第88話 世界の蘇生

「うわああああぁぁ、くっそ楽しいぞおおおぉぉぉ!」

 車状態のオルフェナの運転席で、篤紫が子どものように大声を上げてはしゃいでいる。

 助手席では、メルフェレアーナが真っ赤な顔で横向きに窓の外を眺めていた。



 無事、瓦礫だらけになっていた南の魔術塔から外に出た篤紫たちは、車状態になったオルフェナに乗って、海面を爆走していた。そう、昔コマイナの海でやった魔術を、篤紫が面白半分にオルフェナに描き込んだ。

 そんなわけで、魔術でオルフェナの前を凍らせて、凍った海面をひたすら北へ走っていた。


 集合場所は、スワーレイド湖跡。


 コマイナ陣営も、生き残っていたプチデーモンの少年少女達を住民に加えて、空路で南下を始めたそうだ。

 星の石と月の石が消滅し、代わりに両極に設置された地球儀は、それまでと違って、一切の管理の必要がなくなった。極端な話をすれば、塔すら必要なくなったのだけれど。

 そのため侵入者が来ないように、破壊された南の魔術塔は瓦礫から上を氷で塞いだ。北の魔術塔は、さすがに破壊するわけにもいかず、螺旋階段を氷詰めにしただけで、あとはそのままにしてきたそうだ。


 長年の管理から解放されたプチデーモンの少年少女達は、亡くなった同胞を悼みつつも、笑顔でコマイナに移ってくれた。

 魂儀の部屋はもし何かあったらもいけないと、念には念を入れて、部屋に続く階段を全て、土魔法で完全に埋めてきた。北の魔術塔でも同じように塞いでくれたって、あとで夏梛から聞いた。さすが我が娘。


 魂儀が動き始めたことで、太陽の焼滅光線は、全て収束した。そして地軸も安定したことで、二度と照射されなくなった。


 こうして、ナナナシア星において、星全体規模で起こっていた災害は、収束することとなった――。




「あのね、篤紫が篤紫おじさんだって気づいたのは、魔導城で初めて会ったときだったんだよ」

「……いや、待て、今まで通り篤紫でいい。俺もレアーナって呼ぶから、頼むから篤紫にしてくれ」

 素面に戻った篤紫を待っていたのは、メルフェレアーナによる思い出激白大会だった。立場もあったからだろうか、ずっとひた隠しにしていた秘密は、メルフェレアーナの心の重りになっていたのかもしれない。


「違うよ。知ってるでしょ? わたしの本当の名前は、メルフェレアーナじゃなくて麗奈って言うんだよ。鳴海麗奈だよ」

「あ、ああ。もちろん知ってるよ……」

 オルフェナは順調に海面を疾走していた。

 昔よりも魔術の質が上がったからか、融点が低い海水でさえも、問題なく凍らせる事ができていた。


「あの日はね、いつもと同じ、学校の帰り道だったんだよ。

 愛美と別れて帰ろうとしたら、世界がおかしくなって、光りが落ちてきたと思ったら、この世界に来ていたんだ――」

 魔族は常に、人間族に狩られていた。それは、メルフェレア……いや、麗奈にするか。麗奈がこの世界に飛ばされて、生きた一万年を経ても、一度として変わることが無かった。


 ただ、人間族も全てが悪では無かったようだ。それでも、たまに意気投合して楽しい時間を過ごせたとしても、寿命の短い人間族は、常に麗奈を置いて世界からいなくなった。


 何度も地球に帰りたいと、地球に帰ろうと努力は続けてきた。

 ただ、ラノベのような神様がいないこの世界では、帰還に関する糸口が一切見つけられなかった。

 魔法で時間も、空間すらも制御できたのに、次元の壁は越えることがきなかったのだという。




「えっ、タカヒロさんの目、どうしたんだ? 真っ黒になってないか」

 オルフェナが順調に飛ばしたからか、スワーレイド湖跡に着いたときに、ちょうどコマイナが上空から降下してきているところだった。

 麗奈は、コマイナが飛んでいるのを一瞥しただけで、さっさとシーオマツモ王国に向かって空を吹っ飛んでいった。早く、シーオマツモ王国のキャッスルコアを魂地化したいのだとか。


 そしてコマイナが無事着陸して、中からみんなが出てきたときに、篤紫はタナカ一家の変わり様に目を見開いた。


「ええ、どうやら種族が変わってしまったようです」

 そう告げたタカヒロだけで無く、シズカ、ユリネ、カレラの瞳が自分たちと同じ漆黒に変わっていた。


「えへへ、わたしもカナちゃんと同じメタヒューマンになったんだよ」

「魂儀? にスマートフォンを触れてしばらくしたら、体が軽くなったのよ。みんなで確認したら、マナヒューマンだったはずがメタヒューマンに変わっていたわ」

 カレラとシズカの言葉に、篤紫は首をひねった。先にルルガも魂儀に認証させてあったけど、何も変わらなかったはずなのだけど。


 衝撃はそれだけに終わらなかった。


「お、お義父さん……大きくなっちゃいました」

『ふむ。ナナは、ナナナシア様にそっくりになったのだな』

 子どもの姿だったはずのナナが、大人の姿に変わっていた。狐耳と尻尾が無かったら、南極でオルフェナを震撼させたナナナシアにそっくりだ。

 てか待って、どうしてオルフェナはナナナシアを様呼びなの?


「ボクも大きくなったよ」

 同じく大人になっているドライアドを見て、篤紫は思い当たった。

 魂儀に触れるときに、ニジイロカネ魔道具で変身している仲間がみんな、進化しているのだろう。

 ルルガが変わらなかったのは、直前で変身の魔道具を渡したため、体に馴染んでいなかったから……なんじゃないかな。今後要検証か。


「おとうさんっ……!」

 考え事をしていたら、突撃してきた夏梛の勢いで転けそうになった。

 顔を覗き込むと、嬉しそうに笑っていた。


「ただいま、夏梛。桃華」

「あたしもただいまだよ、おとうさん」

「はい。篤紫さんも無事、南極でのお勤めが終わったみたいね」

「ああ、心配掛けたな」

 桃華が夏梛を挟んでそっと抱きしめてきた。

 全員が無事で、始まりのスワーレイド湖まで戻ってくることができた。


 空飛ぶコマイナのおかげで、ある意味安全な旅だったけど、白崎家の三人にとっては初めての大冒険だった。

 ただ、慌ただしい旅だったから、ゆっくりと観光する時間がなかったのが心残りだ。そう言えば世界が安定したら旅をする約束だったか。

 シズカに視線を向けると、ウインクが帰ってきた。




 ふと、篤紫はナナナシアに託された、深緑の宝珠を思い出した。

 桃華と夏梛に解放して貰うと、鞄から宝珠を取り出す。


「おとうさん、それはなに?」

「ナナナシアにね、別れ際に渡されたものだよ。地面に下りたら放り投げるらしいんだけど……」

『篤紫、ナナナシア様と呼ぶのだ』

 うるさいオルフェナを蹴っ飛ばした。転がっていったオルフェナは、無事ナナの腕に収まった。




 片手に宝珠を持ったまま一瞬、どこまで宝珠を投げるか考えて、どこでも同じという結論に達した。

 軽く投げて、少し離れたところに落とすことにした。

 ナナナシアのことだ、さすがに危険なものではないだろう。


 篤紫の手を離れた緑の宝珠は、弧を描いて地面に落ちると、まるで水面に落ちたときのように、チャプンと音を立てて地面に沈んでいった。

 同時にできた波紋が優しく輝きながら、ゆっくりと広がっていく。まるでそれを追うかのように、次々に生まれる光の波紋は、篤紫の足下を越えてどんどに外に広がっていった。


 光る波紋で、ガラス質に硬化していた大地が、柔らかくふんわりとした土壌に変わり、見ている端から草花が芽吹く。荒れ果てていた地面は、一面の花畑に変わった。


 光の波紋は、山をも越えていく。

 焼滅光線で瞬時に焼かれて炭化結晶になっていた木々は、光の波紋が通るときに木を駆け上がった光で、綺麗な元の木肌に蘇った。

 そのままの枝を広げ、若葉と花芽を膨らませて、光を纏った木々はその全てが花を咲かせた。枝葉が、風に吹かれてざわめき始めた。


「湖が、す……すごい」

 コーフザイア帝国の魔法兵器で大きく抉られて、消滅光線で水すらも溜まっていなかったスワーレイド湖は、波紋の光が通過した途端に、湖底から間欠泉のごとく水が溢れ出した。

 視線よりも遙か上まで立ち上がった水柱は、水しぶきを周りに飛ばしながら、徐々に湖底を満たしていった。やがて川となって、下流に流れ始める。


 光の波紋は海を越え、世界の隅々まで広がっていく。

 焼けただれていた世界は、瞬く間に綺麗な世界に蘇った。


 あっという間の奇跡に、生き残っていた人々は手放しで歓喜した。




「無事、世界が元に戻ったわね」

 篤紫の隣に、桃華がそっと寄り添う。

「大地と自然の草木は、星のコア、ナナナシアの領域だからな。それでも星の中からだと、修復に時間がかかるんだろうな。だから俺に託した、ってとこか。

 しかし、それにしても、すごいな……」

 反対側に、夏梛も負けじとしがみついてきた。


 実際に、篤紫のやったことは、緑の宝珠を地面に投げ落としただけ。再生の予想はしていても、ここまでの蘇りは想定外だった。


 それだけ、再生された世界は美しかった。


「あとは、生き残った人たちの努力次第か……」

「ええそうね、わたし達もここから再出発ね。コマイナはこのまま、ここに落ち着かせるのかしら?」

「飛行のための魔術を消して、この場所で守りの要にしようって、この間サラティに提案したんだ」

「サラティは何だって言ってたの?」


 篤紫は振り返ってコマイナを見上げた。

 黒曜石のような、漆黒の素材でできた、都市内包型ダンジョン・コマイナ。この中にたまたま入ったときに、世界が激しく動き始めた。


 実際に過ごした期間は短いけど、既にここは自分たちの帰る家。

 この地に納めるのが、一番いいプランだった。



「サラティが言っていた。仕事を増やすな、ってさ」

「あら、サラティらしいわね」

 午後三時の暖かい光が、辺り一帯をやさしく照らしていた。


 リィーン――。


 どこかで、あの鈴のような音が聞こえた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

家族三人で異世界転移? 羊な車と迷走中。 澤梛セビン @minagiGT

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ