第7話 人

つばぜり合いも早々に終わり俺とエリシアは向き合って剣を構える。

「三分で決着をつけます。そのほうが手っ取り早い」

「大きく出たな。その余裕どこまで持つか試させてもらおう」

エリシアは知っている俺の力は短い間しか持たないことを。

俺にはタイムリミットがある。

最初から剣を宙に浮かせ、身体強化率を三倍に。

この倍率で強化すると大体5分でMPが尽きる。

宙に浮かせた剣をエリシアに向けて発射、それと同時にエリシアとの距離を詰める。

前回から相当なトレーニングをして今までより一本多く動かせるようになった。

たかが一本されど一本だ。

その一本が戦闘の結果を変える可能性もあるのだ。

エリシアは飛んできた全ての剣を華麗に受け流した。

そして続く俺の剣を受ける。

再び剣と剣が軋み合う。

受け流された剣をエリシアに向けもう一度発射する。

窮屈そうに鳴いていた剣が突然の解放によりひときわ大きく哭く。

こちらが距離をとるよりも早くエリシアが後ろに下がる。

刹那の時間を稼いだエリシアは、またしても全ての剣を受け流す。

「なんだ。大見得切っておいて結局こんなものか。

これでは何時まで経っても倒せないぞ!」

「まだまだ、これから!」

そうして今一度剣を交えようとしたその時、いやな感覚。

お互いに後ろに大きく飛び退く。

今まで俺たちが居た所は真っ黒いすすに覆われていた。

「なかなか勘の鋭い者であるな」

ガスティアがその声とともに右手を前に突き出していた。

「悟られぬよう努力していたのだが、やはり無理があったか」

そんなガスティアの感情の無いような声に違和感を覚えた。

エリシアごと撃とうとしていたようだし、それにエリシアもなんとも思ってないようだ。

そんなことを考えながらガスティアから目を離すとエリシアがすぐそこまで迫っていた。

ものすごい速度で迫る剣を受ける。

剣と剣が打ち合われる。

ひたすら響く金属のぶつかる音。

そうしてまたしても感じる魔法の気配にもう一度距離を取ろうとして、

「任せて!!」

という声とともにガスティアと俺の間に蒼が割って入る。

ガスティアから放たれた火炎の魔法は割って入った蒼のジャッジメントにぶつかり、

少しの間その場に残りやがて霧散した。

「こっちは私たちに任せて!!」

立華と蒼がガスティアと対峙する。

エリシアは魔法が来るとわかっていたというように後ろに飛び退いていた。

すかさずエリシアの後ろにあった剣をエリシアに向けて発射する。

完全な不意打ち、だがしかしエリシアは来るのがわかっていたかのように剣をかわした。

そしてその勢いのまま俺の剣を一本、俺のほうへと飛ばしてきた。

とっさに剣の軌道を少しずらす。

エリシアには剣が避けたように見えただろう。

またしてもエリシアと肉迫する。

何度も何度も剣を撃っていたのには理由がある。

エリシアを観察しても動きが読めなかったからだ。

その代り思考は読めたのである程度の迎撃はできた。

ただ、とてもギリギリだったが。

気を抜いたら終わっていた。

そして、観察の効果が表れ始めた。

エリシアの剣が軌道として見え始める。

おそらく、次の手を読ませないように立ち回っていたのだろう。

そして、どうやらサタンは本気ではなかったようだ。

動きを隠していなかったのがその証しだろう。

軌道がはっきりと見えるようになればこちらのものだ。

徐々に徐々に此方が有利になっていく。

エリシアが押され始める。

幾度かの打ち合いの後、エリシアに明確な隙ができた。

この後のエリシアは左手でしかガードできない。

渾身の力を込めて剣を振り下ろす。

そしてMPを必要最低限まで残してすべて筋力のステータスに振っていく。

そのまま剣はエリシアに向かって振り下ろされる。

エリシアはやはり左腕でガード。

そのまま力を殺し切れずに後ろに盛大に吹き飛ぶ。

そんな姿を幻視したが、しかし結果は違う。

吹き飛ぶどころか傷一つついていない。

「次の動作がガードになると思って全力をふるったのだろうな」

身体強化が切れ、それに合わせてエリシアが動き始める。

「だが私のスキルは生憎守ることだけが取柄でね」

俺の剣は易々とはじかれ、エリシアの拳が鳩尾に入り込む。

「そう簡単に攻撃を通されると困るんだよ」

嘔吐感。

しかし朝から何も食べてなかった体は嗚咽だけを苦しそうに漏らす。

「少し眠っていてくれ」

エリシアが俺の胸に手を置く。

すると突然体から何かが抜けていく感覚を覚えた。

そのまま俺の意識は闇へと落ちた。


☆――


エリシアと傀儡が戦闘を繰り広げている中、

立華綾乃と愛結蒼はガスティアと相対していた。

「蒼はとにかく攻撃を防ぐことに集中して。攻撃は私がする」

「わかった。私にはこれぐらいしかできないから」

蒼の装備はフルプレートアーマーと槍だ。

しかし、ダンジョンでの一件の後に蒼は大盾を持つようになった。

聖女だが、パラディンのような装備になっている。

しかし、これが彼女の持つ力を最大限に生かせる装備なのだ。

蒼は攻撃ができないため、守りつつ仲間を回復といった形になるのだ。

「そのように作戦を立てたところで私にはかなわんと思うがな」

ガスティアの手がおもむろにあげられる。

「やってみなきゃわからない」

綾乃の手も負けじとガスティアに突き出される。

「この内にある灯よ、燃え上がり煉獄の業火となりてすべてを焼き払え」

蒼の手に蒼炎の塊が生まれる。

「煉獄の蒼炎(ネザーフレイム)!!」

蒼の手から勢いよく発射された蒼炎は、

ガスティアに着弾したと同時に周囲のすべてを飲み込んだ。

「このまま燃えてくれれば、、、。」

しかしすぐに蒼炎は吹き散らされた。

「やっぱそう簡単にはいかないか」

ガスティアは手を突き出した状態のまま、その場に立っていた。

服には焦げ一つついていない。

「では今度はこちらから行こうか」

ガスティアの周りに風が吹き始める。

「風の精よよまわれ踊り狂え。すべてのものを吹き散らせ」

風が勢いを増していく。

「水の精よ踊れ切り刻め。すべてを貫き突き進め」

水滴が風の中に生まれる。

そして風と水が回転し始める。

「水とシルフの妖星乱舞!!(スペクターダンスオブウォーターシルフ)」

高速回転した小さな竜巻が蒼と綾乃を切り刻もうと動く。

「蒼!!」

「わかった!!」

蒼のジャッジメントが発動。

竜巻がジャッジメントと均衡、しかしその均衡は脆くも崩れる。

「大気圧縮弾(コンプリッションアトモスフィア)!!」

その一言で強烈な風が吹き荒れ竜巻にぶつかる。

竜巻は勢いを落としたが、消滅しきりはしなかった。

その隙に蒼がもう一度ジャッジメントを展開竜巻はそのまま勢いを殺されていき消滅した。

「なかなかやるようだな。サタンの奴に謝ってやらんといかんかの」

それを聞いた瞬間綾乃が瞬時に反応した。

「まさか、、、。あの時サタンを差し向けたのは、、、。」

綾乃が驚きに目を見開く。

「そう私が差し向けた。そして、、、。」

そしてガスティアは言い放った。

「私が愛結蒼を殺そうとした張本人だ」

その瞬間エリシアと傀儡の戦闘が終わった。

☆――


「どういうことでしょう?ガスティア王よ」

エリシアが戦闘から戻ってきた。

「あなたが蒼を殺そうとしたということは本当ですか?」

「その通りだ。何か問題でもあるか?」

「逆になぜ問題がないと思ったのか教えていただきたい」

エリシアの語調に怒気が孕まれる。

「なぜそのようなことをしようとしたのですか?それがあなたの正義なのですか?」

「そうだ」

ガスティアは即答した。

「人を殺すのが正義なのですか?」

「そうだ」

「なぜ!?」

ガスティアは少し表情を曇らせた

「そうしなければならぬ理由があるのだ」

エリシアは顔を俯ける。

「やはり運命には抗えんか」

「なにが、、、!?まずい!!」

ガスティアの手が蒼に向けられていた。

放たれる光の矢。

そのまま蒼に向かう光の矢はしかし、躍り出たエリシアによって防がれた。

エリシアは膝から崩れ落ちると、そのまま倒れた。

「済まない。これも運命なのだから」

ガスティアは残念そうにそういった。

「え、、。」

今まで固まっていた蒼が溶け始めたように声を出す。

「嫌 、、。」

「ちょっと蒼?どうしたの?」

彩乃が心配したように声を上げる。

「嫌、イヤ、いやいや」

蒼の心はここに在らずと言ったようになって

「嫌あああぁぁぁ」

思考が現実に追いつき絶叫した。

同時に蒼の周囲から光が溢れ出る。

漏れ出た光はエリシアと傀儡と先生を包み込み、瞬く間に傷をいやしていった。

「ガスティア王。あなたに今から裁きを送ろう」

その姿を彩乃は呆けた顔で取り残されていた。

「あんな蒼、見たことない。まるで人が変わったみたい、、、」

光をまとった彼女は、今までとは打って変わって別人のようになった。

それもそのはず、彼女はいま新しいスキルを獲得したのだから。


第二人格


それが彼女が獲得したスキル。

今ある人格とは違う人格を好きなように形成できるというスキル。

さらに、彼女のはほかにもスキルを獲得していた。


ジャッジメントタイム


自分の受けた攻撃、

もしくは、ジャッジメントで防いだ攻撃をそのまま対象に跳ね返すというスキルだ。

さらに職業も聖女から、天女に進化していた。


ジョブスキルは「聖なる者」から「祝福を授けし者」へと変わり、

対象を瞬時に癒すことが可能となった。

ステータスもすべて上昇して、すさまじい力を得た。

「ジャッジメントタイム!!」

蒼がそう叫んだ瞬間、魔法の嵐がガスティアに襲いかかった。

ガスティアも瞬時に反応するが、

今までの自分の魔法が同時に襲い掛かってくるため、受けきることはできなかった。

「ぬう!!」

苦痛の声を上げるガスティア。

そんな壮絶な魔法戦の繰り広げられる中、

光に包まれ、傷の癒えた者たちはその意識を覚醒させた。


☆――


まだ頭がぼんやりする。

確か、俺はエリシアにやられて気絶してたはず。

それにしても、あの感覚はなんだったのだろうか?

そう考えていたが、理由はすぐに分かった。

MPが空になっている。

どういう理屈かは知らないが、エリシアは、俺からMPを奪い取ったらしい。

後ろで突然魔法による爆発音らしきものが聞こえてきた。

振り向くと神々しく光をまとう蒼と、満身創痍のガスティアがいた。

「だめ、、、。あいつを殺させたら、、、」

かすかな嗄れた声が壁際から聞こえてきた。

「先生!?」

今まで目を開かなかった先生が初めて意識を取り戻した。

「どういうことですか?ガスティアを殺させるなとは?」

「あいつを、、殺したら、、、。戦争が起こる」

力を振り絞りとぎれとぎれで言葉を紡いでいく。

「とりあえず、、蒼を、、止めろ!」

気づけばガスティアは地に倒れ伏していて、蒼の手には大きな炎の塊が掲げられている。

「私が、、、行こう」

倒れていたエリシアが、起き上がり、声を上げた。

「この中で一番固いのは私だ」

そういって蒼のもとに向かった。


☆――


もう誰も傷つけたくなかった。

自分のせいで人が傷つくのはもうたくさんだった。

それなのに、今もこうしてエリシアが傷ついた。

いつもそうだ。

この世界に来てからも。

元の世界でも。

私のせいで人が傷ついて行った。

私が何もできなかったから。

だから変わりたかった。

皆を守れるように。

皆を危険から遠ざけれるように。

でも結局駄目だった。

私の気持ちが暴走して、その結果、結局誰かを傷つけることになる。

結局、傷つく矛先がいい人から悪い人に代わっただけ。

どうしたらいいんだろう。

結局私は弱いまま。

自分のスキルすらろくに扱えない。

この手に掲げられた炎の塊を私はスキルのせいで打つことしかできない。

なんで生きてるんだろう。

自分の理想に切り刻まれて。

私の体はおもむろに手を振り下ろす。

自分自らの手で人が死ぬのは初めてではない。

そこに恐怖はなく、あるのはただ虚無感だけだった。

満身創痍のガスティアに放たれた死の塊はしかし、またしても、

躍り出たエリシアによって、受け止められた。

その瞬間、いくら止めたくても止まらないスキルが、止まった。

「エリシアさん!!なんで!!なんであなたが出てくるの!!

私はあなたを助けたくてこうしてたんだから!!」

嘘だ。

本当は無理にでも止めてほしかった。

誰も傷つけたくなかったから。

「嘘だな」

彼女が口を開いた。

そこには無傷の彼女が立っていた。

「お前はいま心から助けてもらいたがっていた」

「勝手に私の心を決めないでよ。あなたは私じゃないのになんで私の気持ちがわかるの?」

私を気遣ってくれたエリシアを自分で拒絶した。

「わかるさ。だって今の蒼は昔の私と同じで痛そうな顔をしている」

痛そうな顔?

そんな顔していただろうか。

自分では何もわからなかった。

「理想を求めて、夢を見て、あこがれて。それに全部裏切られ切り裂かれた。

そんな顔だよ」

そうだ。

私の理想は誰も傷つかないこと。

私の夢はみんなで笑いあうこと。

私のあこがれはそのためにみんなを守れる力。

でも理想は自分によって。

その結果夢も。

あこがれは誰かを傷つける力となって。

私に牙をむいてきた。

「私もそうだったんだよ」

エリシアの目が真っ直ぐと私の目を密める。

「何か勘違いしているようだが、私が傷ついたのは蒼のせいじゃない」

また、慰めの言葉か。

そう思って口を開きかけ、続くエリシアの言葉でその言葉は引っ込んだ。

「私が傷ついたのは私が『守るもの』ゆえにだ。そしてお前は『癒すもの』だ。

癒すものが傷ついては、誰も癒すことができない。

だからそれを守るのが守るものの仕事だ。守るものが傷ついても、癒すものが生きていれば、いくらだって癒してもらえるだろう?少なくとも私はそうだった。」

その言葉は力があった。私の心を癒す力が。

「守って守られて。癒して癒されて。それが人間の生き方だ。

自分一人では何一つできない弱い生き物だ。

自分にない才能を持つ人がいても、それを育てる人がいなければ意味がない。

だから、蒼も必要なときは手を貸してくれている人を頼っていいんだ」

ふと目から涙が零れ落ちた。

とっても、暖かい気持ちで、いっぱいになった。

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仮面をかぶった救済者 風雅 @zemuri

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