第7話 正体
ランチ時のレストランは活気に満ち溢れている。
人が一番元気な時間と言うこともあるが食事そのものが命に溢れた行為だからだろう。
藤澤はキッチンの入り口でキャベツを入れた手駕籠を持ち、玲子はトレーを胸に抱えながら結衣を見つめている。
「トレーの取り扱いも慣れたもんじゃないか」
「トレーだけじゃないわ。歩くのも軽やか。まるでテーブルの間を舞う蝶みたい」
「ああ、又後ろ振り向いた。あのお客さんオーダー決まったんだ。何で分かんの? 後ろに目があるのか」
「そう、やっぱり気づいた? 仮に後ろに目があっても分からないわよ。きっと何かの気配を感じているのよ。頭の中が読めるのかも」
「後で聞いてみろよ」
「なんて聞くの『あなたもしかして超能力者?』って。そんなこと言って『超能力者をヘイトするレストランにはいられません』なんか言われてやめられちゃったらどうするの」
「超能力者ってヘイトされるのか。結衣さん可哀想に」
「バカじゃないの」
キッチンから声がかかった。
「オムライスあがったよぅ」
その声に振り返ると玲子が明るく応えた。
「ハーイ」
それが合図のように藤澤もキッチンに戻った。
結衣にとって相手の心を読み取るには、レストラン慶の広さなら充分すぎるどころか狭すぎる位だ。
ほら、もう聞こえてきた。
『目玉焼き乗せハンバーグにしようかな?』
振り返って答える。
「目玉焼きハンバーグにライス。そちらのお客様は、エビドリアですね」
「あっ、ハイ」
すかさず横のテーブルの客に声をかける。
「お水、すぐお持ちしますね」
「あっ、ありがとうございます」
客は一様に驚いた顔になる。
飲食店でオーダーする時、テーブルの押しボタンでホール係を呼ぶシステムを採る店が多いがレストラン慶ではオーナーの藤澤がそうしたシステムを嫌うため入れていない。いきおい客のほうから声をかけるかホール係と目を合わせるしかないが、結衣の場合サインを出さない内から来てしまう。いきおい客は唖然としてしまうのだ。
キッチンの中も結衣の話で持ち切りだ。
ゲンさんとカッちゃんが首を伸ばしてホールを見つめている。
「カッちゃん、どうなっているんだろうね。テーブルの間スイ、スイ、スイと歩いてもトレーの水をこぼさない」
「そうなんすよねぇゲンさん。それに何で客の気分が分かっちゃうんでしょうね。頭の中に押しボタンがあるみたい。洋さん、何でなの?」
「頭の中覗いているんですよ」
洋介の回答に二人の声が揃った。
「ハァ」
そこへもう一人遅番のコックが頭に手ぬぐいを巻いて入って来た。
年齢は50歳くらい、身長は160センチ半ばで痩せ形、頭は角刈り、白髪が目立つ。少し鋭い感じがする。
キッチンの中をのぞくとボソッと声をかけた。
「おはようっす」
すかさず後ろから玲子の声が追いかけてきた。
「チョーさん、今日はお酒飲んでないでしょうね」
「もう覚めてるよ」
「そう言う状態を飲んでいるって言うの」
「以後、気を付けます」
「今月に入って3回目よ。今日は4日だからキッチンに入る日は全部飲んでいる計算じゃない。キッチンの中で事故でも起きるといけないし、チョーさんの健康心配しているから言っているのよ」
「ハイハイ」
コックはそう言うと、食洗器のスイッチを入れて玲子の声が聞こえないようにした。
「チョーさん、まだ洗い物は入ってないよ」
藤澤が笑って食洗器のスイッチを切ると洋介にコックを紹介した。
「洋ちゃん、うちのもう一人のコック。長井修一『チョーさん』だ。和食上がりで、菜箸の名人だ。キッチンはこれで全員。よろしく頼むよ」
「よろしく」
紹介されたコックは、頭の手ぬぐいをとるとぶっきら棒に応え、その後藤澤の方を向いた。
「オヤッさん、昨日市場見てきたけど葉物がえらく高いよ。サラダの中身少し変えようか」
藤澤が嬉しそうに応える。
「洋ちゃん、チョーさんはうちの仕入れ部長さ。目が効くんで助かるよ」
「オヤッさん和食は、鮮度が命だからね」
「洋食だって一緒だよ。でも材料をケチりたくないんだ」
「それじゃあ、儲からないぜ。俺たちの人件費も入ってるんだから」
「分かった、分かった。サラダの中身は任せるよ」
そんな話の最中にも、ホールからどんどん声がかかる。今日はとりわけ忙しいようだ。
「玉子のせハンバーグセットとナポリタン」
「ポークジンジャーセットと焼きカレー、よろしく」
キッチンも元気に応える。
「あいよ!」
「了解!」
レストランの味はチームワークで決まる。
おいしい料理は、元気な声と暖かい笑顔が溢れるキッチンから生まれる。それはきっと料理を作る喜びがトッピングされているからだろう。仲が良く規律があり元気のいいキッチンは客から見ても魅力的だ。
1時をまわると嵐のようなランチタイムも一段落してきた。ホールには、遅めの客が数人いるだけだ。
すると賄いの時間だ。
腹を減らせたホールアルバイト達がキッチンからの配膳口に集まって来た。ナナともう一人の学生アルバイトだ。
「お腹すいたぁ」
「ご飯ちょーだい」
まるで親鳥に餌をねだる雛だ。
そんな二人に藤澤が嬉しそうに応えた。
「もうちょっと、女の子らしく言えないのかなぁ。今作ってあげるからさ、ちょっと待ってて。そうだ、洋ちゃんせっかくだから賄い作ってあげてよ」
「えっ、えぇ」
返事をしたものの身内に出すのは、ちょっとした緊張感が伴う。料理のプロに見つめられるし、ホールのアルバイトとは言え毎日賄いを食べているうちに自然目も舌も肥えてしまっている。
何とはなしにお手並み拝見の場となってしまった。
洋介は、残った豚肉の切れ端にコリアンダーを振り、軽く炒めると余ったフライドポテトと一緒に玉子で包んだ。横にはオーダー間違えのナポリタンを添えた。他にフランスパンでガーリックトーストも作った。どれも若い女性が喜びそうな一品だ。
アルバイトから歓声が上がった。
コックとして一番嬉しいのは、客から歓声が上がり「美味しい」と言われた時だ。
手際の良さに周りのコックからも思わず「ほぅ」と声が漏れた。
二人のアルバイトは、興奮気味になった。
「ナナ、凄いね。オシャレ。レストランのアルバイトは、賄いとデザートが最大の魅力だよね。玲子姉さん、写メして友達に見せてもいい?」
「いいわよ、別に困る写真じゃないし。私にも同じもの作ってもらおうかな。さあさ、2人とも2階の宴会場でゆっくり食べてきなさい」
そう言われると二人のアルバイトは、アイスコーヒーに好みのアイスクリームを2つに浮かべ、料理と一緒に2階に上がって行った。
キッチンの賄いは、それぞれが自分で勝手に作ることにした。
良くテレビで新米のコックが練習代わりに賄いを作るのを見たりするがレストラン慶では自分で作ったり、手の空いたコックが作ったり、時に応じて様々だ。終わればすぐにメニューの下ごしらえや夜の宴会の準備に入る。コックは休む間もないハードな仕事だ。好きでなければ勤まらない。
数人残っていた客も引き揚げ、レストランのホールには開店前の静けさが戻って来た。
結衣と玲子は、ホールの片隅のテーブルにつき洋介の賄いを摂りはじめた。
玲子がフォークとナイフを上品に扱い、オムレツを一口含むと嬉しそうに微笑んだ。
「見た目も綺麗で優しい味ね。幸せね。ご馳走様」
「ありがとうございます。でも私達それほどでも」
「いいのよ照れなくても、幸せは恥かしがりやさんだから、幸せって素直に認めないと逃げちゃうわよ」
結衣は、少しはにかんで笑い答えた。
「ええ、幸せです」
同時にキリは、心で呟いた。
『これって悪い感じしないな。何故なんだろう?』
「馴れ初めとか聞かないわ。それより、どうしてあんな見事にホールの仕事がこなせる訳。アルバイトでもしていたの?」
「学生時代に少しだけですけど」
「そう、それにしても上手ね。洋ちゃんに聞いたんだけど、オーダーするお客様が分かるのは、頭の中覗いているんですって。面白いこと言うわね」
ここは合わせておいたほうが良さそうだ。
「あら、洋ちゃんたら口が軽いんだから。もう秘密をバラしちゃったんですか。今日帰ったらオシャベリって文句言おう」
「あら、またご馳走様」
駐車場に車を止める音がした。
「あら、結衣さん、お客様だわ。私一人で大丈夫。2階でゆっくりバイトさん達と食べてきて」
「それは、悪いです」
「いいのよ。私の店だし、気にしないで」
遠慮もすぎるとかえって相手に気を遣わせてしまう。素直に従ったほうが良さそうだ。
「じゃあいただいてきます。終えたらすぐ戻りますから」
そう言うと結衣は、玲子の料理もトレーに乗せ2階に上がって行った。
駐車場では車が悪戦苦闘中だ。
ハンドルを切っては戻すのを何度も繰り返している。白い線が引かれている駐車スペースに少し斜めに納まった。
両側のドアが開き、二人の女性が降りてきた。
一人が伸びをし、もう一人の女性が後ろのドアから何かを引き出している。
伸びをした女性は、そのまま姿勢でオリーブの木を見上げて話しかけた。
「相変わらず、もだえ苦しむパーキングね。あらっ綾、見て。ずいぶん立派なオリーブの木ね」
車からやっとカメラボックスを引き出した女性は、よっこらしょと肩に担いだ。
「文句言うなら桃子も免許取ってよ。自分でも事故も起こさず良く生きてきたと思うよ。きっと人の3倍ついているんだわ」
桃子と呼ばれた女性は、カメラボックスを見てあきれ顔だ。
「綾、そんな重い物車に置いていけば」
綾は、少しムッとした様子だ。
「ライターは、メモ紙だけでいいけどカメラマンはカメラが命なの。車上狙いか何かで盗られたらシャレにならないわよ」
そう言いながらオリーブの木を見上げた。
「本当に立派なオリーブの木ね。一枚撮っておくか。南欧風のレストランと絵になるわ」
桃子は、食事は仲良く食べないと美味しくないと思い言い直した。
「ゴメン、ゴメン。私のインタビューも綾のジャストフォーカスの写真があってこそ。今日のオヤジ『右から撮れ』だの『カツラ分からないようにしろ』だの、よく耐えてくれました」
「そうだよ。今日の写真はオヤジの葬儀に使わせてやるか」
機嫌も直ったようだ。
「じゃあ綾、少し遅くなったけど飯にすっか」
「仰る通り。美しい歌も詩も先ずはご飯を食べての話。写真見本じゃなくて本物の旨い物を食おうか」
「賛成」
そう言うと二人は、レストランの入り口に向かった。
レストランのドアを開ければそこは食のテーマパークだ。テーブルや椅子、飾られた花、そして何よりも料理の匂い。全てが異次元だ。だからレストランは楽しい。
ドアが開くと玲子が笑顔で迎えた。
玲子に促され、時間後れの客2人は窓際のテーブルについた。
暫くしてオーダーが決まったのか軽く手が上がった。
オーダーを受けるとキッチンに向かい、配膳口に伝票を吊り下げて厨房に告げる。
玲子の声がキッチンに響いた。
「大きなハンバーグにエビフライのセット2つ」
キッチンも昼休み、いるのは洋介一人だけだ。
喧騒が去りゆったりした気分の中に玲子が響くとそれを合図に調理に取り掛かった。
ハンバーグに焼き目を入れて、鉄板に乗せオーブンに入れる。
エビには衣をつけ、大きめのフライヤーに泳がせる。
「パシッ、パシッ、パシッ」油の跳ねる音がする。
サイドに乗せるニンジンのグラッセやポテト、それにサラダを用意すると出来上がりだ。ハンバーグとエビフライがジャストのタイミグングで出来上がった。
『よし、ジャスト!』
計ったようだ。
満足の笑みが生まれる。
作り慣れていても何時も同じではない。体調や気分、温度や湿度で変わってくる。それらを当たり前のように受け入れられるようになった時、タイミングという神が降りる。
久々の感覚だ。
この気持ち、結衣に聞いてもらいたい。
すると結衣も2階から下りて来た。
配膳口にいる玲子が結衣に近づいていった。
厨房から話かけようしたが玲子に先を越されてしまった。
結衣がトレーをとると軽く布巾で拭き始めた。
「玲子さん、お客様は私が引き継ぐわ。上でゆっくり召し上がって。お食事は2階に運んでおきましたから」
早い帰りに、玲子は少し驚いた様子を見せたが気配りが嬉しかった。
「あら、ずいぶん早いわね。じゃあ、せっかくだから任せちゃおうかな」
玲子はそう言うと結衣を残し、2階に上がっていった。
結衣は洋介が料理を配膳口に出すと、その後スープが出るのを知らずホールに出て行ってしまった。
結衣はそのままテーブルに近づくと二人の客に声をかけた。
「お待たせしました」
一瞬空気が凍りついた。
客の二人は目を丸くし、必死に声を飲み込んでいる。
カメラボックスを隣の席に置いた綾が目を丸くして声を出した。「結衣さん!」
尋常な様子ではない。
結衣は、さっそく相手の頭の中を覗いてみた。
『まずい見つかった。それにしても、わざわざここに来るかよ』
仕方がない、先ずはとぼける。
「どうかしました?」
客は水を飲み込み、やっと口を開いた。
「ご、ごめんなさい。あんまり似ているんで」
桃子も目を丸くしている。
「そっ、そうだよね。同じ出版社にいた結衣がここにいる訳ないもの。そら似だよ、そら似」
「本当ごめんなさい。椅子から落ちそうになったわ」
「いやー、世の中には自分に似た人が三人いるって言うけど本当なんだ。ああ、それにしてもびっくりしたわ。すいません、もしご迷惑でなければお名前教えて下さる」
そう言ってると結衣の後ろからスープをトレーに乗せて洋介が追いついてきた。
「結衣スープ忘れているぞ」
とぼけ通すつもりだったが万事休すだ。
綾と桃子が見たのは結衣と一緒に良く飲んだ、紛れもない結衣の婚約者、洋介だ。
再び空気が凍りつき声が揃った。
「洋ちゃん!」
数秒経たないうちに、二人は勝手に喋りはじめ収拾がつかない事態となった。
言い訳のきかない状況というのは、こう言う事を言うのだろう。
こんな時どうする?
①とりあえず訳の分からない言い訳をする
②とにかく時間を稼ぐ
③トンズラする
選択は、実はもっとある。
「∞だ」無限大と言っても良いだろう。
洋介はとりあえず②を選ぶことにした。
「綾さんに桃子さん。ちゃんと後でお話しますから先ずは料理を召し上がって下さい」
結衣も加勢する。
「そっ、そうよ。綾さんも、桃子さんもお腹すいているでしょ。先ずはお食事をして、それからお話しますから」
「逃げたりしないし、料理は私が作ったんだから大丈夫」
結衣も畳み掛ける
「スクープになるわよ。お食事終わったら全てお話しするわ」
そう言うと二人は、配膳口まで逃げるように退却した。
配膳口とホールの間には幅2メーター位の細長い空間がある。
ホール側にサラダやデザートの食器棚や冷蔵ケースを配置してキッチンが見えないように作られている。
最近は、ショーアップ効果狙ってオープンキッチンにしているレストランも多い。しかしレストラン慶では、オーナーの藤澤が「舞台裏は清潔に、しかしお客様に見せるものではない」と言う考えからこうした配置になっている。
ホールの係は、この空間で料理を受け取り、飲み物やサラダを用意してホールへと向かっていく。
ここはキッチンとのコミュニケーションの場でもあり、水を飲んだりして一息つく補給基地でもある。
キッチンとホールとの緩衝地帯であり、こうした空間があることがちょっとした区切りをつけさせる。
洋介と結衣は、その空間でもめている。
洋介たちは声を潜めて話し合った。
「どうする。結衣。綾さんと桃子さんだよ。何でまたこの店来たんだ」
「理由を詮索しても仕方ないわ。現実が変わる訳ではないし」
「割り切り早いな。血ぃ、通ってのか?」
「緑色のね。見る」
「いいよ、やめとく。血ぃ見るの弱いんだ。高校時代に献血して、自分の血見て気絶したことがある」
「お肉切るじゃない」
「食い物は別。あのさ、それどころじゃないの、何か方法ないのか」
「仕方ないわ。こうした時は正直が一番」
「話しちゃうのか。大変なことになるぞ」
「隠そうとして、大騒ぎになるよりマシだわ」
「意外と気前いいんだな」
「ドライブに連れ出して話をし、すぐに記憶を消す」
「バリアを外して集中するんだろ。トランスをウダイに気づかれないか」
「でも消さないと大騒ぎになるし」
「野蛮なジレンマだな」
「野蛮人から言われたくないわ。では文明人らしくお食事が済むのをお行儀良く待ちましょ」
テーブルの二人は、口もきかずナイフとフォークをただ黙々と運んでいる。食事というよりは、食物を処理しているといった方が近いだろう。
取材メモをテーブルに置いた桃子がナイフとフォークを不満そうに置いた。
「全然美味しくない。結衣の話が気になって食事に集中出来ないわ」
綾もその言葉を待っていたかのように食事の手を休め、カメラをケースから取り出した。
気になることは、早く片づけた方が良い。
「私も同感。早く話を聞こうか」
「仕事モードだね。じゃあ呼ぼうか、幽霊5秒前さんたちを」
「何それ」
「幽霊になる直前の人、という意味よ」
桃子は、そう言うと軽く手を挙げ結衣と洋介に合図を送った。
気が気じゃないのは、どちらも一緒だ。
桃子と結衣の目が合った。
にこやかに微笑み返す。
「合図が来たわよ。好奇心でムンムンだわ」
「じゃあ行くか」
「私、玲子さんに『私たちの古い友人が来たので近くを案内して来ます』って断って来るわ」
そう言うと結衣は丁度2階から下りて来た玲子に近づいて行った。
玲子は桃子と綾に視線を送った後、洋介に了解の微笑みを見せた。
結衣と洋介を乗せると車は多摩湖近くの狭山自然公園に向かった。
誰もいない小さな駐車場に停めると四人は車の前で向かい合った。
桃子が取材メモをとりだした。
「じゃあ、お話し聞かせてもらうわ。先ずあなたは結衣なの?」
結衣がストレートに答えた。
「結衣は死んだ」
いきなりの言葉に二人は固まってしまった。
「私はタイラ星のシクラから来たクレ第8管区調査官キリ。地球に不時着する直前、死を迎える結衣から全てをコピーした」
桃子がメモをとるのを止めた。
「バカバカしい。もっとまともな話をしてよ」
綾もカメラを構えるのをやめ首からぶら下げてしまった。
「洋介さん、冗談よね。本当の話をして」
もうヤケクソだ。なりきるしかない。
喉を軽くたたきながら高めの声を出す。
「ワレワレハ、ウ・チュウ・ジン・ダ」
二人は、やってられないという表情になった。
今だ、余計なことをされないうちに片づけなければ。
切迫感は、声の調子となり本気度が伝わる。
「綾さん、桃子さん、まさか会うとは思わなかったわ。悪いけど秘密を見られた以上このまま帰す訳にいかないの」
顔色が恐怖に変わる。
「何言ってのよ。ちょっとやめてよ。桃子帰ろう」
「もっとましな話かと思ったわ。変な事しないで帰してよ」
声が震え、踵を返し車に向かいかけた。
結衣が二人に決意を伝えた。
「悪いけどこれからレストランの記憶を消させてもらうわ」
突然二人は何かにとり憑かれたかのように立ち尽くし、やがてゆっくりと車に乗り込んだ。
結衣は車に乗り込むとトランスで二人の記憶を修正した。
一瞬だが膨大なエネルギーを使うのでトランスバリアが解除される。
「洋ちゃん、終わったわ」
「大丈夫か? 大分疲れたようだけど」
「ええ、少し時間がかかり過ぎた。力が落ちてきている。レストランまで送ってもらいましょう」
洋介も乗り込むと車は、駐車場を出て走り始めた。
その姿を黒い探知機をつけたリスが見守っていた。
昼過ぎ、鐘ヶ淵駅近くのコンビニで雑誌に目を通している初老の男がいた。
何気に、雑誌棚の上から外を見るとサングラスの男が道路を横切ろうとしているのが見えた。
一瞬だが見逃さない。
背筋に痺れるような電流が流れた。
「嘘だろ、生きていたのか、去年死んだはずだろう。一体何処に隠れていたんだ」
すかさずコンビニを出る。
男が小さな路地に入ろうとしている。
小さなビルの角を曲がりながら追いかける。
見失ってはならない。適度な距離をとりながら追跡を続ける。
ウダイは、次第に歩みを速めた。
地球に来て初めて感じる気配だ。
『ターゲットは間違いなく俺だ』
ただならぬ執念と危険を感じる。
路地から大通りに出ると人通りが多くなった。
手押しのシルバーカーを押す老人を追い越そうとしてぶつかってしまった。
老人が転ぶ。
周りに人が集まる。
その時、ウダイの肩が何者かに掴まれた。
「斎藤、もう逃げらないぞ」
初めて地球人の名前で呼ばれた。
動揺し、言葉が出ない。
「人違いじゃありませんか?」
それだけ答えるのが精一杯だ。
「お前が手掛けた多くの命を忘れたか。俺は忘れないぞ」
「変な言いがかりはやめて下さい」
そう言いながらポケットのナイフに手をやろうとした。
「グリッ」
その手首を掴まれた。初老の男とは思えない力強さだ。
「ここで俺を殺しても逃げられないぞ」
シルバーカーの老人を助けようと集まった人々も、ただならぬ気配に気づいた。
人々の視線が集まる。
ここで大騒ぎはまずい。
犬、猫やカラスを殺るのと人間を殺るのでは訳が違う。
殺人事件になると当然警察が動く。こちらの行動に制限がかかってしまう。
消すのはただ一人キリだ。目的を見失ってはいけない。ここは逃げるしかない。
その時、メッセンジャーからの知らせが届いた。
『キリだ。今、多摩湖にいる。こんなことに拘っていられない。こいつの中の俺を消す』
そう決意し、老刑事の目を覗き込んだ。
「ふざけるな、顔を見せろ!」
老刑事の手が伸び、サングラスを外された。
日の光が眩しい。思わず目を覆う。
『仕方ない、気絶させる』
強めのトランスを相手の脳神経に送る。老刑事が崩れ落ちた。
手を伸ばしサングラスを奪い返すと老刑事を抱きかかえた。
「どうしたんですか?誰か救急車を呼んでください。あぁ、何か寝かせるクッションか椅子でもありませんか! お願いします」
そう言いながらウダイは現場から逃げるように遠ざかった。
マンホールの下から銀色の探知機を耳に着けたネズミが顔を出し、慌てて隠れた。
結衣は、洋介に支えられてレストランの入り口に近づいた。
疲れは思った以上だ。地球人になりかけ力が落ちている。
やっとドアノブを掴んだ時メッセンジャーからの知らせが届いた。
『ウダイだ。あいつ鐘ヶ淵にいる』
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