか?」
ビク「はい、動物の時の私の毛はとっても繊細で、高山の寒さや強い紫外線から身体を守ってくれるんです。“神の糸”と言われている……らしいです、なんだか自分で言うのがはずかしいなぁ」
ヒビキ「“神の糸”ですか……それは是非触ってみたいですね……」
ビク「触ってみますか?」
ヒビキ「ええっ、良いんですか?」
ビクーニャ、自分のマフラーを外す。
ビク「はい、どうぞ」
ヒビキ「あ、ありがとうございます……うわぁ……とてもキメが細かくって、フカフカしつつもサラサラしてますね……不思議な感触」
ビク「とっても細い毛を織っているので、こんな感触になるんです。えっと……(カンペを見る)“太さは、髪の毛の10分の1、10マイクロメートル、動物では最も細いと言われている”とかなんとか……」
ヒビキ「それって、絹糸並じゃないですか!?そんな毛の動物がいたなんて……そういえば……アンインエリアで行われた“ゲージツ祭り”にも世界最長のマフラー“を出品していましたよね?」
ビク「あっ(笑)それはきっと編み物友達の“ジャコウウシ”さんですね。よく間違えられちゃうんです」
ヒビキ「あ~っっ、し、失礼しました!ごめんなさい!」
ビク「あははっ、大丈夫ですよ、たしかにあのマフラーは凄かったですからね」
ヒビキ「ビクーニャさんも、もっと長いマフラーを作ってみたいですか?」
ビク「う~ん、あんまりそうは思わないし、私だとちょっとむづかしいかも。私の毛ってとっても手に入りにくいんです。アルパカさんやヒツジさんみたいに人に飼われてないので、捕まえて毛を刈り取らないといけないし、それに一度毛を刈り取ると、また生え揃うまでに2年くらいかかっちゃうんです。あんなに長いマフラーをつくるためには100年くらいかかっちゃうかも(笑)」
ヒビキ「そんなに貴重なものなんですか……」
ビク「はい、なので、私は限られた長さの中に、どれだけのものを詰め込めるかってことを大事にして、織物をやっています」
ヒビキ「なるほど……ビクーニャさんのそのこだわりが、マフラーの暖かさの秘密なんでしょうね……」
ビク「えへへ、ありがとうございます」
🎤 🎤 🎤
ヒビキ「さて、キョウシュウエリアに出来たカフェでは、ビクーニャさんのふるさと、ペルーの伝統料理が新メニューに加わったそうです。今日は特別にスタジオに持ってきてもらいました!ビクーニャさん、説明してもらえますか?」
ビク「はい!これは”チューニョ”と呼ばれるジャガイモの加工品を使ったスープです。」
ヒビキ「じゃあ、早速一口……ん?ジャガイモ特有の苦味が全く無いですね、スープがしっかり染み込んでいて、とっても柔らかい……」
ビク「それはきっと、ちゃんと毒抜きが出来てるからですね。チューニョはジャガイモに含まれる毒を取り除いて、保存がきくように加工した食べ物なんです」
ヒビキ「へぇ~。どうやってつくっているんですか?」
ビク「まず、ジャガイモを外に並べておきます。夜になると、高山の厳しい寒さでジャガイモが凍りつくんです。そして昼になると、それが日光で暖められて解凍されます。それを繰り返していくとだんだんジャガイモに水が染み込んできて、ぶよぶよの状態になるんです。そうなったら……」
ヒビキ「そうなったら……?」
ビク「踏み潰します!」
ヒビキ「ふ、踏み潰す!?」
ビク「はい、そうして水分を抜ききったものを天日で乾燥させて、チューニョの完成です!」
ヒビキ「はぁ……踏み潰すなんて、思い切ったことをするんですね……」
ビク「アンデス山脈にはあまり栄養がある食べ物がないんです。だからジャガイモはとっても貴重な栄養源。年中食べられるように必死に工夫を凝らした結果がこのチューニョなんです。」
ヒビキ「なるほど、ビクーニャさんはジャガイモは好きなんですか?」
ビク「はい!とっても!あ、でも私は、トマトみたいな形の”ジャガイモの実”の方が好きかな~。あ、ジャガイモと言えば、動物だった頃は不思議な事がよく起こったんですよ」
ヒビキ「それは一体?」
ビク「いつの間にか、ジャガイモの芽がひょっこり頭を出しているんです。溜め糞の場所に……」
ヒビキ「す、ストップ、ストーップ!!お昼時のラジオでそれはマズイです~っ!い、一旦CM入りまーす!」
♫ ♫ ♫
ヒビキ「さて、ビクーニャさんとの楽しい時間も、そろそろ終わりが近づいてきました……ビクーニャさん、今日はどうでしたか?」
ビク「とっても楽しかったです!この放送が沢山の人に私の織物が見てもらえるきっかけになったら、嬉しいなぁって思います」
ヒビキ「そういえば、来週から織物の展示会が開かれるんですよね」
ビク「そうなんです。自分の持てる最大限の技術で、みなさんをあっと驚かせるような織物をたくさん準備しています、ぜひぜひお越しください!……あ、そうだそうだ!お近づきの印に、これ、プレゼントです!」
ヒビキ「これは……マフラー?」
ビク「はい、今朝ほど出来上がったばかりの物なのですが……気に入って頂けたなら是非使ってください」
ヒビキ「わぁ……ありがとうございます、とってもフカフカで幸せな気持ちになります。展示会に行く時も、これ着て行かせて頂きます!」
ビク「はい、お待ちしておりますっ!」
ヒビキ「ビクーニャさん、今日はお越しいただきありがとうございました!リスナーの皆さんにも、ビクーニャさんの魅力がちゃんと伝わったと思います。さて、次回のゲストは”オナガラケットハチドリ”さんです!お楽しみに!」
ヒビキ「そして、ラジオではリスナーの皆様からの”オナガラケットハチドリ”さんへの質問、そして、ゲストに来てもらいたいフレンズさんを募集しております。https://odaibako.net/u/irony_art
へ、どしどしお寄せ下さい!」
ヒビキ「それでは、また次回のジャパリRADIOでお会いしましょう。お相手は、MCヒビキでした~!」
📡 📡 📡
「に、にじゅうまんえんっ!?」
収録を終えて自室に帰ったわたしは、何気なくビクーニャの毛織物について調べ始めていた。もらったマフラーがとっても心地よかったので、家族にもオススメしてあげようと思ったからだ。
……オススメ出来るような値段ではなかった。
マフラーはまだ安いほうだ、ストールやケープ、コートに至っては100万円を優に超える。貴重なものとは聞いていたけど、これほどの物とは……
私はベッドの上に無造作に脱ぎ捨てられたマフラーを大急ぎで拾い上げ、青い顔をしながら丁寧に折りたたんで、防虫剤と一緒にクローゼットの中に仕舞った。
こんな貴重な物を、訳もなくプレゼントしてしまうビクーニャさんはなんて太っ腹なんだろう。そしてそれをさも当然のように受け取ってしまった私は、なんて恥知らずなんだろう。
「今度はちゃんとお金貯めて、買いに行こう……」
何年後になるか分からないけど……ね。
どうぶつ図鑑
「ビクーニャ」
分類:偶蹄目ラクダ科ビクーニャ属
IUCNレッドリスト( Ver.3.1):低危険種(LC)
生息地:ペルー、ボリビア、チリ、アルゼンチン
見られる動物園:ベルリン動物園、ベスティ・パコスなど
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます