第6話 宇宙船

「という訳で一緒に働くことにしたんだ。いいだろ?」

「いいも悪いもないわ。バリアでお互いの安全を確保するためにはそれしかないんだから」

「大分からかわれたよ」

「ラブラブなのねって」

「分かるか」

「普通、そう言うわよ」

「ところでレストランのホールで働いたことある?」

「ないけど、多分何とかなるわ」

「根拠のない楽観主義だな。シクラにもあるのか?」

「似たようなものはあるわ」

「大丈夫かよ。お客に料理こぼして即日お払い箱になるなんてゴメンだぞ」

「大丈夫。これが何とかなるんだなぁ。任しといて。ちょっと取りに行くものがあるんだ。洋ちゃん一緒に行く?」

「仰せの通りに致します。とにかくホームアローンは危険なんだから。ところで何処行くんだよ?」

「かぐや姫の牛車。それから洋ちゃん、グラスとトレーも一緒に持ってきて」

「ハァ」


 真夜中の善福寺公園は、夜の静けさに包まれていた。先日の雪がまだ少し残り月の光を反射している。 

 結衣と洋介は、池のほとりに佇んでいる。

 結衣が右手を水面に翳し、それからゆっくりと上に伸ばした。すると池全体にさざ波がたち水面が円盤状に盛り上がってきた。そして透明な風船から滑る落ちるように泥や木の枝が次々と水面を叩いた。全てが落ちてしまうと池は元の静けさを取り戻した。

 洋介が首を傾げた。

「派遣ボートなんか何処にもないじゃん。水が盛り上がったから出てくるのかと思ったら何もない」

「見えたら意味ないでしょ。さあ行こうか」

「何処へよ?」

「かぐや姫の牛車の中にご案内するわ」

 そう言うと結衣は洋介に手を差し述べた。そして二人は手を繋ぎゆっくりと水面に足を踏み出した。その瞬間空気に吸い込まれるように二人は姿を消した。


 黒い円盤状の派遣ボートは、卵のように張り巡らされたカムフラージュバリアの中に浮かんでいた。

 その直径は20メーター位。ボールを上から思い切り押しつぶしたような形だ。二人はそれを宙に浮いた状態で横から眺めている。結衣が派遣ボートの周りを歩いて点検をしている。床がないのに上下左右自由に歩いている。不思議な光景だ。

「異常はないわね。良くも悪くもなっていない。と言うより悪いままか」

 洋介が結衣を見上げるように尋ねた。

「順番に質問しても宜しいですか? お姫様」

「直答を許す」

「この焦げた巨大などら焼きが君の愛車かい」

「そうよ、厳密には私の自家用ではない。シクラの税金で作られているので公用車」

 洋介には、区別はどうでもいい。

「分かった。それでどっかの暴走族とタイマンはったんだろ。何処が壊れているんだ。外見からは分からないけど」

 結衣が派遣ボートの下に回り込むと洋介を手招きした。

「ここよ。この小さな部分。重力パネルって言うの」

 結衣の指さすところを見ると、トランプ40~50枚程度の外壁がはげ落ちているのが分かった。

「この程度の傷で飛べないのか」

「飛ぶことは出来るけど、何処へすっ飛んでいくか分からない。これは星の重力を捉えて移動していく。風の代わりに星の重力を使うヨットみたいなもの。重力という輪ゴムを掴んだり離したりするから急な動きが出来る。外壁はその重力を捉えるセンサー。だから重力を均等に受けられるよう球体に近い形にする。微妙なバランスで飛ぶから一部なくなっただけで方向が保てなくなる。中を案内するわ」

 結衣がそう言うと派遣ボートの横がゴム風船の口のように開いた。中に入ると中は白一色で何もない。床に直径1メーター位のボールが二つあるだけだ。

「そっけないほど何もないな。モニターとかタッチパネルとかないのか」

「ある訳ないでしょ。地球の科学水準で考えないで。科学の次元が違うの。必要なものはその都度、自動的に床や壁から出てくる。モニターが必要な時は壁や床全体がモニターになる」

「これは、バリアを張って池の中に隠したのか」

「そうよ、当然見つかってはいけない。地球へ来て分かったけど、他の星からもずいぶん来てたみたいね」

「分かるの?」

「分かるわよ。あっちこっちに落っこちてるもん。うまく隠しているけど、殆どがエネルギー切れでカムフラージュバリアが効かなくなっているから分かる」

「乗っていた奴はどうしたのかな」

「知らないわ。死んだか、地球の生き物に同化したんじゃない」

「何れにしても、地球に来たときはカムフラージュしている訳か」

「そうよ。見られて地球人に警戒されないようにね」

「でも時々UFO見たとか言われているじゃない」

「バリア張り忘れのそそっかしい奴や、暴走族みたいな目立ちたがり屋もいるのよ」

「そんなもんなの!」

「そうよ、宇宙人だって生き物だもの」

「意外といい奴じゃない」

「まぁね」

「その、落ちてるUFOからパネル剥がしてつける訳に行かないの」

「そりゃ無理ね、仕様が違う。トラックのタイヤを乗用車につけるようなものよ」

 洋介は、次々起きる事態に少し疲れボールにもたれた。その様子を結衣は感じた。

「大切なお客様を忘れていたわ。ごめんなさい。掛けて」

 結衣がそう言うとボールは椅子の形になった。

 椅子は洋介を包み込み洋介を優しく包んだ。今まで感じたことのない快適さだ。

「すごいな、こんなの初めてだ。固くホールドして欲しいところ、柔らかく包んで欲しいところ、全てが完璧だ」

「ボールは、操縦席になったり、ベッドやテーブルなどあらゆるものに変わってくれる。椅子ならその人の個性や今の体調に合わせて形を作ってくれる。人には人、ネコにはネコのいいように」

 結衣はそう言うともう一つのボールを見つめた。

 主を失ったボールが寂しそうに見えた。

「ウジウジしていても仕方ないわね」

「そうさ、忘れることも必要だよ」

「忘れるって、何?」

「何って、記憶を薄めるとか、想い出に変えると言うか」

「理解できないわ」

「忘れることによって次に向かえるのさ」

「忘れてしまったら、知識の蓄積が出来ないじゃない」

「そうじゃないよ、愛情も憎しみも忘れ、想い出にすることによって前に進めるのさ」

「馬鹿じゃない、だから人間は同じ間違いばかり繰り返すのよ」

 考え方の根本が違う。話題を変えたほうが良さそうだ。

「ところで、他にも機能があるのかい。ちょっと紹介してくれよ」

「テーマパークの施設じゃないのよ。まぁ、いいか。全面モニターをやってみようか、ホラ!」

 そういった途端に壁床全てが姿を消し、二人は宙に浮きながら外を見ている状態になった。

「オ、オ、オ!」

 落ちるのではないかと思わず声が出る。

「大丈夫、歩くことも出来るわ。でも気を付けないと壁にぶつかるわよ」

「こりゃすごいわ。3Dなんかメじゃない。完璧な3次元だ」

「あら、原始人が来たわ」

 飲み会の帰りらしい学生数人が楽しそうに池沿いの散歩道を歩いている。

「彼らには見えないんだ」

「それはそうよ。見られたら探査は即中止」

「エー! そんなに厳格なの」

「探査中は秘密厳守。だって知られたら地球中がパニックになるし、準備でもされたら侵攻する時に厄介なことになる。だから見られた時はちょっとした細工をする」

「どうするの?」

「とっ捕まえてその部分の記憶を消す」

「乱暴だな」

「仕方ないわ」

「もし、事情があってカムフラージュバリアを張れずに沢山の人に飛んでいるところを見られたらどうする? 全部の人の記憶を消す訳にはにはいかないだろう」

「とぼけて、ほとぼりの冷めるのを待つ。UFOなんて誰も信じる訳ないでしょ。雲か光の錯覚と思うわ。固定概念は有り難い」

「そりゃまぁ、言われりゃそうだけど。意外といい加減なんだ」

「ディテールにこだわると、全体が見えなくなる。自分で墓穴を掘る。そう言うもんよ」

「宇宙人から教訓をもらったわ、変な気分。ところで地球はどうだい?」

「微妙ね。この程度の星なら他にもある。知的生命体がいるだけに厄介だわ。駆除するのに手間がかかる。だったらそんなのがいない星を探したほうがまし」

「嬉しいような、馬鹿にされているような」

「でも、よく分からないんだけど、何か大切なことがあるような気がする」

「まぁ、その明晰な頭脳でゆっくり考えて下さい」

 洋介には、他にも聞きたいことがあった。

「ウダイと闘う時、人間からシクラ人に変身したじゃないか。あれは何故なんだ。人間のままではダメなのか?」

「ああ、あれは緊急な事態が飽きた時にする。コピーした身体ではどうしても使い勝手が悪いし。あっ、ごめんなさい。結衣さんのことじゃないのよ」

「大丈夫だよ、両方受け入れているから」

「どうしても元の身体でなきゃ出来ないこともあるの。例えばソラマチの様に闘わなければならない時ね。元の身体でなければ力を発揮出来ない。でも……」

「でも?」

「コピーしている時に多用してはならない。自分を使いすぎてコピーの支配力が強くなってしまう。」

「リスクと背中合わせか」

「そうした意味では、ウダイはおかしいわ。やたら動物を殺している。目立つとまずいことはバムも共通。理性が効いていない。何をコピーしたんだろう? コピーの力が強くなっているのかも知れない。」

「ウダイに巡り合わないことを祈るよ」

「さぁ、ここを出ましょうか。宇宙船の貴重なエネルギーをテーマパークごっこで無駄にしたくないわ。その前にちょっと待ってて」

 そう言うと結衣は壁の中に手を入れ、袋のようなものを引き出した。

「これを使うわ」

「何だそれ」

「重力をコントロールできる宇宙服よ」

「透明なスーパーの買い物袋にしか見えないけど」

「引っ張って身体全体を覆い、船外活動をする。重力をコントロールできるので宇宙船の外へ出ても離れることがない。身体の一部につけることも出来るの、こうして手だけに付けることも出来る」

 結衣はそう言うと洋介が持ってきた紙袋からグラスとトレーを取り出しトレーをウェイターのように持つとその上にグラスを置いた。そして手の甲を上にしてひっくり返した。

「すると、ホラッ!」

 逆さまになったグラスはトレーについたまま離れない。

 結衣がドラえもんの声を真似した。

「大成功。じゅう・りょく・てぶくろ」

 洋介は、もっとすごい物を期待していたので、いささかがっかりした。

「あのさ、こんなもん取りに来た訳」

「失礼ね。それはこっちの台詞よ。今回のプロジェクトの直前に出来た最新最高品質の宇宙服。それを地球で原始人の餌を運ぶために使うんだから。作った人が見たら嘆き悲しむわよ」

「そう言われちゃうと不愉快だけど何も言い返せないわ」


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