最終話 新しいきせつ

 街の賑わいにうっかりと肌寒さを忘れてしまう春先。

 新年度の構内は、入学式がまだなため新たな出会いの気配は希薄で、再会を楽しむ学生たちで満ちていた。


「ここ、良いかな?」


 遠くから明日香を見つけた時、慎太郎は頭に痺れの様なものを感じた。

 久々に見た彼女は最後に会った去年のクリスマス・イヴの時と同じ、白い絆創膏と白い包帯を付けている。

 明日香はゆっくりと頷き、座る慎太郎を見つめていた。


 慎太郎が初めて明日香を見付け、二人が初めて言葉を交わした場所。

 二人が交際を始めて、最後に別れたこの場所。


「ひさしぶり」や「元気だった?」なんて言葉は要らなかった。


「慎太郎のおかげで自分の本当の気持ちに気が付いた。ありがとう」


 明日香は春の似合う晴れやかな笑顔で言うと、ゆくっりと包帯と絆創膏を外していった。


「私は傷を治したい。そして、愛する人にも一緒にいて欲しい」


 明日香の蓮の穴――それはうっすらとした面影を残すだけで、全てが塞がっていた。


「俺の方こそ、自分の本当の気持ちに気付けたよ」


 生気の溢れる明日香の姿はとても眩しく、慎太郎は感動していた。


「明日香のおかげで人を愛するという事を知ったよ。ありがとう」


 私もだよ、と明日香は笑みを漏らす。


「慎太郎のおかげで誰かを愛する事の暖かさを知った。ありがとう」


 自分の中に溢れる気持ち――慎太郎はそれを抑えるつもりは無かった。


「もう一度、言っていいかな?」

「うん」


 明日香は満面の笑みでそう答えた。

 あの時と同じ場所で、あの時同じ言葉で。


 だけど、気持ちだけは新たに、あの時よりもずっと強いものだった。


「俺は君の事が――」


        〇


 睡蓮は儚く美しい。

 今でもそう思う。


 だけど――。


 幸せに満ちた彼女の笑顔は何よりも美しかった――。



      ――了――

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すいれん 右川史也 @migikawa_fumiya

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