現代怪異の日常

竜潜つな

一人かくれんぼの日常

人間たちの言霊と想像力によって怪異が生まれることがある。俺はそういった種類の怪異だ。

俺の名前は【一人かくれんぼ】

インターネット空間で生まれた、交霊呪術の怪異である。


インターネットや情報伝達が発達した現在、怪異という存在は恐怖される以外の属性が付与される。

創作性とでも言えばいいだろうか。


人間たちは怪異という存在に対して、面白おかしく脚色する者もいれば、自らの手で架空のキャラクターに仕上げる者もいる。

そのせいか、昨今生まれた怪異は人間のような個性を持った者が多い。

人間のように感情があり、思考し、衣食住が満たされた生活を送りたいと思うようになっているのだ。


そんな俺は、インターネット上にあるネット空間にある怪異専用シェアハウスに住んでいる。




<一人かくれんぼかぁ、やってみよう>


どこからか聞こえる言葉に俺はため息を吐いた。今から育成アイドル系ソーシャルゲームのアプリをするつもりだったが、呼ばれたなら仕方がない。

本当は期間限定イベントのランキング報酬が欲しいので、仕事はしたくないのが本音だ。


だが、俺は【一人かくれんぼ】である。

一人かくれんぼを実行する人間がいるならば、それを監視するのが仕事だ。

手順を間違えないかどうか、手順が合っているなら適度に恐怖させる必要もある。場合によっては殺したりしなければならない。


仕事着に着替えて、俺は自室から玄関口へと向かった。



「【一人かくれんぼ】どうしたのー?」


のんびりとした口調でピザを齧っている【姦姦蛇螺(かんかんだらだら)】が声を掛けてきた。

【姦姦蛇螺】は上半身は人間の女と似ているが腕は複数生えており、下半身は蛇のそれである。彼女は俺と同じくインターネット空間で生み出された怪異だ。


どうやら彼女は共用リビングでのんびりピザを食べていたらしい。ピザソースの香しい匂いが鼻孔をくすぐるせいで、仕事前だと言うのに腹が減ってきた。


「今から仕事になった。」

「へぇ~、気軽に人間に遊ばれちゃう怪異は大変ねー。ちょっと羨ましいけどさ」


「羨ましがるな、こちらは正直面倒なんだぞ。俺は可愛い二次元アイドルを育成したいんだ!交霊術をやるようなアホに関わっている暇はない!」

「言っている内容が気持ち悪いのに、そこまで言い切ると男前に見えるわ・・・」


とても失礼なことを面前で言われた。

だがな、二次元アイドルはすごいんだぞ?

アイドル育成ゲームのアイドルは現実と違って、心霊スポットで肝試しはやらないし、交霊術もやらない。熱愛スクープも無ければ、寿引退もしない。人気投票の場で結婚報告だってやらないんだ。


偶像(アイドル) という言葉に相応しい存在だと俺は心底思っている。

二次元アイドルは最高だぜ!!


「それじゃあ、いってらっしゃい」

「あぁ、行ってくる」




今回の一人かくれんぼを確認するために、実行者の人間の背後に憑くことにした。

実家暮らしの小学生の少女らしいが、部屋にはオカルト本の類は見当たらない。ネットで知って、偶々一人で留守番をしているからやるつもりらしい。


「えーと、お米と爪とぬいぐるみと塩水、あと裁縫セット」


少女は適当にネットで見た情報をメモして、部屋に置いている熊のぬいぐるみを掴んだ。どうやらゲームセンターのプライズ商品をいくつもとったらしい。


こいつ、同じぬいぐるみを何個もとってるのか・・・

同じぬいぐるみが何個も置いてあるのは個人的に恐怖を感じる。何か一個変なものが混じってそうだからな。


少女は自室のある2階から1階へと移動する。ぬいぐるみをテーブルに置いてキッチンへと足を運んだ。

どうやらお米と塩水を作るためらしい。

・・・だが、少女は米櫃ではなく炊飯器の前に立ち、炊飯器を開けた。


「ごはんってこれでいいんだっけ。お米だし」


良くない!炊き立てのごはんを無駄にするんじゃない!あとそれ白飯じゃなくて炊き込みご飯だろうが!

普通に考えて生米だ!生米!

なんでメモにお米と書いてるのに気が付かないんだ・・・ご飯だなんて書いてないんだぞ・・・?


少女は茶碗にごはんを持って、テーブルへと置いた。

次に塩水を作るみたいだが、コップの中に水を注いで塩を入れるらしい。


「塩水ってどのぐらいだろ・・・いっぱいあったほうが浄化できそう」


そんな独り言を言いながら塩をたっぷりと水の中に入れてかき混ぜた。

そこはちょっとでいいんだ。後で飲むときに飲めないだろうそれ!というか、塩を入れ過ぎて溶けきれてない!

少女は俺がツッコミをしていることも知らずに一人かくれんぼの準備を進めている。


「爪切ってー・・・ぬいぐるみの綿をとる」


爪切りで適当に爪を切った少女は、ぬいぐるみの背中をはさみで切ると胴体部分の綿を全部抜き取った。

・・・待て、綿を全部とっただと?


「ごはんと爪をいれる」


胴体部分いっぱいに炊き込みご飯と爪を詰めて、少女は満足そうにしている。

綿を全部抜かなくてもいいんだ・・・炊き込みご飯でぬいぐるみの胴体部分が膨らんでた。美味しそうな匂いがするけれど、今はそれが残念で仕方がない。

これはいけない、食べ物は大事にすべきだ。


「赤い糸で縫う・・・赤が無いから、ピンクで」


赤い糸が無いなら諦めてくれ!

そもそも、炊き込みご飯を選んだ時点で一人かくれんぼは失敗なんだよ!

準備するものを妥協して成功すると思わないでくれ・・・赤い糸に意味があるんだ。

ピンクにしたら呪術的な意味がなくなるだろう。


少女は満足そうに縫い合わせてから、風呂場へとぬいぐるみを持って行った。

風呂桶に水を入れて、ぬいぐるみをじゃぶじゃぶと桶につける。


「あれ?ご飯がこぼれる・・・おかしいなぁ」


そりゃあな!胴体に炊き込みご飯を詰めてたらそうなるわ!

あと水につけて中身がこぼれてるなら、縫い目が雑なんだろ!


・・・だめだ、これ以上はあまりに見ていられない。


俺はそう思って少女の視界を両手で隠すようにして、気絶させた。

怪異の類は大概使える【気絶回避】という呪術だ。


怪談話でよくある【気絶していたら翌朝になっていた】というシチュエーションから生まれたものである。


少女を部屋で寝かせてから、準備していたものを処分しながら掃除をする。炊き込みご飯はもったいなかったが、小さな袋に入れてからゴミ処理をした。

ついでにぬいぐるみは綿を詰めなおして綺麗に縫い直してみた。

我ながら良い仕上がりだ。


少女を再度確認してから、俺は帰路についた。




俺が帰宅すると、シェアハウスのリビングあたりからカレーの匂いが漂ってきた。カレーを作っているということは・・・他のシェアメイトが帰宅して食事の準備をしているのだろう。


「【一人かくれんぼ】、おかえりなさい」


カレーを作っていたのは【八尺様】だ。

彼女はネット空間で生まれた怪異でありながら、多くの人間によって創作されたキャラクター属性を与えられた怪異でもある。


キャラクター属性とは、漫画やアニメのような創作物として怪異が描かれることで発生する属性だ。

例えば、俺は二次元アイドルが好きである。おそらくはどこかの創作物に「オタクである【一人かくれんぼ】」というものがあるからだろう。


【八尺様】は多くの人間が創作物として描かれているおかげで、人間により近い存在となっている。

料理も上手だし、家事も上手い。ご近所付き合いも完璧だ。


「ただいま。はぁ・・・疲れた」

「お疲れ様。今日はどうだった?殺したの?」


「失敗案件だった・・・まったく、小学生の行動は予測不可能だな」

「小学生なんてそんなものよ。そこがかわいいけどね」


「ところで【姦姦蛇螺】は?俺が仕事に行く前にはリビングでピザを食べていたんだが・・・」

「あの子なら仕事よ。適当に結界の中散歩して帰宅だって」


あの【姦姦蛇螺】が仕事なのは珍しい。

俺のような簡単な交霊術とは違い、彼女は封じ込められているという設定がある。しかも定期的に封印場所を移しているとかなんとか。


・・・具体的に言えば、【姦姦蛇螺】は、姦姦蛇螺ではない。大蛇の生贄にされた巫女の成れの果てなのだが・・・

詳しい説明はぜひとも自分で調べると良い。きっと怖いはずだ。


俺は仕事着から私服に簡単に着替えるために一度部屋に戻って、また階下に降りた。

【八尺様】はカレーの支度も終わったようで、エプロンを外して俺に近づいてくる。見下ろしながら「それで男の子?小学生男子だったの?それとも中学生男子?」と食い気味で聞いてきた。


「・・・お前な・・・」

「高校生男子もイケるわ」


「・・・いや、女子だ」

「あらそうなの」


俺が答えると、明らかに【八尺様】は残念がった。

それもそうだ、こいつは正太郎コンプレックス、つまりはショタコンである。

・・・未成年の少年にしか興味が無いと言えば分かりやすいだろう。本人曰く、男は若ければ若いほど良いらしい。


これも恐らくは、創作された作品によって付属されたのだろう。

元からこうだとは思いたくないし、元から若い少年好きなら・・・あまりに業が深すぎる・・・


「今日は仕事とか旅行で出かけてるシェアメイトが多いし、さっさと晩御飯食べちゃいましょうか」

「そうだな」


【八尺様】の提案を受け入れて、カレーをよそった。

他にもシェアメイトはいるのだが、生憎ながら仕事が多い怪異や、海外旅行に行っている怪異もいる。


他の怪異が知りたい?

・・・それはまた、次の機会だな

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