=== ラストアタック ===


=== 拠点 ===


「体調よし、装備よし、持ち物よし」


 安全な拠点で、カズキがメモを見ながら指差し確認する。


 グレイのパーカーに、くるぶしあたりで絞られた黒いズボン。

 つば付きのキャップは日よけのほか、モンスターの視線を遮る効果もある。

 スタンピードをきっかけにサポートキャラとなったモンスターが、あの日すぐに買ってきたものだ。郊外にも存在してくれてありがとうユニク○。


 装備のほかに「これはプレゼントね」と電動バリカンとセルフカットのやり方をプリントした紙を手渡された。

 キャップから覗くもみあげはスッキリしている。無精ヒゲもない。


 身軽さを武器にするタイプの勇者の正装である。

 都市型ダンジョンを攻略する場合は、別バージョンとしてかっちりタイプの正装も存在する。


 パーカーのポケットには念のためにと、ダンジョン最深部までのマップが入っている。

 それともう一つ、大事なもの。


 カズキはポケットから取り出して、を見つめた。


「これで……ダンジョン最深部を攻略するんだ。勇者の証を手に入れるんだ」


 ダンジョンマスターに手渡すと、ダンジョンの秘宝と交換してもらえる、攻略に必須のキーアイテム。


 5,000イェンである。

 お釣りももらえる。


 サポートキャラから手渡されたものだが、出所はサポートキャラ、もとい、姉ではない。


 対面してフラグを立てたわけではない。

 だがこれは、第二階層に生息するモンスターが用意したものだという。

 第三階層の攻略に失敗して逃げ帰ったカズキを、泣きそうな目で見送ったモンスターの。


 わずかな間、目を閉じる。

 5,000イェンを手にした指にぎゅっと力がこもった。

 慎重にポケットにしまう。


 最後にカズキは、立ったままキーボードを叩いた。

 座ったら決意が揺らいでしまいそうで。


 書き込む。


“今日、俺は真の勇者になる。行ってきます”


 旅立つ勇者の健闘を祈る、勇者たちの言葉であふれかえった掲示板を見ることなく。


 カズキは、ダンジョン入り口の扉を開けた。


 勇気と5,000イェンを持って、勇者はふたたびダンジョンに挑む。




=== ダンジョン第三階層 ===


 ダンジョン第三階層の扉を開ける。


 ズズッとサンダルをひきずる音はしない。

 カズキの足にはNの文字が輝いていた。NEETではない。


 初挑戦した時と違って第三階層、フィールド型ダンジョンは明るかった。

 モンスターの巣への出入りが活発になる朝と昼を避けた、隙間の時間だ。

 片道一時間弱の最深部に行って帰ってくれば、拠点に戻る頃にはちょうど昼時になるだろう。何事もなければ。

 逆に、第三階層の攻略に手間取ると、昼時のダンジョン最深部はモンスターであふれることになる。

 それでもカズキはこの時間を選んだ。

 タイムリミットで自らを追い込む、勇気ある決断である。さすが勇者。


「行ける。俺は行ける。俺は勇者、勇者なんだ」


 言いながら、カズキは耳にとあるアイテムを装着した。

 モンスターに遭遇した際、戦闘になることを避けるアイテム——イヤフォンである。音楽はかけない。まわりの音が聞こえなくなるので。


 これで準備は整った。


 ふうっと一つ息を吐いて歩き出すカズキ。


 特訓——階段昇降——で鍛えた足で、大股で歩く。大きく手を振る。

 モンスターへの擬態である。

 ウォーキングしてる風である。

 格好もぱっと見も、これなら外を歩いていても、モンスターに襲われることはないだろう。

 最悪のモンスターお巡りさんに声をかけられることも転移魔法を使われることもないだろう。ないはずだ。不審者じゃないんで。ウォーキングしてるだけなんで。


 レンガ風の通路を歩き出したカズキは、すぐに曲がって狭い通路に入った。

 直線は続くが、その先に家屋はない。

 しばらく歩くとダンジョンはふたたび様相を変えた。

 農地が広がり、細い通路と広い敷地の家屋がポツポツ存在するフィールド型ダンジョンである。

 カズキが暮らす住宅街は狭い範囲だったらしい。

 いまいち発展しなかった新興住宅地あるあるである。


「おっと、点滅か。危うくトラップに引っかかるところだった」


 都市型からフィールド型へ、ダンジョンが切り替わるポイントでカズキは足を止めた。

 青く点滅する光が赤に変わる。

 しばらく待つと、光はまた青に変化する。

 それを見てカズキはふたたび歩き出した。


 ダンジョン第三階層から存在するトラップだ。信号だ。

 引っかかると負傷、下手したら死ぬこともある。が、トラップを無視しても何事もなく通過できることもある。

 あたりに馬車が見えなくても、カズキはきちんと止まってトラップをクリアした。偉い。


 左右に農地が広がる通路をしばらく行くと、前方からモンスターが近づいてくるのが見えた。

 ダンジョン第三階層で初めて目にしたモンスターである。

 ゆっくりした足取りのモンスターは、四本足の小型モンスターを連れている。


 カズキはごくりと唾を呑んで、キャップのつばをつまんでイジる。

 少し下げてうつむき加減で目線を隠し——


 元に戻して、背筋を伸ばした。


 まっすぐ前を見て、腕を振り、気持ち大股で歩く。


 モンスターと、先導する小型モンスターが近づく。


 ふんふん鼻を鳴らしてキョロキョロする小型モンスターがカズキを見る。

 つられてモンスターもカズキを見る。


 目の端でモンスターを捉えながら、カズキは前を見たまま視線を動かさない。


 すれ違う。


 そのまま、小型モンスターとモンスターはカズキの後方、都市型ダンジョンへ去っていった。

 モンスターというか、犬と散歩中のお爺ちゃんだ。

 カズキは無事に、不審者ではなくウォーキング中の兄ちゃんだと認識されたらしい。

 特訓の成果である。


「よし。よし、よし、よし」


 戦闘を回避したカズキが小さな声で繰り返す。

 勇者にとって、ダンジョンを徘徊する四本足の小型モンスターと、同行するモンスターは天敵だ。

 犬は吠えるし、地元民である飼い主は普段見かけない人間に厳しい目を向けるので。不審者じゃないんです。ウォーキングしてるだけなんです。


 天敵との遭遇をクリアしたカズキの足取りは軽い。

 経験値を得てレベルが上がったらしい。違うけど違わない。


 自信をつけたカズキの第三階層探索は順調に進んだ。

 事前に調べた通り、この時間はモンスターの巣も静かで、なんなく横を通り過ぎた。

 大通路を避けたため、すれ違う馬車は少ない。

 最初に遭遇した二体のモンスターを思えば何ほどのこともない。


 トラップもモンスターも馬車もスルーして、カズキは探索を続けた。ダンジョン第三階層を歩き続けた。

 ウォーキングしてるんですよー、運動って気持ちいいですねーと、モンスターに擬態して。


 やがて。


「……見えた。あれが、例の」


 はるか通路の先に緑と白に塗られた立て札が見える。


 勇者カズキが攻略するダンジョンの最深部である。フ○ミマである。


 足を止めてポケットの中を確かめる。


 キーアイテム、5,000イェンに触れた。


 水色の文字をきっと睨みつけて、カズキは歩き始める。



 勇者カズキは、ついにダンジョン最深部に挑む。


 ここから先にセーブポイントはない——帰ればいいだけだった。




=== ダンジョン最深部 ===


 平地にポツリと存在する建物。

 建物の外壁は透き通った水晶クリスタルで、中を見通せる。


 緑と白で彩られたクリスタル水晶パレス宮殿


 それがダンジョン・・・・・最深部・・・であり、勇者たちの目的地だ。


 カズキは最深部前の広場で一度立ち止まった。

 10時42分、予想通りこの時間に停まってる馬車は少ない。

 外から見る限りではモンスターの数も少ない。


「……行くか」


 ためらったのはわずかな間だけだ。

 勇者カズキは、とっくに覚悟を決めている。


 初めてダンジョンの入り口から第一階層に出た時に。

 第三階層に足を踏み入れた時に。

 スタンピードを乗り越えた時に。

 今日、第三階層に出るのを、隠れて見送るモンスターの気配を感じた時に。


 ダンジョン最深部の入り口に立つ。

 クリスタルが静かに二つに分かれて道を開けた。

 いかなる仕掛けかトラッブか。自動ドアである。


「いらっしゃいませー」


 足を踏み入れたカズキに、さっそく最深部のあるじから声がかけられた。

 お前のことは気づいているぞ、という警告だ。


 ここから先、勇者たちの掲示板に情報はない。

 入手すべき秘宝は指示されているが、最深部の情報はあえて隠された。

 ダンジョンごとに違うのではない。

 勇者が、真の勇者となるための試練である。


 緊張した面持ちでカズキは顔を上げる。


 固まった。


 目に飛び込んできたのは、情報の大洪水だ。


 右側の防柵の奥で、最深部のあるじがカズキを監視している。

 身長ほどの高さの壁には一面に多種多様のアイテムが並び、無数の文字が、色が、カズキの脳を刺激する。

 奥のクリスタルの中に収納されたポーションやエリクサーは何百種類あるのか。

 勇者が渇望する魔導書グリモワールも、封印が施された禁書も、こともなげに並んでいる。


 クリスタルはそんな光景を反射してさらに情報量を増やし、無機質な音が繰り返し流れ、数体のモンスターが最深部をうろつき出入りする。


 安全な拠点の中で暮らしてきたカズキにとって、それは脳を焦げ付かせるほどの情報の大洪水だった。


 顔をしかめて奥歯を噛みしめる。

 最深部での用事を済ませたモンスターが、カズキを避けて横を通り過ぎる。

 お前ひょっとして勇者か? と疑うようなモンスターの視線で、カズキは我に返った。

 のろのろと動き出す。


「大丈夫、大丈夫だ。前はコンビニだって来てたし。こんなんじゃなかったけど。さすがダンジョン最深部」


 口の中でもごもごと呟く。


 カズキが最後に家から出たのは3年ほど前のことだ。

 3年もあればダンジョン最深部、もとい、コンビニは様変わりする。

 セブンイレブ○の新店舗は商品配置からして違う。正直よくわからない。

 PB商品がここまで並ぶようになったのもつい最近のことだ。

 3年前ならレジ横にコーヒーマシンはあっただろうか。


 コンビニは、もうカズキの知るコンビニではない。変化が早い。さすがダンジョンの最深部。


 所狭しと並べられたアイテムや魔導書グリモワールにチラチラ視線を飛ばしながらおそるおそる歩くカズキ。

 モンスターに擬態しているつもりらしい。そこそこ不審者である。止める声はない。

 クリスタル水晶パレス宮殿ではこの程度、日常茶飯事だ。ダンジョン最深部は魔境なのだ。


 やがて、カズキは棚から一冊の魔導書グリモワールを抜き出した。

 飛躍の書である。

 レジ横に置くタイプの店舗ではなかったらしい。


 入手すべき秘宝の一つを見つけたことで気をよくしたのか、カズキの足取りが確かなものになる。

 勢いのままに、クリスタルに覆われた壁面に向かった。

 顔を近づけて、中にあるポーションやマジックポーションやエリクサーの瓶を眺める。

 上から下まで舐めるように見つめる。


「あった」


 クリスタルの隙間に指をかけて、カズキが手を引いた。

 遮断されていた冷気が流れ出す。


 カズキが手にしたのは、毒々しい色の爪痕が残る漆黒の金属筒だ。

 体力と気力の限界を超えて肉体を活動させる禁薬。


 モンスター・・・・である。

 モンスターではない。


 右手に冷たい金属筒を、左手に魔導書を抱えて、ダンジョン最深部のさらに奥に進む。

 途中、緑の運搬用アイテムポーチ買い物かごを見つけて、中に入れる。

 開いた右手で三角形の携帯食料を二つ無造作に掴んで、運搬用アイテムポーチ買い物かごに放り込む。


 三つの秘宝を手にして、カズキは一瞬だけ目を閉じた。


 ダンジョン最深部の攻略はこれで終わりではない。


 最深部にいるのはボスだと相場が決まっている。


 これまでの苦労を、特訓を、冒険を、応援を思い出し、カズキは勇気を振り絞る。


「お待ちの方、こちらへどうぞー」


 目を開けて、進んだ。


 不敵な笑みを浮かべるダンジョン最深部のあるじの元へ。


 カズキは己の身を守るように、緑の運搬用アイテムポーチ買い物かごを最深部のあるじとの間に置いた。

 秘宝が取り出されて無機質な音が鳴る。

 緊張でカズキの手が震える。


「あ、あの、」


 声も震える。


「はい、他に何かお買い上げですか?」


 カズキと違ってあるじにダメージはない。

 勇者など何人も相手してきた、とばかりに余裕の構えだ。


 勇者に示された、ダンジョン最深部で入手するべき秘宝は三つ。

 魔導書、禁薬、携帯食料。


 すでにカズキは探索を終えて主に提示した。


 だが試練はもう一つある。


「ブ、ブレイブ、お願いします」


 キーワードとともにカズキが5,000イェンを置く。

 秘宝も、キーワードも、キーアイテムも揃った。


「はい、かしこまりました。お先に商品です」


 秘宝が包まれてカズキに差し出される。

 続けてお釣りの4,294イェンが渡される。

 先に4,000イェンと紙片を渡されたのに手を引っ込めないカズキの手の上に、じゃらじゃらと294イェンが乗せられた。


「それとブレイブですね」


 そう言うと、最深部の主はくるっと背を向けた。

 攻撃を叩き込むチャンスである。違う。

 ひとまず、カズキは手を握りしめてポケットに4,294イェンと紙片を突っ込んだ。

 秘宝の包みを手に持ったところで主が向き直る。


「こちら、ブレイブになります」


 ダンジョン最深部の主は、右手で小さな金属片をつまんでいる。

 落とさないように左手を添えて。


 カズキに差し出した。


 おそるおそる、カズキは右の手のひらを向ける。


 カズキの手のひらを両手で包み込んで、金属片が受け渡された。


「これが……」


 ブレイブ・・・・

 知らないお客様が聞いてもバレないように用意されたキーワード隠語


 主にそのキーワードを告げると渡されるように手はずが整えられた、ダンジョン最深部に到達した勇者だけに与えられるバッジ。


 勇者の証・・・・である。


「到達おめでとうございます」


 ダンジョン最深部の主が、カズキの右手を包んだ両手にそっと力を込める。手を離す。


「帰路、お気をつけて」


 まるで「拠点に帰るまでがダンジョン攻略ですから」とでも言いたげに。

 微笑んで、主はカズキを送り出した。


 あっけないラストバトルと達成感でカズキは夢うつつだ。

 ふらふらと体を揺らして、二つに分かれたクリスタルの壁を抜ける直前。

 カズキはさっき目にしたものを確かめようと、さっと振り返った。


「ありがとうございましたー」


 そう言って頭を下げる最深部の主の胸には、「勇者の証」が光っていた。




=== ダンジョン第二階層〜拠点 ===


 秘宝を包む袋をカサカサと鳴らして、カズキは帰路を歩いた。

 往路であれほど警戒したダンジョン第三階層を、夢見心地のままに。


 グレイのパーカーに、裾が絞られた黒いズボン、つば付きのキャップにスニーカー、耳からはイヤフォンのコードを垂らした姿は、ダンジョンに挑む勇者の正装の一種だ。

 これに秘宝入りの白い袋が加われば、モンスターから疑われることもない。

 あ、昼時で混む前にコンビニ行ってきたんすね。俺も早めに行こうかなー、などと思われるだけだ。


 何事もなく、モンスターの記憶に残ることも、ふわふわしてるカズキ自身の記憶に残ることもなく、カズキはあっさりダンジョン第二階層の頑丈な鉄扉の前にたどり着いた。


 出がけに勇気を振り絞って開けた扉を、カズキはあっけなく開けた。

 第二階層に戻る。

 後ろ手でガチャリと鉄扉を閉める。


 時間にして1時間45分。

 普通に歩いて片道一時間弱かかることを考えればいいペースだったと言えるだろう。


 長い長い旅は終わった。


 拠点はまだ先だが、ここ二週間の特訓と探索で、ダンジョン第二階層と第一階層は勝手知ったるものだ。実家だし。


 緊張の糸が解けたのか、勇者カズキは第二階層の段差にどかっと座り込んだ。

 袋越しに木の床に当たった金属筒がガコッと音を立てる。

 気にすることなくカズキは腰を曲げた。

 足の装備を外すためではない。

 両手で頭を抱える。

 頭皮にチクリと痛みが走る。


 ゆっくり右手を下ろして手を開く。


 勇者の証。


 カズキは帰路の間ずっと、小さな金属片を握りしめていたらしい。


 ダンジョン最深部を攻略した勇者に与えられる、真の勇者の証。

 離すまいと、カズキはふたたび手を閉じた。

 拳ごと額に押し当てる。

 嗚咽が漏れる。


 背後からモンスターの足音が聞こえてきても、カズキは動かなかった。動けなかった。

 モンスターの手がグレイのパーカーの背をさする。

 泣いた子をなだめるように。


「ただいま、母ちゃん・・・・


 嗚咽まじりで、勇者カズキが帰還を告げる。


「おかえり、カズキ」


 勇者の帰還を讃える声は、大歓声ではなく、たった一人の涙声だった。

 ダンジョン第一階層と第二階層を住処とするモンスターの。母親の。




 勇者カズキの最初の冒険・・・・・は終わった。


 だがカズキの冒険は、ダンジョン攻略はこれで終わりではない。

 これからカズキは「真の勇者」としてダンジョンに挑んでいくことだろう。

 ダンジョン第一階層と第二階層のモンスターはサポートキャラとなって、拠点は第二階層まで広がって。


 ダンジョン攻略に終わりはない。


 けれど、いまは。


“ただいまお前ら! 勇者の証を手に入れたぞぉぉぉぉおおおおお!!!!”

“おおおおおおお!”

“おめでとう新人勇者!”

“けっ、俺ァよ、お前はいつかやると思ってたぜ新人勇者”

“おいおい、俺らもう抜かされてんぞ? 新人って真の勇者サマに失礼だろ?”

“負けてられるか! 俺も攻略するぞ!”

“落ち着け勇者。急いては事を仕損ずるだけだ。ダンジョンはそれほど甘くない”

“やっぱ地道な下調べと訓練だよなあ。俺ちょっとスクワットしてくる”

“第三階層の壁は高かっ……え? なになに? また真の勇者?”

“おめでとう、勇者よ!”

“次なる冒険が勇者を待つ。だがいまは栄誉を誇って休むといい”

“そうそう、禁薬とおにぎ……携帯食料でね!”

“禁薬な時点で休めない件。ところで飛躍の書は? 今週の狩り狩りどうなった?”

“はあ、やっぱがんばったのを知ってるとクルものがあるなあ。俺もがんばろ”

“カオスぅ”

“あの、相談していいですか? ボク最近勇者になったんですけど”


 いまは、勇者たちと、サポートキャラ母親と、ここにはいないサポートキャラ父親と姉と、よくわかっていない小型モンスター甥っ子からの喝采を一身に浴びるといい。


 勇者カズキは、ダンジョン最深部を攻略するという偉業を成し遂げたのだから。




=== 終幕 ===


 ある日、日本中に「ダンジョンが発生した」。


 悪質なトラップがダンジョンへの侵入を阻み、数多のモンスターが徘徊する。

 ダンジョンでは少なくない数の命が散った。

 安全なはずの拠点で諦観のままについえる者もいた。


 そんなダンジョンの発生にある者は喜び、ある者は驚き戸惑い、そしてほとんどの者は何もしなかった。


 何がダンジョンだと。

 普通に日常生活を送れるじゃないかと。


 だが。


 一部の者は、立ち上がった。


 ダンジョン攻略の先駆けとなる者がいた。

 共通点があればと自身が体験したダンジョンの情報をネットにアップする者がいた。

 たがいに励ましあって攻略する者たちがいた。


 誰に求められなくとも、理解されなくとも、彼らは立ち上がり、自ら「勇者」と名乗った。

 やがてダンジョン攻略へのうねりは大きくなって、幾人も、幾つもの組織を動かした。


 ダンジョンに挑む人々をサポートする「冒険者ギルド」ができた。

 「勇者ギルド」と名乗らなかったのは様式美らしい。よくわからない。


 最深部だと名指しされて目的地にされたコンビニは、迷惑がるどころか来客が増えることを喜んだ。

 CSR活動の一環として「勇者の証」というバッジ配布キャンペーンもはじめた。悪ノリともいう。

 店舗数がトップではないことで選ばれたと知っているのか。懐が深い。深いといいなあ。


 攻略情報を交換し、励まし合い、サポートを受けて、日本中で立ち上がった勇者たちはダンジョンに挑む。


 難攻不落のダンジョンに、何年も足踏みする勇者もいるだろう。

 真の勇者となったものの、別階層で跳ね返されて拠点に戻ってくる勇者もいるだろう。


 けれど勇者よ。

 真の勇者よ。


 勇者となったことを、ダンジョン攻略に挑んだことを、真の勇者となったことを、誇ってほしい。



 ダンジョンは日本中に存在する。



 すべての勇者に、光あれ。





=== 終わりに ===


 ダンジョンに挑む勇者よ。


 ダンジョンをダンジョンと認識しない者からわらわれても聞き流せ。

 ダンジョンがあふれる日本は、悪意だけでできているわけではない。

 勇者となることを決意した勇気は、それだけで誇っていいことだ。


 嗤われても、理解されなくても、攻略がなかなか前に進まなくても。


 勇者であることを誇って、ダンジョンに挑んで欲しい。




 そして、ダンジョンをダンジョンと認識しない者たちよ。


 勇者の足取りは頼りなく思えることだろう。

 鼻で嗤いたくなることもあるかもしれない。

 何が勇者だ、何がダンジョンだ、当たり前にできることじゃないかと。


 手助けしてくれなくていい。

 心の中で嗤ってもいい。


 けれど、願わくば。


 何も言わず、生暖かく見守ってほしい。


 貴方にとってなんてことのないその扉は、難関ダンジョンへの入り口なのだから。




(了)

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『ダンジョン大国 日本〜なんかいきなり俺の部屋の外がダンジョンになったからとりあえず攻略してみる〜』 坂東太郎 @bandotaro

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