迷子のメアリー・スー
黒中光
第1話 迷子のメアリー・スー
辺り一面に棚が並んだ通路をメアリーは一人で歩いていた。手には板チョコが2枚。
『ここは、どこ?』
歩きながら周りを見渡してみる。見覚えがあるような無いような光景が続く。
スーパーだと言うことは分かっている。両親と来た後、建物から出ていないのだからそれは当たり前だ。
歩く。おばさんが土の中から白い球根掘り出している。毒があるのではと思って必死で止めたら逃げられた。
歩く。ママやパパはどこだろう。
「メアリー・スーさん。ママがお探しです。一階サービス・カウンターまでお越しください。――」
店内放送だ。名前を呼ばれている。けれどサービス・カウンターの場所がわからない。
メアリー・スー、四歳。三日前にイギリスから日本にやってきたばかりだ。サービス・カウンターと言われても案内板が読めない。
誰かに聞いてみようか。
冬だと言うのにアイスクリームをかごに入れている男に声をかける。目の粗い手袋は誰かのお手製かな。
『すいません。サービス・カウンターは』
「アイ、キャント、スピーク、イングリッシュ」
男はオタオタしながら、そのくせゴキブリでも眺めるような目をこちらに向ける。
愛想笑いなんか浮かべて。子供は分からないとでも思っているのか。
男はそそくさと立ち去った。
『キャシーの言った通り、か』
日本人は丁寧だけど、冷たい。その通りだ。断りをわざわざ、英語でするのが特に。多少なりと話せるんなら、ジェスチャーで教えてほしい。
周囲を見渡す。ベージュのトレーナーを着た女性と目が合う。慌てて彼女は目をそらした。子供連れの母親、缶ビールを手にしたおじさん。見ればメアリーから半径5m以内には誰も入ろうとしない。
俺は、あたしには、話しかけないで。そんな圧力がどんどん高まる。
そのくせ生贄を探すみたいに視線を送る連中。
もう、いい。誰が、頼るか。
メアリーは歩く。表情をこわばらせて。
ママ、パパ。ママ、パパ! どこなの!!?
手にしていた板チョコの箱がへこむ。
『メアリー。どこにいる? メアリー!?』
パパの声だ。姿は見えないが、どんどん近づいている。
『ここよ。パパ~!』
缶詰の並ぶ棚から焦ったパパがひょっこりと顔を出す。普段クールな表情が崩れて、泣き笑いになる。
『勝手に歩き回っちゃダメだろ』
『ごめんなさい』
温かな腕が体に回される。張りつめていた気持ちが緩む。
『ほら、ママが心配してるよ』
2人で手をつなぐ。たとえ、世界が無情でも、この手があるかぎり安心だ。
迷子のメアリー・スー 黒中光 @lightinblack
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