第2話
二〇一八年 一二月一日 午前九時二六分 ロシア連邦
領空内
甲高くも鈍いエンジンの唸り声が、背中越しに響いてくる。空軍基地を発ってからの8時間、この音は途切れることなく鼓膜を震わせ、そして時折輸送機を揉む気流は機体とともに13班の隊員達を揺らしていた。
グレイソンにとっては珍しい体験でもなかったが、座り心地の悪い簡易座席に何時間と座り続けることは好きになれなかった。
「どうしました、グレイ。何か悩んでいるようですが」
「……表情も読めないのによくわかるな」
口元に装着された酸素マスクを指しながら、隣席のリチャードに尋ね返す。
「人間観察が趣味の一つですから。マスクで覆われていても目元でわかりますよ」
「てっきりUMAにしか興味がないもんだと思っていたが」
「UMAも好きですけどね。人間観察も面白いものですよ」
それより、とリチャードは話を戻す。
「輸送機での移動は慣れませんか」
「いや、そういう訳じゃないんだ。むしろ慣れたもんだよ、その、知り合いを液体火葬にするよりは」
皮肉気味にグレイソンは答える。彼がマスクの下で顔を引きつらせていたのは、リチャードから受けた説明のせいだった。一時間前、輸送機内で彼から受けた話は、チーム8の遺体の処理方法は埋める訳でも燃やす訳でもなく、特殊な薬品を使用して跡形もなく溶かす、というものだった。あまりに特異で冒涜的な方法に、それまで少々うるさいくらいに談笑していたアレックスも、今に至るまで閉口して黙りになってしまっていた。
「液体火葬ではありませんよ。液体火葬は人体の腐敗を加速させるだけですが今回のこれは硫酸を別の化学溶液で熱硫酸に変化させて――」
「違いはもうわかったからニコニコ顔で猟奇的な話をするのはやめてくれ、余計に気が滅入る……」
得意げに、早口に語りかけた彼を制止する。過去に地獄のような選抜訓練にも耐え抜いた精神を持つグレイソンだったが、人間がドロドロに溶けていく光景は想像したくはなかった。しかも、それが苦楽を共にした仲間なら尚更のことだった。
「そうですか……ということは、あなたがそんな神妙な顔をしているのは他に理由があるんですね?」
「何?」
「処理方法に嫌悪を示すのであれば気色が悪くなるだけです、そこのアレックスみたいに。なにか考えているような表情にはならないかなと」
「……まぁ、正解だ。じゃあお前の観察眼を見込んで俺も質問するが、その“なにか”の正体がわかったりするのか?」
少しほど間をおいて、リチャードは首を横に振る。人間観察が趣味ではないグレイソンにも、彼の残念そうな心情をなんとなく察することはできた。
「さあ……そこそこ重要そうな気はしますが、それ以上は何も掴めませんね」
「奇遇だな。俺にもわからないんだ」
その時、ヘッドセットから輸送機のパイロットのアナウンスが聞こえてきた。
『――まもなく投下ポイントに到達する。天候は快晴、風は北北西に微弱、作戦に支障なしと判断。各員、装備の点検を行い、降下に備えよ』
言われなくても、と言ったところか。男たちは既に立ち上がり、装備の点検に取り掛かっていた。鎧の様に――西洋鎧と言うよりも日本の武者鎧に近いか――下げられた装備類が、脱落しない様にしっかりと固定されているかお互いに確認し合う。そこに無駄な動きは一切なく、言葉も“オーケー”の一言だけで黙々と進められていく。
「……グレイソン、準備完了だ」
ジャクソンの報告を受けたグレイソンは、通信をパイロットに繋ぐ。
「機長、全員の準備が完了した。酸欠でぶっ倒れる奴はいない」
『――了解した、減圧作業を開始する』
胸元の高度計が動き始め、表示される高度が見る見るうちに上昇していく。
『――減圧完了。ハッチを開放する』
輸送機の後部ハッチが徐々に開放されて行き、隙間から冷気が相乗りしてくると同時に、下ろしたHMDバイザー越しに陽の光が差し込み、赤く照らされた機内を白く照らし始める。グレイソンは隊員達に向けて、最後の確認を行う。
「各自、HMDと高度センサーの電源を入れろ。HMDに表示された降下ルートに沿って一定速度で降下、高度センサーが鳴ったらパラシュートを開いて着地。気象情報はさっき聞いた通り予報通りだ、ルート通りに落ちれば問題はない」
『『『『『――了解』』』』』
ハッチが完全に下り切ると、普段は見上げる空が眼下を流れていく。ここは上空3万6千フィート、はるか高空、雲海の隙間から覗く大地のディティールが曖昧になる蒼穹の世界。そこへの扉が今――
――開かれた。
「降下開始!」
男達は次々と駆け出し空へと飛び込む。通過点を示すボックスがHMD上に次々と現れては通り過ぎて行き、高度計のスロットが高速回転する。雲海へと飛び込む光景は実に幻想的だが、高度計と全身を打つ風圧が高速で落下している事実を突き付けてくる。時速にして毎時3百キロメートルで降下する様は、まるで砲弾の様だ。
雲の中へと突入し、一瞬で視界が真っ白になる。グレイソンはHMD上に映し出された降下ルートを頼りに、広げた両手両足を微妙に動かしながら降下軌道を調整する。――さながら人間グライダーだな――そう思ったのも一瞬であっという間に乱層雲を突き抜けると、晴れた視界には雪化粧をした大地が広がっていた。地形は降下直前に輸送機から見た時よりも、鮮明に捉えることができた。
『――雲を抜けた、高度計を確認しろ!』
見とれていたのもつかの間、確認した高度計の表示は既に5千フィートを切っていた。
「地表が近い、高度センサーに注意」
『――センサーオーケー、そっちは?』
『――こっちも大丈夫だ』
『――開傘時に体制を崩すなよ、
高度度センサーが赤く点滅し始めた――高度が2千フィートを切ったのだ。
『――センサー点滅! 開傘、開傘!』
アレックスの通信と共にコードを引くと、背中からスクエアタイプのパラシュートが生えて空気を捕らえ、膨らんだ。急激に速度が落ち込んだことでGが一気に掛かり、グレイソンの身体は背後からぐっと引っ張られ、落下から滑空へと変わる。雪の積もった大地へとスライディングするように着地した。深雪とまではいかないがそれなりに積もった雪は、綺麗な直線で掻き分けられた。一呼吸置く間もなく、隊員達も次々と着地していく。
捨てられたビニール袋の様になったパラシュートを畳み、
「
「大丈夫だ、誰も降下ルートをそれちゃあいねえよ」
「一、二、三、四、五……よし、ちゃんと頭数揃ってるな。
降下用のジャンプスーツを脱ぎ終わったグレイソンは、左腕に装着した薄型のタブレット端末を起動した。端末の液晶画面に電子地図が表示されると、そこには自分たちの現在地と目標地点を知らせるマーカーと、その目標地点までのルートが表示された。そのことを確認し、彼は地面に下ろした装備を身に着けながら話を続ける。
「目標地点でチーム8の遺体を捜索。発見次第、遺品として
8時間前にビール空軍基地で受けたブリーフィングの確認を終える。隊員達は行軍の準備を終えていた。
「ここからは隊列を組んで行軍する。一列縦隊で
「心配無用。このフレディ様を誰だと思ってる?」
「ヘマやって除隊くらった
「うっせえぞ。誰が炊飯器だこの野郎」
「でもヘマやったのは否定しないんだろ?」
「てめえ……!」
「いい歳した大の大人が喧嘩するもんじゃないよ……」
なんだか出鼻を挫かれた気分だ……グレイソンはそう思い頭を抱えた。そんな彼の下へリチャードがなにか慧眼を得た様な表情で近づいてくる。
「もしかしてグレイ、正体不明の悩みの種って……」
「だろうな。きっとこいつらのことだったんだろう」
リチャードもお手上げといったように苦笑いでそれを肯定してみせた。やれやれと言いながらその光景をよそに、グレイソンは無線機を起動する。周波数をCIA本部に合わせ、通信を繋いだ。
「こちらテイカー1。
『――――こちらネスト3。
「テイカー1了解……
『――こちらでも
「降下は無事完了、伏兵も見受けられない。隊内で少々アクシデントが発生しているが問題ない。これより、作戦計画通り“クリーンダイバー”を開始する」
『――了解。貴隊の行動は偵察衛星からリアルタイムで見守っている。くれぐれもチーム8の二の舞を踏まないように』
「早速踏みそうなんだけどな」
その間にも口喧嘩をしていたアレックスとフレディ、それを仲裁しようとするも燃料投下にしかならないゲイリー、我関せずと涼しい顔のジャクソン。こんなチームワークもあったものでは無い様な部隊でそう言われても、ただただ頭痛の種だった。
『――何か?』
「いや、なんでもない」
『――代わってくれ。聞こえるかグレイ』
オペレーターに代わって出たのは、彼らの指揮官であるケネスだった。
『――どうだね、アメリカの陸海空海兵隊から集めた選りすぐりのチームは?』
「ああ、最高だな。着陸早々喧嘩なんて本当に選りすぐりなのか? プロファイリングを誤ってるとしか思えないんだが」
『――いや? 彼らは間違い無く、心身共に優秀な兵士だ。それは数ヵ月前の演習で君もわかっている筈だが』
「陸軍は
『――まあ一種のじゃれ合いみたいなものだろう。いざという時は大丈夫だ。多分』
この老人は本当に、CIAの
「はあ……で、指揮官様がわざわざ通信に割り込んできたのは自慢話をする為か?」
『――そうだった、ああいや、もちろん違う。第13班の門出の祝いと労いの言葉を、ね』
「そりゃあどうも。だが祝うのは無事に俺たちが帰ってからにして欲しいもんだな」
『――帰って来たらな。……君達の初任務がこんな尻拭いの様なもので申し訳なく思っている』
「CIAって言うのは元からこう言うものだろ。むしろ想像通りで安心したな」
そう言ってもらえると助かる、とケネスは言う。
『――戻ったら一杯やろう。彼女について話したいこともある』
グレイソンは眉を顰めた。5500マイル先の作戦室にいる彼にとっては、祝杯と同じく報酬のつもりでその話題を提案したのだろうが、グレイソンにとってそれはあまり触れられて心地の良いものではなかったのだ。
「……もう終わったことだ。もらうのは酒だけでいい。
グレイソンは、半ば強引に通信を切った。未だに口論を続ける三人といい、完全に出鼻を挫かれた気分だった。
第二次冷戦の時代の中、たった数人で情報も少ないまま敵地へ降下するという状況。歴戦の部隊であるチーム8を壊滅させる程の戦力を持った謎の敵勢力。
クリーンダイバー作戦はこんな調子で、出だしから暗雲が立ち込めるのだった。
同日 午前一一時三〇分 ロシア連邦
降下地点より約3マイルの地点
行軍を開始してから約2時間、13班は目標地点まであと半分というところまで到達していた。地面を踏みしめる度にしゃり、しゃりという小気味良い音と感触が足元から伝わってくる。気温も寒冷地向けの装備のおかげでそこまで寒いと感じることはなく、空気も澄んでいる。冬景色を楽しみながら散歩するにはちょうど良い天気だった。
「それも30キロの装備のおかげで台無しだけどな」
「なにか?」
「いや、なんでもない」
つい口に出てしまったぼやきをリチャードに拾われる。
「ただの独り言さ。気にしないでくれ」
「そうですか。ところで、この辺りで二回目の小休止を取ってはいかがでしょうか。一回目の小休止から歩き続けてそろそろ1時間が経ちます」
「もう1時間か。そうだな、休憩にしよう」
グレイソンは隊員達に声を掛けると、彼らは行軍ルート脇の針葉樹の幹に集合し、そこへバックパックを下ろし始めた。
「時間は30分取る。休憩ついでに飯にしよう、
「ようやく飯か。早く支度してくれジャクソン、空腹で倒れそうだ」
「……いいから早く警戒に当たったらどうだ。食事中に敵に撃ち殺されたくなければな」
「いいから行こうぜゲイリー。俺は北側を周るからお前は南側を頼む」
そそくさと野戦食の支度を進めるジャクソン達を尻目に、アレックス達はパトロールに繰り出した。グレイソンとすれ違う時、アレックスは彼に言葉をかける。
「お前はどうすんだ?」
「俺は
「ほおん、そうか」
そっけない返事を残し、アレックスはその場を後にした。ようやく悩みの種達が消えたとグレイソンは胸を撫でおろし、通信機の機能を衛星通信に切り替え、本部へと通信を繋ごうとした。
「テイカー1、ネスト3どうぞ」
……だが、無線機から応答はない。ただノイズが聞こえるだけだ。1時間前の小休止の時はなにもなかった筈なのに、ここに来てなぜか衛星通信が繋がらない。
「こちらテイカー1、ネスト3応答どうぞ……なんだ、故障か?」
そこへ、食事の支度をしていた筈のジャクソンが顔を見せた。
「随分と早い呼び出しだな、ジャクソン? もう支度ができたのか?」
「いや、そういうわけじゃなくて。ただ少し気になることがあってな」
「支度が終わった訳じゃないのか。だったらすまない、後にしてくれ」
「ネスト3と通信中か? 先程みたいに定時連絡だからてっきりもう終わってるもんだと思ったが」
「それがまだなんだ。そもそも通信が繋がらない」
「なんだって?」
ジャクソンは空を見上げるように辺りを見渡し、自身の無線機でグレイソンと同じように本部との通信を試みる。だが結果は同じで、ただ砂嵐の様な雑音だけしか聞き取れなかった。
「悪天候でもなければ邪魔になりそうな建造物も見当たらないのにノイズか。人為的に通信を阻害されてるくらいしか思いつかないな」
「
「ああ、その地図のことなんだが……なにか違和感がある様に思えるんだ」
違和感? とグレイソン。目印になるようなものもない森林の中でもわかるものかと思ったが、彼の言うその違和感について説明するよう発言を促した。
「降下中に見た風景と地形図に齟齬があるように思えるんだ。それだけなら俺の気のせいで済むのだが、どうも地図のと実際の地形が微妙に食い違ってる気がする」
「つまり俺たちは間違ったルートを進んでいる、そう言いたい訳か。もしそうだとしても座標は間違っていないぞ?」
「そう、そこなんだ。地図の表示が実際の地形と異なるだけなら、進むべきルートを間違えているで済むんだが、座標の方は事前情報と正確に合致するだけにそう言い切れないのが引っかかる」
この端末はCIAから支給された
「故障の可能性は? 降下の気圧差でおかしくなったとか」
「考えたくはないけどもしかしたらな。でも昔にこいつを何度か使ったことがあるが、水中でも砂漠でも、今日みたいなHALOでも壊れることはなかったけどな……」
「ふむ、それでどうする? 作戦に変更は?」
「特になし、だ。帰ろうにも
ただ、とグレイソン。
「もちろん、ただこのまま作戦を進める訳にもいかないのも確かだ。ジャクソン、確か装備に
「あれか? あれには偵察衛星ほどの精度は無いが……それにマップのリアルタイム更新なんて無理だぞ。ほぼ常に発電できる偵察衛星と違ってドローン程度のバッテリー容量では足りなさすぎる」
「いや、とりあえずローカルリンクで一度マップデータを更新できればそれでいい。このままあってるかもわからない地図を頼りにするよりよっぽどマシさ」
わかった、とジャクソンは自分のバックパックを取りにリチャード達の下へ一度戻って行った。グレイソンはその間、左手の端末でなんとなくマップデータを開く。確かに言われてみれば、自分達が通った実際の地形と、液晶に表示されているそれは違うような気がしたが……それも“気のせいだろう”と言われればその様な気もしてくる。それだけに同意も否定もできないのが、彼にはどことなく気持ち悪く感じたのであった。
そこへジャクソンが戻ってきた。持ってきたぞ、と一言口にすると同時に、左肩に提げていたバックパックを下ろし、中から折りたたまれた機械を取り出すと、簡単に組み立て上げる。それはローターが四つ付いた、小型犬サイズのヒトデの様なドローンだった。続いてバックパックから取り出したのはゲーム機のコントローラーとパームトップだった。
「なんか思ってたのと違うな。てっきりグローバルホークなんかの
「固定翼よりもこっちの方が取り回しがいい。こんな森林で障害物だらけの場所なら尚のことだ」
そう言いながらパームトップを開いてドローンを起動させる。するとドローンは虫の羽音くらいに軽い音を立てながら、ふわっと浮き上がっていった。
「更新にどれくらい掛かる?」
「充分な高度に達するまで三分くらい、そこから画像データの収集に五分、さらにマップの情報生成と更新にまた五分、くらいか」
「随分掛かるな。もうちょっと早くできないのか」
「これでも早い方だ。こんな小さいおもちゃみたいなコンピューターで、地形情報の更新ができるだけありがたいと思え」
少しむっとした様な態度で、ジャクソンは手元のコントローラーのスティックを弾く。恐らくはドローンのカメラの向きを変えているんだろう。パームトップにも、上空のドローンからの映像がリアルタイムで映し出されている。そこそこの高度なのか、自分たちの姿はぱっと見では映っていなかった。天候が良いことに感謝だな――ジャクソンはそう呟きながらパームトップの画面に視線を走らせていた。しばらく時間が掛かるのなら、とグレイソンは無線機の周波数をアレックスに合わせた。
「こちらテイカー1、テイカー2応答せよ」
『――こちらテイカー2、どうした? 何か問題でも?』
『――衛星通信は繋がらず、衛星データリンクマップも絶不調、まぁ最悪な状態だわな。で、帰りのタクシーも呼べないワケだが隊長どのはどうされるつもりで?』
「極寒の地でほのぼのキャンプという訳にもいかないだろ? 作戦はこのまま予定通り続行、ただし進行ルートには変更を加える必要があるかも知れない。今ジャクソンが周辺の地形データを調べている」
『――わかった、了解。ゲイリーにも伝えておく。リチャードには?』
「俺から直接。パトロール組二人はそのまま警戒を続行しろ、
無線機の周波数をリチャードに合わせ、空電を発す。
「こちらテイカー1、テイカー4応答せよ」
『――こちらテイカー4、テイカー1どうぞ。昼食の準備はまだですが――』
あまりにも唐突だった。遠方から空気が弾ける様な乾いた音が連続した。軍人にとって、それはもはや聞き慣れた音。
銃声だ。
反射的に、木の陰へと吸い込まれる様に身を隠す。ジャクソンも装備一式を抱え木の幹に転がり込んでいた。銃の
(トルコで武器商を拉致った時以来だぞ、あんなの)
リチャードとの通信に戻る。
「聞こえたな、今の」
『――ええ、もちろん。こちらは異常ありませんよ』
通信機の周波数を合わせなおす。
「オールテイカー、各員状況報告」
『――テイカー2、銃声が聞こえたが敵さんは視認できない、こっちに被害はない』
『――テイカー3、南側も同じく確認できない』
『――テイカー6同じく』
どうやら全員無事の様だ。彼らにジャクソンとリチャードも無事であることを伝える。その最中にもまばらな銃声が聞こえてくるが、しかしそれに反して弾丸が掠める風切り音も炸裂する音は全く聞こえてこなかった。少なくとも、狙われているのは自分達では無さそうだとグレイソンは直感的に感じ取った。
「発砲地点は不明、距離はそこまで遠くない、恐らくAK-74だ」
『――ブランチは中止、ですかね』
「当然だ。警戒要員は一度休憩地点に戻って指示あるまで待機、テイカー5は俺と一緒に発砲地点を探る。他も警戒状態で待機だ、
了解、と全員から応答。セオリー通りなら、偵察には目が多ければ多い程良い。それだけ視野は広がるし、人数分だけ情報処理能力も格段に上がる。だがこと特殊戦に置いてはその限りではなく、特に今回の様な隠密性に重きを置かれた任務では大勢で行動すればする程、被発見のリスクが高まる。それ故に、少人数で最大限のポテンシャルを発揮する……それが特殊部隊に求められる常だ。
お供にジャクソンを選んだのは、ちょうど近くに居たというのはもちろんそうだが、何より彼にはドローンという空からの目がある。人間と比較して小型で目立ちづらいし、地図もあてになるか怪しいこの状況では、とても心強い。
「地図の更新は?」
「まだ完全には終わっていないがある程度なら、だいたい70パーセントくらいだ」
「それでいい、地図の更新は一旦中止だ。発砲予測地点にドローンを飛ばせるか?」
「2キロまでなら飛ばせるが目星はついているのか」
「ある。北北東にここから……たぶん7百メートルくらいだ、その辺りへ向う様に飛ばしてくれ」
了解、とジャクソンはコントローラーのスティックを弾くと、ドローンはグレイソンの指示した方向へと飛んで行った。遠方から銃声が連続する中、グレイソンは考えを巡らせる。
記憶さえ間違っていなければ、今も聞こえてくる銃声はロシア軍の現行の主力アサルトライフル、AK-74だ。旧式のAK-47なら
分かり切っていた事だが、自分たちがこれから相手にするのは過激派宗教の武装組織でもテロリストでもなく、正規軍、それもロシア軍なんだという事実を改めて突き付けられる。当然だが、今自分達が遂行中の任務に失敗は許されない。一触即発の冷戦下の中、大胆にも睨み合っている敵国に潜入しているのだ、自分達の失敗が
その時、グレイソンはふと思った。自分達の任務はあくまでも証拠隠滅、既にことが起きた後だ。戦闘が起きた後だ。ならなぜロシア軍に動きがない? SEALsが任務に失敗してから丸一日と経つが、ロシア軍に動きはない。その証拠に自分達が乗ってきた輸送機も、いくらレーダー網に引っ掛かりづらい試作型の最新鋭ステルス輸送機とはいえ、引っ掛かるような事は一切なかった。普通なら警戒度は最高潮、防空網もおいそれと鈍重な輸送機を見逃すことはまず無い筈だ。そもそも、SEALsは一体どのような任務でここに来た? BS-603の偵察といえばそうだが、そこに一体何がある? 第三国の紛争地帯とかならまだしも、ロシア本国のこんな僻地に一体どんな偵察価値のあるものが? グレイソンの思考はジャクソンの掛けた声で打ち切られた。
「グレイソン……見てくれ、とんでもないものが見つかった」
そう言われてグレイソンはジャクソンの抱えるパームトップを覗く。そこには森林にはあまりにも馴染まない、灰色の人工物が映し出されていた。それは、つい最近、極めて最近目にしたばかりの、記憶に新しいものだった。本来なら、ここから更に5キロメートル先にある筈の、ドローンでは到底届かない場所にある筈のものだった。
「目標、BS-603……どうしてここにある……?」
次々と現れる不可解な事象……彼らの初陣は、ますます暗雲が立ち込めていくのであった。
銃と少女と復讐と ラザムネイ @NdGr018
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