第6話 激突
いつまでも泣いているわけにはいかない。
今は、泣いている暇なんてないのだった。
津波が押し寄せえているのだから。
やることも済んだのだしそろそろ避難しようかと考えていたとき不意に、
「皆の者至急城の前に集まれ!!」
と、ガスティアの声が聞こえてきた。
無視して逃げようとしたが逃げた後が怖いので素直に城の前まで行くことにした。
城の前に行くとガスティアが慌てふためいて
「もっと頑張らんか!!」
と怒鳴り散らしていた。
怒鳴っている相手は今、目の前で津波に向かって魔法を撃っている人たちに対してのものだろう。
津波の規模は巨大で沖にあるガレオン船が悠々飲み込まれていくところを見ると10m位は有ると見ていいだろう。
焼け石に水改めプールに火炎放射器だろうか。
何より距離が遠すぎる。
ここから沖まではおそらく20kといったところか。
5分位でここまで到達するだろう。
いくらなんでも意味がないのはガスティアもわかっているだろうが、近づく危険のほうが大きいと判断してここで魔法を打たせているのだろう、表面上は。
『観察』してみたところではとても不安がった様子で、
「一人になるなどありえん」と心の奥底で思っていた。
とにかく、津波は勢いを緩めることなくすぐそこまで迫ってきていた。
みんなも必死になって魔法を乱射してはいるものの、
一向に津波の勢いが落ちる様子はない。
「もういい!!結界だ、結界を張れ!!」
ガスティアは津波の迎撃をあきらめて、ここを死守する考えのようだ。
多種多様な魔法により生み出されるいろいろな壁。
火や、風、水、土、光、聖など、みんな死に物狂いで張っていた。
津波到達まであと一分もない。
「おいお前、お前も手伝、、、。」
ガスティアが俺に向かって言葉を発したが途中で詰まり、
「そういえばお前は才がないのっだったな」
そういって憐みとも蔑んでいるともとれる目を俺に向けてきた。
「津波来ます!!」
気づけば水の壁がもう目の前まで迫っていた。
城の大きさは30メートル。
障壁は城の前方を半ドーム状に包み込む形で形成されていた。
築いた障壁に衝撃が走る。
しかし津波は障壁を飲み込みそのまま城に直撃、
するはずだった。
しかし突如光の膜が城を囲み津波はそのまま城の上をさも水族館の水槽内通路のように流れて行った。
みんなも唖然とした姿で上を見上げていた。
「間に合いましたな」
響いた声にみんなが一斉に声の主に目を向ける。
「おお。ダニエル様でしたか。これは、、、スペルマジックを展開してきたのですな」
「かなりほこりをかぶってボロボロじゃったが何とか展開できましての。
本当に危ないところじゃった」
スペルマジックという新しい単語に近くにいた衛兵に耳打ちで聞いた。
「スペルマジックとは?」
「この世界に元からある魔法、プログラムされた魔法といいましょうか。
そういった、形の決まった魔法を,魔方陣を介して発動させる魔法のことです」
「簡単に言うと、MPを消費するだけで発動できると?」
「いえ、決まった詠唱もしなければいけません。ですので、便利とも言い難いんですね」
なるほど、一概に特だけだとは言えないわけだ。
気づけば津波も過ぎ去り、光のドームは消え去っていた。
「助かった?」
あたり一面からそんな声が聞こえる。
ふと、あたりを見まわすと城の陰にエリシアの姿を見つけた。
周りに気づかれないように近づいて絵里氏兄話しかけた
「そんなにふさぎ込んでどうしたの?」
「少し、一人にしてくれないか」
エリシアの顔がさらに沈む。
「城のみんなが守れた。それに住民だって避難した。全部無事だったじゃないか。
町だって人がいれば作り直せるし、それに、、、。」
「ありがとう。慰めてくれて。でも今はほんとに一人にしてほしい」
エリシアの言葉に重さが入る。
「ごめん。おせっかいだったな」
そういってエリシアから離れた。
去り際のエリシアの言葉が胸に刺ささったまま。
「私にもっと力があれば、、、。逃げ遅れた人も助けることができたのに、、、。」
開きかけた口はしかし、刺さった言葉に蓋をされ音を発することはなかった。
☆――
津波の脅威が過ぎさったあと、傀儡がエリシアと話しているところでガスティアとダニエルが、別の場所で今回の津波について話し合っていた。
「どう思うでしょう。ダニエル様」
「そうじゃの。あれは自然的なものではないかもしれんな。
水が引くまでの時間が早すぎた」
「つまり作為的に起された魔法だと?」
ガスティアの眉間に皺が寄る。
「その線が有力な説でしょうな」
ダニエルは海のほうを見ながら半信半疑といった口調で口にした。
「しっかし、まさかこれ程までの魔法を扱える術者がおるとは。いったい誰が、、。」
「魔族以外おるまい」
ガスティアの一言にダニエルが目を見開く。
「そんなことがあるじゃろうか。特にめぼしいものもないじゃろに」
「そんなことはない。ここには大陸全体のオーパーツを保管した保管庫がある。魔族にとってこれ以上都合の悪いものもないじゃろう」
ダニエルは考え込んだそぶりを見せ、
「確かにその可能性はあるやもしれん」
と、自分に確かめるようにつぶやいた。
「とにかくこれは人為的に起されたものということで間違いなさそうであろう」
「そうですな。どうしますかな?報告などは?」
「捨て置け。無駄な混乱は避けたい。周辺諸国の王にだけは伝えておけ」
「御意に」
そう言い残してダニエルは、虚空に消えた。
それと同時に虚空から影が現れる。
「で、次はどんなことを手伝えばいいんだい?」
天使の翼を片翼だけ付けたその人影にガスティアは少し不機嫌そうに、
「特にやることもない。お前はしばらく休みだ」
と、言い放った。
「機嫌悪いね?僕が何か悪いことしたかな?」
「よくそんなことが言えたな。勇者の討伐に失敗しおって」
「あれは事前にちゃんと情報をよこしてくれないのが悪いよ。僕と剣を交えた子とか、僕に致命傷負わせた魔術師とか」
「お前と剣を交えることの出来る奴などおらんかっただろう。
それに魔法はおぬしの注意不足だ。」
魔法の兆候なんてなかったのに。おかしいな?」
ガスティアの機嫌がまた少し悪くなった。
「結局おぬしがめんどくさいと思っただけであろう!!」
ガスティアの声が響く。
しかし声は雑音にかき消される。
まるで溶けるように。
「まあ、失敗したのは僕だし。責任の押し付けは悪いよね」
「わかったならまあいい。しかし、そのしゃべり方どうにかならんのか?」
「こっちが素だよ。丁寧な方はどうも性に合わないから」
それじゃあ、と天使は虚空に消えていく。
ガスティアは、にやりと笑う。
しばらくの間静寂がこの空間を支配した。
☆――
後日辛くも津波は防がれたが、俺にはまた別の問題が出てきた。
先生をどうするか、だ。
国は今総力を挙げて復興している最中。
城の衛兵も出払っていてもぬけの殻だ。
今のうちであればたすけだすこともできるかもしれない。
しかし、助け出した後のことを考えると協力者が必要になるだろう。
獄中の人間を脱走させるとなるとまず確実に指名手配されるだろうからな。
逃げ出さないといけないし、先生も保護しなければいけない。
たとえ王国の衛兵がいなかったとしても、城に人がいないわけではない。
いくら姿を隠せるからって異変に気付かないような馬鹿はいないだろう。
そこで俺は蒼に相談してみることにした。
正確には問答無用で連れ去って先生のところまで連れて行くというかなりアウトな計画だが。
さっそく俺は蒼を探しに城内を探しまわった。
しかし探している最中に肝心なことを思い出した。
蒼には『ジャッジメント』があり、敵意をもっては近づけないということ忘れていた。
まあ、おれもスキルの『仮面』を使えばいいだけの話だが。
と、そんなことを考えていると、目の前に蒼が見えた。
なぜか、立華といっしょに話していた。
基本的に性格が正反対の二人、顔を合わせているところは見たことなく、
ましてや、話しているところなど見たことがない。
違和感を覚えながらもついでとばかりに立華もさらうことにした。
さもたまたま通りかかったかのように装い、すれ違いざまを狙う。
二人は気にも留めず話し続けていたので闇属性魔法でさらりと眠らせる。
そのまま二人を担いで地下牢へと運ぶ。
もちろん隠蔽魔法も使用して誰にも見られない状況を作る。
二人が起きる前にさっさと先生の牢屋の前まで運ぶ。
大体の見積もりを立てて動き出す。
が、いきなり予想外のことが起きた。
「あ、傀儡君」
「あ、傀儡。ちょうどいいところに来たね」
葵に気づかれ立華に声をかけられて一瞬体が反応してしまった。
少しの震えで、ばれないとわかっていても怖いものは怖い。
「ちょっと話があるんだけど。もちろん付き合ってくれるよね?」
言外の「さっそく借りを返せ」という彼女の思いがひしひしと伝わってくる。
「わかったよ。ちょっとだけだぞ」
とにかく怪しまれずに接近することはできそうだ。
「それじゃ、まずなんでこんなとこで話してるかについてだけど、、。」
何ということもなしに簡単に近づくことができた。
女性とは言えさすがに二人はきつかった。
しかし難なく地下牢まで運び、二人が起きるまで担いで待っていた。
地下牢の床はさすがに汚く、二人を床に下ろす気にはなれなかった。
にしても起きる気配がない。
いつになったらこの重さから解放されるのか。
つらい時間は長いもので、体感時間がいくらでも引き伸ばされる。
一分経ったか、十分経ったか。
蒼のほうが目を覚ました。
担がれたままあたりを見回し、最後に俺に気づいて、
「きゃーーーーー!!」
絶叫した。
「なに?!なに?!どうしたの?!」
この状況で立華まで起床。
最悪のタイミングだ。
この後、誤解を解くまでかなり長い時間を要したのは想像に難くない。
☆――
何とか誤解を解いて、事情を説明。
しようとしたのだが二人とも誤解は解けても話を聞いてくれない。
そして二人の目が常に一点に集中していることに気が付いた。
「こんなところに何も言わず連れてきた俺が悪かったな」
そういって二人を外に出るように促す。
「知ってたの?」
立華から言葉が漏れる。
「知っててここに先生を放置してたの?」
立華から怒気が漏れる。
「そう、、、。」
その瞬間立華から拳が飛んできた。
「なんで助けなかったの!?力がなかったなんて言い訳できないよ!!
なんてったってあんたはあのサタンとかいう化け物とまともに戦ったんだから!!」
「でも、先生を助け出した後のことも考えないと、、。」
「そんなの後で考えればよかった!!その力があんたにはあるのよ!!」
違う。そういいかけてやめた。
本当にあのタイミングで助けられなかったのか?
津波で城内はもぬけの殻。
皆の意識は津波に向いてた。
やろうと思えばいくらでもできた。
力がなかったわけじゃないだろ。
俺が何もしなかっただけだ。
「何とか言ってみなさいよ!!なんでだんまり決め込むのよ!!」
立華の声に何も反応できない。
声を聴くたびに一瞬体が重くなる。
心が罪悪感に押しつぶされそうになる。
しかし、それもすぐに収まる。
おそらく、立華はスキルを使っている。
何も考えず無意識のうちに使っている。
それほどまでに先生の存在は大きかったのだろう。
「ごめん。取り乱しすぎた」
立華の声の調子が戻ってくる。
「宿木なりの考えがあったんでしょ。それも聞かず怒鳴るだけじゃだめだよね」
立華が冷静になったところで、
「全く話についていけてないんだけど?」
蒼が一人何ともわからず立ち尽くしていた。
「ごめんね蒼ちょっと頭に血が上っただけだから」
立華はいつもの調子を取り戻したようだ。
「よし!決めた。二人とも今から協力してほしい」
二人が顔をこちらに向ける。
「とりあえず俺はこれから先生を牢屋から出す」
今は一分一秒でも惜しいので簡潔に話す。
「「どうやって?」」
二人がハモって聞いてくる。
「この鉄格子は多分魔法が聞かないと思う。
というわけで力任せにあけるしかないだろうな」
そういって魔力の玉を当ててみたがやはり霧散した。
「で、あけたら立華と蒼が先生をを外まで運ぶ」
「なんで私たち?」
「さすがに男の俺が裸の女を担ぐのはまずいだろう」
「確かにただの犯罪者ね」
軽口で話が脱線しそうになった。
「今は軽口たたいてるひまなんてないぞ。
とにかく、そしたら、なんでもいいので服をきせる」
「そのあとは?」
「そこからが重要なんだけど、近くの町まで馬車で移動しようと思う」
「ここにいたら捕まるから?」
「そういうことだ。ここで二人に質問。抜けるなら今だけどどうする?」
一瞬迷うそぶりを見せたのだが、
「私は行く」
「私も」
と二人とも了承した。
「それじゃあ決まりだ。たぶんかなりの間ここには帰ってこれないけどいいかな?」
「私たちは行くって言ったのよ。そんなの関係ないでしょ」
「よし、それじゃあ牢を壊すぞ」
魔法による身体強化で驚異の怪力となった俺の腕で鉄格子を捻じ曲げた。
「開いた!よしそれじゃあ二人とも頼んだ」
「了解」
「うん。わかった」
先生を拘束していた鎖は立華の魔法で壊された。
立華と蒼が二人がかりで先生を抱える。
「俺たちの姿は俺のスキルで隠してる。とにかく急ぐぞ」
「そうだ、私の部屋までいけないかな?」
突然の蒼の提案にびっくりしつつも全力で走る。
「いいけど、どうしてだ?」
「私の服なら先生も着れるんじゃないかなって」
「たしかに。町で買おうと思ったが、蒼の部屋まで行こう」
そうと決まればすぐに向かうことにしよう。
幸い蒼の部屋は地下牢から近かった。
二人が先生をきれいにして服を着せてくるまで待つ。
体を洗ってる時間なんてないといったのだが、
「さすがに汚いままなのはやばいでしょ」
と立華に言われてしまった。
待つこと数分。
「お待たせ宿木」
「ごめん遅くなっちゃった」
きれいになった先生を二人で運びながら部屋から出てくる。
「大丈夫。それより急ごう」
気づいたらもう夕暮れ時だ。
さっさと城の入り口まで行ってしまおう。
そこから馬車で移動するくらいなら魔法でいくらでも偽装可能だ。
そうしているうちに城の入り口までついた。
なぜかエリシアが入口の前で何かを探すように立っている。
「まあ隠蔽してるから見つかることはない」
さっさと進もうと前を通り過ぎようとしたその時。
「まさか本当に来るとはな。傀儡」
その瞬間魔法が霧散する。
「っ!?宿木なんで魔法を解除したの!?」
立華は俺の魔法が消えたことに気づいたみたいだ。
「いや違うこれは俺が解除したんじゃない」
立華は困惑した様子で、蒼は何が何やらわからないようで、
「全く。何か企んでいたかと思えばまさか地下牢から罪人を運び出してこようとはなあ」
突然響いた声にみんなの意識が一転へと集まった。
「ガスティア王!?何故ここにいるのです!?」
エリシアが驚きで目を見開いた。
「我が城内での悪事を王が見過ごせるわけないだろう?」
最悪の展開だ。
この状況どう見ても俺たちがこの場での悪役になっている。
「王が脱走をし、悪事を図ろうとするものがいるから城の入り口で待つようにと言われていたが、ほんとにいたとは」
エリシアへの弁解は難しそうである。
「ほんとに脱走しようとしている者がいることにも驚きだが、まさか傀儡が来るなんてな」
「ちょっと町の復興を手伝いに行きたくなって、いてもたってもいられず」
「わざわざ隠蔽魔法まで使って、無意識の女性仲間と一緒に運びながらか?」
「ええそうですよ」
そうして押し問答をしていたが、唐突にエリシアが
「そうか」というと、
剣を抜き、俺たちに襲いかかってきた。
とっさに剣を抜き、1.5倍ほどの身体強化を施してエリシアの剣を受ける、が
「重い!!」
「当たり前だ!!私がお前に手加減をしていないとでも思っていたのか!!」
金属の軋む音がこの空間に広がる。
そうして俺たちの長い夜が幕を開けた。
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