さつじんしぇふ


「リンネさんは、何もしなくていいからね!」


必死な表情でそう言われてしまったら、何もできない。

周りが忙しなく動くなか、私はぽつねんと立っている。


今日は学校で調理実習なのである。

そして、私ははぶられていた。おーまいごっと。


その原因は一重に、私がこの学校に入学した直後に起こしたあの事件である。



その日、私は恐ろしく疲れていた。

だからあんなことをしたのだと、初めに弁明させてもらおう。


一般の学校の例にもれず、我が学校にも食堂がある。

昼は学生たちで大賑わい。


全世界からやってくる生徒に合わせ、毎日各国の料理が用意されている。

バイキングのようになっていて、食堂に並んだ料理はどれでもいくらでも食べていい。


食費は学費に入っている。つまり食い放題、よりどりみどりなのである。

その日の昼、私は、『神かくし』で遠い遠い異国の地に飛ばされ、数週間かけて帰ってきたばかりだった。


高校生になって、三日目の出来事である。


私は凹んでいた。クラスの人達とは全然仲良くなれていなかった。


もうすっかりクラスの中でグループが形成されているだろう。

数週間のブランクを取り戻せるほど快活ではない。つまり、私はもうぼっちなのだ。


私の夢の青春ライフをどうしてくれるのだ、『神かくし』め。泣きそうだ。


授業もいきなり出遅れた。

それに、今回飛ばされたあの地方、ともかく食事が私の口に合わなかったのだ。

香辛料をふんだんに使った料理が一般的なのだが、基本的に刺激物が苦手である私には苦手なものが多かった。


しかし何も食べないわけにはいかず、私はげっそりとやつれて、この学校に帰ってきたのである。

淑女としてどうかと思うが、一言だけいうなら、こうだ。


ケツがいてぇ。


食堂に入り、一枚の皿をとると、私はとにかくわくわくした。


やっとまともな料理が食べられる。異国で何度この光景を夢見たことだろうか。

はやく食べたいな、と思ってキョロキョロするが、あいにく大賑わいの昼時。どこもかしこも混んでいる。


この学校の食堂には、数十人の料理人が勤務している。

その料理人たちは、屋台のように一人一つのブースを持っていて、そこに自分の料理を並べるのである。


よって、おいしい料理をつくる人のところに人が集中する。

とはいえ、そこまでグルメな生徒が多いわけでもないので、早く食べたい生徒は空いているところに並ぶ。


そんな中、一つだけ人の並んでいないブースがあった。

普段の私なら、何かおかしいと思って警戒するだろう。

しかし疲労というのは恐ろしいものだ。

そのときの私は、何も考えずにそのあいているブースに行った。


「わーおいしそう」


疲れてぼーっとした頭で、私は並べられた料理を見ていった。

その様はいささが頭のネジがぶっ飛んでいるように見えてもおかしくないだろう。

適当な料理―――辛くなさそうなもの―――をとった。


「いただきます」


ぱくり。


スプーンをくわえた瞬間、食堂の生徒たちの視線が、私に集中した。

生唾を飲む音さえ聞こえる。


もぐもぐ。


しかし疲れていた私には、正確な判断はできない。

なんか見られているような気がするな、特に目の前の料理人から、と思っただけで、ほとんど気にしなかった。

それよりもごはんのほうが百倍も大事だった。


「ど、どうですか!?」


ごくり。


しっかりと咀嚼して飲み込むと、私はにっこり微笑んだ。


「おいしーなあ」


少なくとも、その時の私は、心からそう思った。


なにより舌が痺れないし、痛くない。

食べたあと胃が痛くなりそうな感じもしない。食べられる。素晴らしい。


数週間口に合わないものを食べ続けたせいで、私の味覚は崩壊していた。

おいしい、おいしくないの基準が、食べれる、食べれないに落ちるくらいには、崩壊していた。


「また、食べに来て……くれますか?」


頭のネジがぶっ飛んで、食事にしか集中していなかった私は、目の前の料理人が涙目になっていることにさえ気付かなかった。


「また明日」


私は空になった皿を見つめながら、真顔で頷いた。


後から『慧眼』でその料理人―――名前はトカレフという―――を見て知ったことだが、彼は学院に配属された直後、祝福を受けていたのだ。それも、邪神からの。


祝福の名前は『暴食』。


なんでも食べられるようになるという祝福だ。

なんでも食べられるかわりに、味覚を鈍らせる。


彼は祝福を得る前は優秀なコックだったのだが、味覚が鈍ったあとからは、作る料理がことごとくまずかったらしい。

まずいどころか、彼の料理を食べて失神した生徒が何人もいる、と聞いた。


殺人シェフ。


そんな異名ができたのはそのせいだ、とは、のちに本人から聞いたことである。


だから、彼のブースには誰も並んでいなかったのだ。

次の日に食べに行ったときは、もう私の味覚も回復していた。

しかし、その料理人も祝福から解き放たれていた。


だから、私がまずい料理を食べておいしいと言ったのは最初の一回だけで、あとはずっとただただ本当においしい料理をおいしいと食べていただけなのだ。


しかし普通そうは思わない。

まさかあのまずさが、唐突に与えられた祝福のせいたったとは、しかもその祝福があの瞬間に解けたとは、露にも思わない。

そうして私は全校生徒から、「味オンチ」の称号を得た。やったね。


だから私ははぶられている。


別にいじめとかではないのだ。

ただ単に、みんなまずい料理が食べたくないだけなのだ。もちろん私だってそうだ。


私の味覚は正常だが、それを証明する術はない。

だからしょうがないのだ。皿洗いくらいならするし。


しかし何故包丁すら持たせてもらえないのだろう。

食材を切るだけで味を悪くするとでも思われているのだろうか。

どんな呪われた祝福だそれは。


これでも私は料理ができる。

少なくとも一般的な高校生よりは格段に。


どちらかといえばサバイバルな料理が得意だが、一時期使用人のようなことをやっていたので、普通の料理もできる。

特にみじん切りの手際は自分でもうまいと思っている。

コツはみじん切りにする食材に憎き相手を投影することだ。


ここで料理上手だとアピールして、「味オンチ」という不名誉な二つ名を改名できるかと思ったのだが。

やはり人生、そううまくはいかないらしい。


「……ま、楽して料理が食べられるなら、それでいいけど」


飢餓状態に陥った回数なら、私はこの中でぶっちぎりで多いと思うから、食事のありがたさはよくよく知っている。


なんて、自慢にもならないことを思いながら、私は同級生が料理を作るのを手持ち無沙汰に眺めているのだった。

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善神と邪神が現れた! 九条空 @kuzyoukuu

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