しかし降りてきたのは群れではなくひとつの塊だった。灰色の丸い形をしたそれはどんどん大きくなっていく。


部分的にはでっぱりがあるものの、ほぼ真円に近い円盤が降りてきていた。空を覆う巨大な金属の塊はバトルワーカーたちの母船である。やがて降下が止み、空から大音響の脅迫が啓介に降り注がれた。


『抵抗を止めろ。我々は君の戦闘力を高く評価した。我が軍の一員になりたまえ。断るなら地域一帯を破壊する。できれば我々としても環境破壊まではしたくない。賢い判断をしろ。三分待つ。返事がなくても攻撃を開始する』


もとよりそんな気などない。啓介はシグナスに言った。


「くそ……、あのでかさはどうにもならんな」


「宇宙船は直径およそ十五キロあります。バリアを張ってますので撃破は非常に困難を極めます」


──そりゃそうだろうさ。


「どうしたらいい?」


「機能を説明すればR1は“分身”という機能を備えてます。使い手の命を核とし、苗床とし、この星の生き物の意識と生命力の集合体である巨人を生み出すことができます。結果、使い手は寿命をほぼ失います」


「……勝算は?」


「やってみないとわかりません」


「集めた力を増幅できんのか」


「それがあなたの命の役割です。あなたの生体エネルギー次第です」


「分身の操作は?」


「相手を破壊せよと命じるだけです。あとは私が制御します」


「機械生命体は何でもドライなんだな」


「そうですよ?」


「始めてくれ」


──アルフレッド、見せて貰おうじゃないか! あんたのすべてを!


が、その外観は見えはしなかった。彼自身が中央に位置しその周囲を透明の生命体が覆い、またそれを別の生命体が覆っていったから。高速でその積み重ねは行われ七秒で全長五○メートルの透明の巨人が構成された。


そういうことか、と啓介は思った。俺が核なのだ。俺を核とする分身なのだ。彼は頭上の母船を見上げ命じる。


「全力であいつを破壊しろ。俺の命を燃やし尽くしてもいい。どうなってもかまわないからとにかくMAXの攻撃をしろ」


透明の巨体が色づき、青や紫や緑に輝きながらその巨躯を天に延ばした。右腕を突き上げて。


宇宙船は攻撃態勢を取ろうとしたが間に合わなかった。バリアは瞬間、突き上げてくる威力に耐えたが──


巨人はバリアごと宇宙船を突き抜けるとそこで止まり、己の体を外側へ放射するようにして拡散させた。物体を消滅させてゆくその威力はまるで魔法のようであった。物体はどこへ消えてゆくのか。

ドーナツの穴がどんどん広がってゆくようにして宇宙船は無慈悲に消えてゆく。


大地に身をとどめる啓介にはそれが別の空間への移動と感じられた。細胞レベルまで分解された物質の移動だと。

消えゆく命はその先で再びよみがえり新たな人生を迎えるのだろう、そこまで彼の広がった認識は捉えた。


──俺も同じく、か。流れゆく命。回転する宇宙の生命力とその流れ。俺もその一部なのだ。


気がつくと空には何もなかった。薄い雲がたなびき、朝の光が世界を包んでいた。更地の上で啓介は崩折れるようにして仰向けに横たわると、シグナスに尋ねた。


「あとどのくらいの寿命が残ってる?」


「一時間くらいでしょうか」


「疲れて頭が回らん。どうしたらいい?」


「私を誰かに渡して下さい。リレーです」


「近いとなると……若くないと意味ないだろ?」


「はい」


彼は同い年の友人に譲渡することを決めた。ゆるく上半身を起こしてあぐらをかくと、スマホがあったらよかったのにと思った。


「電話帳を複製してますので私がかけましょうか?」とシグナス。


「そうか… 村井拓也に」


相手に回線が繋がり、啓介は村井拓也に田園都市の方角に向かってくれと頼んだ。


立ち上がって、村井の自宅がある東の方角に彼は歩んでゆく。五分もせず村井の乗る原付スクーターが見えてきた。


破壊の薄い、元は道路だった領域で彼らは再会し、互いに無事を喜んだ。


「何がどうなったんだ? あのでかいのはUFOだろ?」と早口で問う村井。


啓介は「まあ」と言って友人の勢いを止め、つづけた。

「説明はあとで聞いてくれ。とにかく左手を出して」


え?と言いつつ村井が左手を差し出すと啓介は素早く銀色のブレスレットを村井の左手首にはめた。


「前所有者の最後の指示だ。新しい所有者を何としても説得しろ。簡単には離れるな。で、村井。いいか? 次は……次があるかはわからんが、お前が地球を救うんだ」


「何!? 何!?」


啓介はわけがわからずとまどうばかりの村井を家に帰し、自分はある場所に向かった。空には自衛隊のヘリが何機も飛び、彼はいくつもの警察車両、消防隊の車両とすれ違うなか、歩いていく。

人けのない場所がよかった。今回の事態の発端である神社に彼は向かっていた。


……が、結局のところそれは叶わなかった。途中の小川に架かる橋の手前、狭い交差点の先にある自動販売機の前で啓介は力尽き、その自販機に背中を預け寄りかかったところで、彼は息を引き取った。


小鳥が一羽彼の足元に舞い降りてきてさえずる。

風が吹いて砂ぼこりが彼の頬にかかった。


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