=== 拠点/再 ===

=== 拠点/再 ===


 ダンジョン攻略へのファーストアタック翌日。

 昼過ぎに起きたカズキは、パソコンの前にいた。

 濁った目で、暗い顔で。

 だが。


“ファーストアタックで第三階層!? マジかよ有望じゃん!”

“ダンジョンの入り口を見つめて三日が経ちました。俺、勇者やめようかなって”

“焦らない焦らない。人は人で俺は俺”

“いろんな勇者がいていいんだって。みんな勇者なんだって”

“ダンジョン第二階層から第八階層までは落とし穴で一直線でした。すぐ帰ったけど”

“おうおう、やるじゃねえか新人勇者。あん時は絡んで悪かったな”

“お前はまだ二階層止まりだもんな! 新人勇者に先越されてんぞ?”

“いいか新人、できなかったことよりできたことに目を向けろ。ダンジョンじゃ前向いてないと死ぬからな”

“だから死なないけどね! あっでも後ろ向きすぎると死にそうな気がする”


 掲示板にダンジョン攻略の結果を報告すると、カズキは褒め称えられた。

 最初の攻略でフィールド型の階層まで到達したのは誇れることだったらしい。


“お前ら優しすぎかよ。ちょっと元気でてきた”

“はっ、これだから新人勇者はよォ。いいか、出るのは元気じゃねえ、勇気だ”

“俺たちは勇者だからな!”

“かませ勇者がなんか言ってる。ねえそのロールプレイ疲れない?”


 カズキの口に笑みが浮かぶ。

 同類で同志の勇者たちはどこまでも優しく、どこまでもふざけている。

 まるで、自分もそうされることを求めているかのように。


“ありがとうお前ら”


 そう書き込んだカズキの目は潤んでいた。

 強い心を持つから勇者になるのではない。

 勇者になったから強くなるのだ。


 戦うことなく逃げ出したモンスターの姿がカズキの頭をよぎる。

 薄暗いダンジョンで明かりに照らされたモンスターは、シワが深く、目尻を下げて、立ち去るカズキをしょんぼりと見送った。

 その姿は、記憶にあるより小さく思えて。


“俺、もうちょっとがんばってみるわ”


 ファーストアタックと報告を終えて、カズキは決意を新たにした。


 ダンジョン攻略に向けた、カズキの特訓がはじまる。




  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □




“まずは目的地を見定めろ。話はそれからだ”


「ファミ○……おっと、ダンジョンの最深部は、ウチから行ける距離に二つあるんだ」


“マッピングは終わってるだと!? やるじゃねえか新人勇者!”

“おいおいおい、こりゃあマジで先を越されるかもなあ”

“片方は歩いて30分。でも都市型ダンジョンでモンスターの数が多い”

“難易度はそこまで高くないけど、低いわけでもないね”

“馬車や二輪車も使えないとなるとなあ。夜は数が減るけど最悪なモンスターがうろついてるし”

“もう一つは片道一時間弱だけど、モンスターが少ない農地だらけのフィールド型ダンジョン。ただ、途中でモンスターの巣がいくつかあるんだ”

“モンスターの……巣……?”

“郊外都市、農地のあたりに存在する巣。そうか、工場、おっと、モンスターの巣ね!”

“もうちょっとうまい言い換えありそう”

“そのタイプの巣は活動時間以外は静かなはずだ。そっちがいいんじゃないか?”


 アドバイスに従って、目指す最深部を見定める。

 ○ァミマへのルートを調べる。

 カズキが住む実家から、徒歩で行けるファミマは二つだ。

 一方は新興住宅地の中を30分ほど歩いた先に、もう一方は田畑の隙間を抜けて工場がちらほら建つエリアを徒歩で一時間ほど行った先にある。

 セブン○レブンであれば歩いて10分ほどで、すぐに真の勇者になれたものだが。

 初期設定の妙である。ちなみにローソ○は徒歩圏内に存在しない。マチカフェぇ……。


“時間よりモンスターの方が怖いからなあ。遠いけどそっちにする”

“はっ、まあ戦い慣れてねえ新人勇者にはいいんじゃねえか?”

“ならば体を鍛えるべきだろう。行き倒れては話にならない”

“あとは装備も整えないとね! かっちり系より動きやすい装備を!”


 目標を決めたら、あとはそこに向かって突き進むだけだ。

 勇者たちのアドバイスに従って、カズキは行動をはじめた。



「よし、これで二往復。……けっこうキツイな」


 昼間、モンスターが出払ったダンジョンで、第一階層と第二階層を結ぶ階段を昇り降りする。

 運動らしい運動を何年もしてこなかったカズキはそれだけで息が上がる。

 モンスターがいなくなった日に限ってだが、カズキは毎日のように階段昇降を繰り返した。

 勇者の基本である、足腰を鍛えるために。



「これはまだ着れるかなあ? どうなんだろ、みんなに聞いてみるか」


 がさごそとクローゼットを漁って装備を探す。

 装備というか服を探す。

 あと中学のジャージは外に着ていけない。聞くまでもない。


“そんな装備で大丈夫じゃない。ほかにないのか?”

“たしか新人勇者は宝箱に食料やポーションがあったり、回復の泉に着替えがあったりしたな”

“あー、そういうタイプか。ならなんとかなるんじゃない?”

“けっ、甘ちゃん勇者かよ。恵まれた環境はちゃんと活かすんだぞ?”

“え? どういうこと?”

“ダンジョンの第一階層や第二階層に出現するモンスターには複数のタイプがある。中には、モンスターからサポートNPCに変貌を遂げるタイプも存在するんだ”

“NPCて”

“ノンプレイヤーじゃないから。せめてサポートキャラって言ってください”

“それは……その……”

“何、すぐに変わるわけじゃない。まずはフラグを立てないとな”


「それはちょっと無理かもなあ。あ、ネット注文して受け取りと支払いをお願いするぐらいならなんとか……? 手紙だっていいんだし……」


 拠点にある装備ではダンジョン最深部に挑めない。

 頭を抱えたカズキに提示されたのは、新たな装備の入手方法だった。

 けっきょく頭を抱えているようだが。


 ともあれ。

 目標を定めてダンジョンを調べ、真面目に訓練に取り組み、装備に頭を悩ませて。


 ダンジョン攻略に向けて、勇者カズキは一歩一歩前に進んでいた。




=== 拠点 ===


 特訓をはじめてから一週間。

 初日は連続二往復で息を切らしてカズキも、五往復できるようになった。進歩である。

 二階と一階の階段五往復程度で、などと思ってはいけない。

 3年も外に出ないと、運動する機会はないのだ。

 まれに勇者になる前から筋トレを欠かさないタイプもいるが、それはいいとして。


“メモは取った。あとは……モンスターをサポートキャラにする、フラグの立て方を教えてください。どうやって話しかければいいのか”


 カズキはついに勇者専用掲示板に書き込もうとして——異変に気付いた。

 キーボードを叩く指を止めて耳を澄ませる。

 慌ててイスから降りる。

 ダンジョンの入り口の扉に耳を当てる。

 ダンジョン入り口の扉というか、木目調の安っぽいドアに。


 ダンジョンはいつになく騒がしかった。

 実家は人の声に満ちていた。


 さっと身を翻して、カズキはふたたびパソコンに向かう。書き込む。


“マズい! 大量発生したモンスターの声が第二階層から聞こえてきた!”

“モンスターが大量発生?”

“そうか世間はシルバーウィーク……ダンジョンがモンスターの繁殖期を迎えたのか”


 今度はドアに耳を当てるまでもない。


「ただいまー! ほら、あっくん、たーくん、じいじとばあばにただいまは?」

「じじ、ばば、ただいまー!」「まー!」


 ダンジョン第二階層から、大きな声が聞こえてくる。

 よく見知ったモンスターのひさしぶりの声と、そんなに喋れるようになったのかと衝撃を受ける声が。

 手を動かす。


“やばいやばいやばい。ゴブリンとコボルト、好奇心たっぷりで無邪気な小型モンスターの声がする”

“小型モンスターて”

“不謹慎すぎィ! まあいまさらだね!”

“あーそれはヤバイ。拠点は鍵がかかるタイプ?”

“繁殖期か。俺も警戒しておこう”

“バリケードだバリケードでなんとか安全を確保して篭城だ拠点の安全を確保するんだ”

“警戒しろよ新人勇者、ほかの勇者どもも。こっちの手の内を知ってるモンスターに、小型モンスター。ヤツらは遠慮も何もねえからよ”

“ガチャガチャ鳴らされる拠点の扉、ガンガン打ち付けられる破城杭!”


 タッタッ、トン、トンと、第二階層から階段を上がってくる足音が聞こえる。

 小型モンスターは体重も軽いのだろう、小さな音で、けれど確かに近づいてくる。


「小型モンスターが二体。足音を隠してるけどもう一体。はあ、覚悟決めるか」


 呟いて、カズキが身構える。

 最後に一つ書き込んだ。


“くる! スタンピードだ!”


 安全なはずの拠点に、ダンジョンからモンスターが押し寄せる。


 モンスターのスタンピード集団暴走である。

 違う。

 親戚の襲来スタンピードである。

 たいてい悲劇になることは違わない。


 ドアレバーが大きな音を立てて、バンッと勢いよく扉が開いた。

 カズキの拠点——部屋のドアは、鍵がかけられるタイプではない。


「カズにいー! こんにちは!」「はー!」


 ダンジョンから攻め込んできたのは二体の小型モンスター、ではなく二人の甥っ子だった。行動は小さなモンスターになる時もある。怖い。


「もう二人とも。カズキは引きこもってるんだから放っておきなさい、ほら行くわよ」

「えー? カズにいとあそぶー!」「あしょぶ!」


 続けて現れたのは小型モンスターの母モンスター、違う、カズキの姉である。小さなモンスターの母であることは違わない。怖い。


「あれ? カズキ、なんかちょっと小綺麗になってない? ヒゲそった?」


 姉がカズキを見たのは一瞬だ。

 それでも、変化を感じるほどにカズキは変わっていたらしい。

 勇者の特訓の成果である。


「俺、いま、外に出る準備してるんだ」


「えっ!?」


「こないだ失敗したし少しずつだけど」


 目を伏せたままモゴモゴと、うまく回らない口で告げる。

 カズキの声はやけに大きかった。

 ひさしぶりの会話すぎてボリュームがうまく調整できなかったらしい。


 モンスター は おどろき とまどっている!


「でもその、外に着ていく装び……服と靴がなくて。ウォーキング? 風のヤツを」


 机上の紙片にチラッと視線を落として、勇者カズキはモンスターに畳み掛けた。

 ダンジョン第二階層、ときどき第一階層に現れるモンスター母親よりも与しやすいと思ったようだ。

 紙片に書かれていたのは、モンスターをサポートキャラに変化させるためのキーワードである。


「そう、そうなの。うん、お母さんに言っておく」

「お母さん? ママ?」「ままー!」

「ふふ、違うのよ。ママじゃなくてばあばのこと」


 好奇心旺盛な小型モンスターは、わからないながらも話を聞いていたようだ。

 勇者カズキから、興味はママとばあばに移ったらしい。幸いなるかな。


「ありがとう」


「カズキのやる気がなくならないうちに買ってきちゃうわ。ほら行くわよちびたち。お買い物だー!」

「あっくんちびじゃないよ!」「にいに、おっきい!」


 母モンスターと手を繋いで、きゃっきゃとはしゃぐ二体の小型モンスターは去っていった。

 見送ったカズキはぐったりとイスの背にもたれかかる。


 ほぼメモを口にしただけの、わずかな会話。

 たったそれだけで、勇者カズキはMPを使い果たしたようだ。


 モンスターのスタンピード集団暴走を乗り越えても、ダンジョン攻略への道のりは遠い。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る