迎撃の日~観察者から守護者への~ 

低迷アクション

迎撃の日~観察者から守護者への~  

迎撃の日~観察者から守護者への~


 (人々にとって今日は“滅びの日”となるのかな)


ボンヤリ考える。昨日まで澄んだ青空は真っ赤に染まり、そこには翼の生えた“巨影共”が

縦横無尽に飛び交っていく。


地上の様子と言えば、空を指さし、呆然とする人、携帯で撮影する人、逃げ惑う人々、

人・人・人で溢れかえっている。


車に乗った者は、少しでもこの危機から遠ざかろうとスピードを上げ、

路上のあらゆる障害物、もちろん、人も含めてだが…を吹き飛ばしていった。


そんな地獄の光景の真ん中で、一人の男がじっと佇み、考えるように腕を組み、

周りを見ている。


(そんなに急いでも無駄な事なんだがな?…これは世界中“全ての場所”で起きている。

逃げ場は何処にもない。)


まるで全てを知っているように、いや実際に知っている“男”の前に巨大な影が降り立つ。小山程の大きさもある、この星で言う所の“ドラゴン”のような奴だ。怪物は悲鳴を上げる人々を見回し、大口を開ける。


真っ黒な口腔がたちまち赤くなり、灼熱の業火が放射された。人々は悲鳴を上げる間もなく

灰となり、車は轟音と共に爆発していく。


しかし、殺戮の中心に立つ男は“無傷”だ。ドラゴンは彼をじっと見つめ、少し考える仕草を見せ、


やがて“得心”が言ったというように頷き、空に現れた人間達の反撃手段“虚しき抵抗”の象徴である戦闘機群を、次の獲物に定め、飛び去っていく。取り残された男は一人心で呟く。


(こちらの立場はしっかり伝わっているようだな。まずは一安心)


彼はこの星の行く末を見守る“観察者”であり、今日は星の“浄化の日”と

決められていた…


 浄化と言っても、環境と住んでいる生物全てを丸ごと消滅させるのではなく、

ほんの少しを残す。聖書にあるノアの箱舟と同じだ。あの時は“水”だったが、


今回は“火”を使い、焼き尽くすという事だ。文明が発展の頂点、退廃の頂点を極めたとか、そういうのは関係ない。人間的な言葉で言えば、“予定”として決められている事なのだ。


男にとって“この日”はもう何百回も見てきた光景だ。浄化を担当するのは、

毎回様々なモノである。疫病の時もあれば、天災もある。今回のように

実際に怪物が姿を現すのは、何十回目の事か…


文明や種族の違いはあれど、浄化の対象になる生物達のとる行動はおおよそ変わらない…


逃げ惑い、抗い、少しでも長く生きようともがき(時には同胞を犠牲にしてまで

助かろうとする事だってある)最後には天に祈り、滅んでいくのだ。


観察の仕事として、その時代の生物達と“同じ姿”をとり、目の前で見てきた男にとっては

最早、見慣れた光景でもある。


今回の彼はここに1年前から“現地入り”をしていた。愛着も少しはあるが、

長くはいられない。数時間程の滞在をした後、世界中を見て回る予定だ。


7日程で浄化完了になるよう、向こうもスケジュールを組んでいくだろうから、こちらも、それに合わせて、人間で言う所の“報告書”を作成し、これまた同じで“上司”に

提出すればいい。


具体的な行動手順を決める男の周りが騒がしくなり始めた。意識をそちらに戻せば、

通りに…わずかではあるが、人の姿が見え始めている。


建物や地下シェルターに(ニュースなどで知ったが、この国では現在、隣国からのミサイルの脅威に怯え、自宅や都内の施設に避難施設を設置する傾向があるようだ)

隠れ、“一時的”に難を逃れた人々だろう。


彼等は空を見上げ、狂ったように笑ったり、泣きわめき、1人で佇んでる自分に


「何を見た?アンタはどうやって生き残ったんだ?」


と、これまた何処の時代でも“お決まり”の台詞をぶつけてくる。


原則として“生物との会話”は禁止されていたし、男としても、いい加減に飽き飽きして

いる内容なので、何も答えない。彼等もそれ以上の追求をしてこない。


「だ、誰か手を貸してください。おばあちゃんが…」


ふいに、他とは違う内容の声に振り向けば、ひとりの少女が自身の祖母であろう

高齢の女性の肩を一生懸命に引っ張っている。


彼女の足は傷つき、血で染まっていた。年齢的にも“死を少しだけ遅らせる逃避行”には

参加できないだろう。


「見せて。」


1人の若い女性が駆け寄り、傷ついた足を触る。痛みに顔をしかめる祖母の様子を見た

少女が泣きそうな…いや、もう泣いた後か…の表情を更に歪める。


「酷いわね。」


女性は医療関係の人間なのだろう。呟き、携帯を取り出し、耳に当てるが、

力なく首を振り、ポケットに戻す。


「携帯にネットも、テレビも何にも映んねぇ。使えねぇよ。もう終わりだよぉ、

クソッタレェ!」


地面を蹴る若い男が、女性達に対し、罵声のように“自身の絶望”を浴びせた。


「いい加減にしないか。今は、この人を何とかして、ここから運びださなければいけない。」


中年のスーツを着た男が若い男を嗜め、女性達に駆け寄る。文明を持った生物達がとる

“滅ぶ前のありがちな行動”だ。恐らく世界中のあらゆる場面で、同じ光景が

繰り返されている事だろう。


しかし、それも一瞬の事と決まっている。


「オ、オイッ、あれを見ろ。」


若い男が空を指さし、悲鳴を上げた。見れば、地上に残った僅かな“浄化対象”を目ざとく見つけた怪物の一隊が、こちらに向かって飛んできている。


「逃げないと…」


女性が呟き、少女と高齢の女性を見下ろす。彼女の視線に込められた意味はわかる。

負傷者は足手まとい…


自分達が、いや一人でも多く助かるためには…非常事態の、

“実に非情な選択”をしなければいけない事を暗に示しているのだ。


高齢の女性もそれがよくわかっている。彼女は一瞬、空を見上げ、それから少女に向き直りとても優しい笑顔を見せ、(“彼等”ではない男はその笑顔の意味を理解するのに

半年もかかった。)


彼女の小さな頭を抱きしめる。やがて中年の男性と女性を見上げ…


「この子をお願いします。」


と言った。少女が


「嫌だ、嫌だよ。おばあちゃん。」


と泣き叫ぶ。


苦悶の表情で“おばあちゃん”に頷き返した男性が、彼女を強引に抱きかかえ、


「仕方のない事なんだ。」


と諭すように少女へ語り掛ける。


若い女性の方は、高齢の女性に


「ごめんなさい」


を繰り返し(それに対し、彼女は「いいのよ」と精一杯の笑顔で微笑んで見せている。)


若い男はと言えば


「オイ、早くしろよ。アンタ等、ババアの命より、1人見捨てて4人が助かるのが、

この場合、最善の方法だろうがっ!?急げよ。」


と、とても正論だが、人間という生物的には“非常に最低で手前勝手な理論”をぶちまけ、いつの間にか生き残った4人を(男は含まれてない)生命共存の立場、


つまり一緒に行動するグループに仕立て上げ、この後で起こる一切の出来事に対し、

責任や犠牲を押し付け、利用するための共同体を作り上げようとしている。


勿論、彼自身は、そこのリーダーにちゃっかり収まる気構え、満々の様子もありありだ。


「あたし、行かない!離して。」


中年の男性の手を振りほどき、高齢の女性にしがみつく少女。若い女性と男性が

説得に入り、しがみつかれている高齢の女性も言い含めるように話すが、少女は頑として

首を振り、そこから動こうとしない。


「もう、時間がねぇ。化け物共はそこまで来てる。ババアとガキは見捨てろ!行くぞ?」


若い男性が悲鳴のように吠えるが、彼に振り向く全員の“冷たい視線”に気が付くと…


「付き合ってらんねぇよ。」


と毒づき、踵を返して走り去る。恐らく、彼はまた何処かで別の“グループ作り”に

励む事だろう。これくらいサバサバと他人を見捨てれる者が“生物”としては最後まで

生き残るタイプとなる。何度も報告書で読んだ内容を改めて復唱する気分になった。


残された女性と男性はしばらく女性と少女、主に少女を説得し

(と言ってもそんなに時間はないが)

やがて諦めたように、若い男性の消えた方向に続く。


高齢の女性は「待って」という言葉を出しかけ、悲しそうに目を伏せ、それを止めた。

嗚咽する少女をしっかり抱きしめ、


「〇〇ちゃん、ゴメンね。ゴメンね。」


を繰り返す。灰だらけの通りに少女と女性の嗚咽が虚しく響き、やがて上空から迫る怪物達の咆哮と羽音が残酷に響き渡ってきた…


 

 目の前で繰り広げられる人間的に言うと“お決まりのパターン”をみながら、

自身がこの星の“今回の担当”になった理由を改めて考える。


男の、観察者としての仕事は何もこの星だけはでない。他の観察者と協力しながら、

あらゆる星をめぐっていく。その上で、この星に来るのが何百回目なのである。


実を言うと、ここ数十年、宇宙から見た時間的にはごく小さな、取るに足らない時間だが、


この星は“浄化の日”をキチンと終えてはいない。原因は全く不明だ。

担当した観察者達も行方がわからなくなったり“元の観察者”に戻る者が非常に少ない。


これまた人間的な表現だが、つまり言うと“転職もしくは辞職”したのだ。


それが何故なのか?


男の仕事はその原因を探り、

浄化が完了するのを見届ける事も含まれている。


泣き腫らした顔を上げた少女が、こちらを見た。男は見返すが、何も声をかけない。彼女も

しばらく見ていたが、やがて諦めたように顔を伏せた。男も、それに習うように目を閉じた。


ここまではいつも通りだ。特に変化はない。後数秒で、ここら一体は怪物の炎に包まれ、

全てが消滅する。生物としての意思を持った彼女達も大気中の成分と同じになり、

最後に一部が残り、再びの繁栄と発展を繰り返す。


生物が住む星の、ごく当たり前のサイクルを見ているに過ぎない。

前任者達が職務を放棄する理由には、到底ならない。だが、彼等は辞めた…何故だ?



「これを使って」


ふいに聞こえた先程の若い女性の声に思考を中断する。開けた目に飛び込んできた光景は女性が何処からか用意した車椅子を動かし、高齢の女性を乗せようとしている姿だ。


(?)


思わず頭に疑問符が出てしまう。


「すまない、担架を持ってきたが、必要なかったな。」


続けて中年の男性も現れ、自身の用意したモノを捨て、若い女性を手伝う。


(??)


頭の中で増えていく疑問は、高齢の女性を乗せ、移動を開始する車椅子の音より

更にデカい車のエンジン音で最高潮に達した。


「ワリぃ、鍵付いてる奴を探すのに時間かかった。早く荷台に載せろよ。」


大型のトラックをバックさせ、運転席から降り立った…

先程“いち早く逃げた筈の”若い男性が叫ぶ。


「何で戻ったの?」


高齢の女性と少女に、男性を乗せた若い女性が訪ねる。その響きは少し嬉しそうだ。

若い男性が照れたようにぶっきらぼうな口調で言葉を返す。


「あ~っ、あれだよ。あの世行く前に良い事一つくらいしねぇとよ。急ぐぞ。」


勿論、そんなモノはない。男は良く知っている。死ねばそれで終わりだ。

そして彼等もわかっているのだろう。


あの世の事も、トラックなんかで逃げ切れる時間はもうない事を…


あのまま逃げていれば、助かったかもしれない。若い男性も女性も中年の男性もだ。

最後には死ぬと朧気に理解しても、すがる。


どんな手段を使っても生きようとするのが、

この生物達の特徴だ。戻る理由はない。ただの自殺行為。それをわかっている筈なのに…


初めてみるパターンに、頭が混乱し、呆然とする男。そんな彼を若い男性が気づき、

慌てたように声をかけた。


「あんたも突っ立ってないで、早く乗れよ。もうヤバいぜ。」


男は頭が打たれたような衝撃を再度受ける。同時に浮かぶ言葉がある。


(自己犠牲…自己を省みず他を助ける行為)


1年の現地経験で学んだ言葉、理念の一つ。

だが、それが現実的に行われる事はまずない。そんな言葉がまかり通らない事は

よくわかっている。


それどころか災害や事件の際には“緊急避難”という

自身が助かるために、他を犠牲にしてもよい法律があるくらいだ。


ましてや、空を怪物が飛び交う、非現実、あり得ない事態…正常な人間の思考では

恐怖に怯え、自身を守る事で精一杯の筈だ。


それなのに…


(コイツ等は誰かを助けている。)


たまたま居合わせた他人のために、自ら死地に帰ってきて、挙句の果てには、

彼等に関わらなかった男を“何の見返り”がある筈もないのに助けようとしている。


前任者達は“コレ”を見たのか?それはわからない。だが、男の気持ちはもう決まっていた。いや、決められてしまったと言っていい。


(現地入りする期間を“次から短く”するべきだな。彼等の文化を学び、充分吟味した上で

コレを見せられたら、たまらない。彼等の文明をもう少し見てみたい、見守りたい気持ちが体を支配して、ど・う・に・も・な・ら・な・い!)


頬が緩んでくる。若い男性が再度の声を促す。今から車を走らせても、間に合わないのは

わかっているだろう。こちらに迫った怪物は口を大きく開けているのだから…


彼にもそれが見えている。あの巨大な口から、自分達の命を奪う一撃が発せられる

というのに、他を最後まで気にする、その高潔と言っていい姿勢…


全く、本当にありがた迷惑な生物だ。これでは“星の浄化”など進む訳がない。

男は全身に力を込め、体の変化を促す。


「ア、アンタ…」


若い男性が驚きの声を上げる。他の人間達も同じ様子だ。巨大化した自身の体を動かし、

彼等に振り向き、頷いてみせた。


怪物達が男の行動に一瞬ポカンと動きを止める。だが、元々は狂暴な存在…

すぐに歯を剥き出しにし、こちらに襲い掛かってくる。


一番手前の敵に強力な拳をめり込ませ、男は心の中で叫ぶ。


(この世界は守るに値する)


“観察者”から“守護者”になった彼の“今日”は、仕事だけでなく、生き方すらも

変える“特別な日”となった…(終)


 

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