第3話 ソラマチ

 窓から差し込む冬の日差しで目覚めた。

 カーテン越しの淡い日差しは、冬にも暖かさがある事を伝えている。

 携帯は8時を指していた。

 左手でベッドの隣を探る。微かに暖かいが誰もいない。思わず上体を起こし、部屋の中を見回した。

『やはり、夢だったのか』

 洋介は、帰宅してからの事を思い出した。

 二人はタクシーから降りるといつも通りに部屋のドアを開け、鍵を玄関の花瓶のそばにある小引出しに入れるとストーブをつけた。

 シャワーを浴び、ベッドに入る。習慣は、人を日常に戻す。一連の小さな儀式が終わると、結衣と久しぶりに愛し合った。肌のぬくもり、匂い、そして身体の中の温かさも一緒だった。二人はゆっくりと愛し合い、深い眠りに落ちた。

『こんな事をネチネチ思い出してはいけないな』

 誰が見ている訳ではないのに頭をかいた。

「カチッ」

 玄関ドアの開く音がした。

 すると今度は寝室のドアが開き、白いビニール袋を提げた結衣が入って来た。 

「洋ちゃんおはよう」

 そう言うとベッドの脇に立ち笑顔で洋介を見下ろした。

 やっぱり夢ではなかった。

 夢だと思った事が現実で、その現実を否定しながらも夢でない事を願っている。 

「朝ごはん買ってきたよ」

 今度は、ベッドの横に膝をつき嬉しそうに袋を開けた。

 寝床から中を覗き込むと飯蛸とアサリが目に入った。

「美味しそうでしょ」

「魚多で買ったのか」

「そうよ、今日は飯蛸が大きなトレー一杯に湯気を上げていたわ」

 早朝の魚屋の情景が目に浮かぶ。

 まだ品揃えが整わず隙間の多い店頭。

 でもその後ろには山と積まれた発泡スチロールの中身が出番を待ち侘びている。まだ並び始めたばかりの限られた品揃えの中から選ぶのが楽しい。とびっきりの鮮度に思える。

 ベッドから出て二人でキッチンに立ち、アサリと飯蛸を調理台に並べると結衣は手際良くアサリの味噌汁を作り始めた。

 洋介は飯蛸を縦半分に切り、醤油をつけて焼き始めた。香川から来たコックに教えてもらった食べ方だ。焼くことによって飯蛸が締まった食感になる。醤油の焦げるいい匂いが部屋中に満ちてきた。

 レンジに冷凍したごはんを入れ「チン」と鳴れば完成だ。

 2人で作った朝食をテーブルに並べテレビのスイッチを入れる。

 ワイドショーのニュースコーナーが映し出された。

 若いアナウンサーがトップニュースの後、最近の話題を伝えている。

「東京スカイツリー近くの公園で奇妙な事件が連続しています。猫やカラスが夜に殺され、捨てられています。不思議な事にどれにも内臓を抉られた後があり……」

 凄惨な内容だ。朝食には合わない。

洋介がチャンネルを変えようと、リモコンに手を伸ばした。その手の甲を結衣の左手が覆った。

 ビクッとする程動きは早く、意思の強さが掌から伝わって来た。

「チュ!」

 結衣がもう片方の手でアサリの貝殻をつまみ、身を吸い込みながら、画面を見つめている。

 恐ろしい程鋭い目だ。

 こんな表情を見せることはなかった。

 結衣に何が起きたのだろうか。

『尋ねたい』

 でも、心のどこかでその衝動を止めるものがある。

『もし聞いたら、この出会いが終わってしまうかも知れない』結衣への想いが答えを欲していないのだ。

 逡巡していると、ベランダから鳩の鳴き声がした。よく見ると足環ではなく首に銀色の首輪をつけている。

「変な鳩だなぁ」

 洋介がそう言うと、それが合図のように結衣が貝殻をボウルにポンと捨て、お茶を淹れ始めた。

「洋ちゃん、東京スカイツリーってここから遠い?」

「いや、そんな遠くないよ。1時間ちょっとくらいかな。何故?」

「テレビ見ていたら、なんかスカイツリー行きたくなっちゃった。ねぇ、行ってみない」

 たまには東京見物もいいかも知れない。

 いつでも行けると思うと行かないものだ。

 いい切っ掛けだ。

 結衣には不自然なものを感じるが、それは帰ってから聞き出しても遅くはないだろう。


 午後ひと通りの家事を済ませると二人は中央線に乗り込んだ。

 高架から見下ろすと屋根に残された雪が綿菓子の様だ。

「ねぇ、まるでお菓子の家の行列ね」

 洋介は、そんな気持ちを素直に口にできる結衣が好きだ。

『本当に絵本の編集者なんだなぁ』と思う。

 屋根の雪がふんわりとして、本当にケーキナイフで切れそうだ。

「お皿に一切れとってあげようか」

 結衣が何かに気付かされた様に突然表情を変えた。

「いらないわよ、バカらしい。人間みたい」

「人間? なんだよ急に、そっちから言いだしたんだろう」

 結衣は洋介の勢いに少したじろいだ。

「ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったの。気を悪くしないで」

「ああ……」

 洋介には、結衣の急な変化が飲み込めなかった。

『結衣は、一旦死んでしまったんだ。きっと言えない何かがあるんだろう』とりあ

えずそう言い聞かせた。


 スカイツリーに行くには、新しく出来た駅で降りる。嘗ては「業平橋」と呼ばれていた駅が今は「とうきょうスカイツリー」と名付けられている。浅草を出て最初の駅だ。

 以前は東京の下町気分を色濃く残す町であったが、今はちょっとした港区気分だ。ランドマークとなる巨大な建物が出来ると街の景観はこれ程変わるのかと驚かされる。

 少し街を歩いてみる事にした。 

 人の気持ちは際限がない。ないものを欲しがる。日本にいれば流行りのフランス料理を欲しがり、海外に行けば日本食を恋しく思う。

 余りにも流行りの街になったので逆に下町気分を探してみたくなった。

 寒さの中、手を繋ぎ歩き始めた。

 線路と並行するように地元で呼ばれる十軒川が流れ、線路と交差するように橋が架かっている。

 橋の上に立ち、スカイツリーを見上げてみる。

 数年ほど前もこうして工事中のスカイツリーを見に来たことがあった。

 その頃は、駅の周りも雑然としていて、人通りも少なかった。

 今はソラマチを中心に洒落た店がオープンし、街全体が大きく変わろうとしている。

 街は不思議だ。

 新しい店がオープンするとついこの間までその場所にあった店が想い出せなくなる。新しい発見が古い記憶を覆い隠してしまうのだ。

 人間もそうなのだろうか?

 数年前のあの時は、知り合いがもんじゃ焼きの店をオープンしたので工事中のスカイツリーを見物がてら食べに来たのだった。

 結衣は憶えているだろうか?

「結衣、前にもんじゃ焼きの店行ったよな。行く途中に公園あったの覚えているか。確か、この辺りじゃないかなぁ」

「憶えているわよ。私は忘れないの。そう、忘れられないの。案内するわ。行こうか」

 そう言うと結衣は、大通りから脇道に入って行った。 

表通りと異なり裏道は下町そのものだ。木造の家屋が軒を並べている。昭和の匂い濃厚な木造アパートの角を曲がり、暫く歩くと100メーター程先に公園が見えて来た

 ブランコと滑り台があるだけの簡素な公園。

 寒さが増せば誰も寄り付かないだろう。


 二人で来た暖かい想い出のある公園だ。

 あの時は、二つ並んだブランコの左側に結衣が乗った。洋介は結衣の背中をゆっくりと押してやった。結衣の背中は温かで柔らかかった。

 結衣がブランコに乗り、押すたびに後ろを振り返り、何度も押してやると笑いながら誘った。

「洋ちゃんも隣に乗れば」

「そうだね」

 そう言うと洋介も隣のブランコに乗りゆっくりと漕いだ。

 ブランコは振り子のように動き、交差し同調する。

 交差する瞬間見つめ合うと次には離れて行き今度は後姿しか見えない。

 暫くすると身体が冷えきた。

「シュ、シュ、シュ」

 足を落として漕ぐのをやめ、ブランコから降りると二人で肩を寄せあいながらもんじゃ焼きの店に向かった。

 懐かしい想い出だ。

 結衣は憶えているのだろうか。


 結衣は今、その公園に向かっている。

 しかし、その歩き方は何かに憑かれたようだ。公園に近づくにつれスピードが増して行く。ほとんど小走りになってきた。何かを捜すように左右に注意を払っている。

『以前に一回来ただけなのに良く道を憶えているな』

 最初はそんな風にしか考えていなかった洋介だが、予期せぬ変化に微かな不安を感じた。

『少し落ち着かせよう』

 洋介は結衣を追いかけながら冗談を飛ばした。

「おいおい、もっとゆっくり歩けよ。ブランコ漕ぐ前に足がつっちゃうよ」

 結衣は振り返らない。

 公園が見えてきた。

 公園に接してマンションの駐車場とゴミ捨て場がある。ゴミ捨て場の前に鳩が群れている。首に銀色の首輪をつけた一羽がゴミ捨て場と道路境界のフェンスに止まり、合図の様に羽を大きく広げた。

 結衣が鳩に近づき頷くと納得したように飛び去った。

 結衣が立ち止まったフェンスの下に一匹の猫が横たわっていた。猫は血に染まり、微かに呼吸をする度に小さく腹が動いている。誰が見ても小さな命が消えそうなことが分かる。

 結衣は片膝をつくと猫の額にそっと触れた。

 見詰めながら猫の心にトランスで直接語りかけた。

『コンドここにいたの』

 猫は苦しそうに片目を閉じながら、もう一方の目で結衣を見詰めた。

『キリ、最期にあえて良かった。元気か?』

 結衣の心に懐かしい声が響くと、首輪をつけた鳩が近くに降りて来た。

『私は大丈夫。コンド、あなたの儚いトランスを鳩のシロが知らせに来てくれたのよ』

『ああ、あいつはいいメッセンジャーだ。君の家まで行って知らせてくれるなんておせっかいで優しい奴だ。俺は、もう力がない。君の方でトランスバリアを張ってくれないか』

 キリのトランスバリアがコンドを優しく覆った。

『君のバリアは温かくて居心地がいいな。痛みもとってくれたんだね。ありがとう。最期に会えて良かった。キリ、ウダイが近くにいる。気をつけろ』

 思わずうしろを振りかえる。

 そこには、当惑した洋介がいるだけだ。

 少し安心する。

『こんなケガをして、一人でやるなと言ったじゃない』

『俺のミスで見つかったんだよ。もう猫になりかけいる。猫と自分が入れ替わったのが分からなくなる時があるんだ。その時バリアもかけず、うっかり猫にトランスで語りかけてしまった。なんとそいつはウダイのメッセンジャーさ。おかげでウダイと闘う羽目になった。お前も気を付けろ。あいつは強い』

 猫はそう言うと立ち上がろうとした。

 しかし前の膝から崩れた。

『コンド無理しちゃダメ。私の家まで連れて行ってあげる。こんなケガすぐに治るよ』

『ムリだ。自分の事は自分が一番良くわかるさ。それにもう猫になりかけている。猫になれば終わりなのは分かっているだろ』

『コピーした動物に支配された時、命は終わる』

『そうさ、人間で言えばハナマルの答えだな』

『変身が早まっているのね』

『脱出の時、時間がなくて手順を省いたんだ。君のは省いてないから安心しろ。だからと言って時間がふんだんにある訳でもない』

『ごめんコンド。私の為にあなたを犠牲にして』

『気にするな。それよりもこれからは本当に一人だ。きついぞ』

『何か出来る事ある?』

『最期に頼みがある。死ねば消えるのが宿命だ。だがその姿を見せる訳にはいかない。もう力がないんだ。消えてしまう前にあのゴミバケツにいれてくれないか』

『分かったよ。コンド。シクラの英雄』

『ありがとう』

 思わず猫の足を握りしめた。

『コンド!』

「にゃー」

 洋介には猫の鳴き声だけが聞こえた。

 結衣は洋介を振りかえると、目に一杯の涙をため、絞るように声を吐きだした。

「猫嫌いなのよ。こんな猫!」

 そう言うと猫の襟首をひっつかみポリバケツの中に投げ入れた。

「ガチャン」と言う音と共に蓋が閉じられ、猫は暗闇の中に葬られた。

 その様子を黒い首輪をつけた猫が電信柱の陰からじっと見詰めていた。


 洋介は、突然のことに固まっている。

 結衣は再び洋介に振り向くと口を閉ざしたまま語りかけた。

『洋ちゃん、もう帰ろう』

 洋介の心の中に今まで感じたことのない声が響いた。

 声は普通、耳から入る。しかしこれは違う。頭の中から声がする。

 これまでの経験では測れない感覚だ。

「結衣。お前、今なんて言ったんだ」

 結衣は一瞬青ざめた。

『しまった。普通に話すつもりでトランスで話しかけてしまった。一瞬だがバリアまで外してしまった。ありえないミスだ。きっと高まった感情が冷静な判断を失わせたんだ。私が人間に近づいているなんて絶対ない! ありえない!』

 必死に言い聞かせる。

 しかし、常に気づきに対して結果は情けないぐらい雄弁だ。

 近くのコンビニで雑誌に目を通している男の表情が変わった。

『見つけた。殺さずに泳がしたのが良かった。メッセンジャーにひっかかったな。絶対に逃がさない。今日で決着をつける』

 探索のトランスを自ら発信し始めた。

 駆逐艦が潜水艦にソナーを打ち込む様に強烈な信号だ。

 結衣は強烈で唐突なトランスの出現に驚いた。

 今まで感じたことのない強さだ。

 ウダイが近くにいる。

 すぐに移動しないと危険だ

 洋介はと振り返ると、さっきの結衣との会話に戸惑いを隠せず固まったままだ。

 結衣の顔を見るとやっと口を開いた。

「結衣、もういい加減にしろよ。おかしな行動ばかりだ。確かに死んだはずの人間が現れたんだから、何かあったんだと思ったよ。でも、もう教えてくれ。お前は本当に結衣なのか? 誰なんだ。訳を話してくれ!」

 ウダイのトランスは増々強烈になってきた。

 もうそこまで来ている。

 トランスには、凶悪な殺意が込められている。

 即座にここから離れないと危険だ。

 でもどこへ行けばいいのか。

『人ごみに紛れる』

 そう決心するや結衣は、洋介の手をとった。

「洋ちゃん、ごめん正直に話すからもう少し待って。先ずはソラマチに行こう」

「ナニ、ソラマチ? 関係あんのかそれ」

「いいから行こう」

 そう言うと洋介の手を引き、ぐんぐん走り始めた。

 大通りを渡り、ソラマチに近づいて行く。

 女が戸惑う男を引きずっていく。

 思いがけない光景に回りが道をあける。

 ソラマチの長いエスカレーターが見えて来た。本当に空に向かう階段のようだ。

結衣は洋介を引っ張りながら人をかき分け、押しのけ、駆け上がった。上りながら振り返ると、冬なのにサングラスをかけ、通りを異常なスピードで走ってくる男の姿が目に入った。強烈にトランスを発信し、索敵している。自分が見つかることなど少しも恐れない。自信に溢れた暴力を発散させている。そして視線は間違いなく自分たちを捉えている。

 結衣は疑問に思った。

『おかしい。トランスが漏れないようにすぐバリアを張ったのに、何故こちらが分かったの?』

 エスカレーターの途中で洋介が手を振りほどいた。

「いてぇーよ。ちょっと手を離せよ。ちゃんと一緒に行くから」

 答えはいつも身近にあるものだ。

『しまった。洋介をバリアで保護するのを忘れていた』

 さっき洋介にトランスを発信した時、ミスに気づき自身のバリアを張ったまでは良かったが、その後洋介まで包むのを忘れていた。

 気づいたときは、取り返しのつかない状態になっていることが多い。「転ばぬ先の杖」先人の知恵と言うのは、その状況になって初めて分かるものだ。とは言え、もう遅い。トランスだけでなく姿形まで、完全に記憶されてしまった。

 男はものすごいスピードで近づいて来る。

 信号を無視し、車を止め。道路を横断し、雑踏を押し分けて来る。

 洋介はと見れば状況を訝り、一緒に走ってくれない。

 引きずるように、なんとか10階まで駆け上がった。

 トランスの距離は急速に縮まり、耳元に息づきさえ聞こえそうだ。

 フロアはずれの階段を上ると屋上だった。

 ソラマチの屋上には洒落たベンチが配置され、恋人たちが語り合っている。

 スカイツリーを見上げると屋上の上に塔屋があるのが分かった。

『ここで勝負をかける』

 そう決心すると非常階段のドアを蹴破った。

「バコン!」

 強烈な音がしてドアが開き、周りの目が一斉に注がれる。

 気にするものか。

「洋ちゃん上!」

 それだけ言って非常階段を上るのが精一杯だ。

 搭屋の上は、30坪くらいのさらに小さな屋上になっている。

 階段わきにある日よけの下に二人で入った。

 洋介は結衣の手をふり払った。

「結衣どうしたんだ。何を考えているんだ。やってることが分からねぇよ。ゆっくり説明してくれ」

 結衣はテンパった洋介の頬を両手で包み語りかけた。

「いい、洋ちゃんこれから起きることは、信じられないかも知れないけど、私を信じて」

 真剣さに気圧される。諦めるしかなさそうだ。

「もぅ信じるも何も、成り行きに従うしかないだろう。今のところは、ドアの器物損壊の賠償程度だけど、この先どうなるんだよ」

「洋ちゃん、これから変身する。驚かないでね」

 結衣が日よけの下でうずくまると小さく身体が震えはじめた。そして次第に羽毛が生えはじめた。

 変身が終わると背筋を伸ばし、スッと立ち上がった。

 身体にぴったりの服を纏い、背中には翼がある。顔は人間と鳥類の間。目は丸く、鼻立ちはくっきりとし首は長い。手足もスラリと伸びている。まるで手塚治虫が描いた火の鳥だ。

 さすがにショックで凍りつく。

「洋ちゃん。これが私の本当の姿。びっくりした? 関わり合いになりたくなければ、去ってもいいわ。でもあいつに正体を見られてしまったの、命の保証はないわ。ごめんなさい巻き込んでしまって」

 洋介の思考は完全に停止したが、その声には誠実さを感じた。

「こうして、変身するしか勝てる方法はないの。もうすぐ黒いサングラスをかけた男が来るわ。私がサングラスを蹴落とすから洋ちゃんはサングラスを足で踏みつけて粉々にして。そしたら私にしっかり抱きついて。お願い」

 想定外の成り行きに、感覚はもう他人事だ。

「この場は、もう言うとおりにするしかなさそうだな。お任せします」

「詳細は、家で話すわ。今は行動のみ」

「了解。とにかく先ずは差し迫った問題を解決して家に帰ることだな。とりあえず君を何て呼べばいいんだ。ピーちゃんか?」

「キリよ。キリ。でも自己紹介はここまでね。もうすぐドアが開くわ」

 言う間もなくドアが開き、ダークスーツに黒いサングラスをかけた男が現れた。

 男は先ず洋介と正面から向かい合い。次にキリに視線を移した。

 そして鳥の姿に変身したのを確認すると一瞬驚いた表情を見せた。

 わずかな隙が生まれた。

 キリは一気に飛び上がるとサングラスを足で蹴り上げた。サングラスが宙を回転しながら円を描きコンクリートの床に転がる。

 男の目に太陽の光が差し込んだ。

 男は目を覆いながらサングラスを拾おうとした。

「洋ちゃん今よ!サングラスつぶして」

「ベキッ」

 洋介はサングラスに思い切り足を踏み込んだ。

「来て!」

 洋介が鳥の正面から思い切り抱きつく。

「バンッ」

 鳥は洋介を抱きつかせたまま翼を広げ搭屋から一気に飛び出した。

 普通の人間なら絶叫する。

 洋介も普通の人間なので絶叫した。

「ナンダ、コリャ¬ー」

 滑空しながら道を挟んだマンションの屋上に着地した。

 鳥はうずくまると次第に結衣の姿に戻った。

「洋ちゃん、早く逃げよう。ここは危険なの」

 マンションの非常階段のドアを蹴破り、エレベーターを降りるとエントランスから人混みに紛れた。

 マンションの周りには人が集まり始め、屋上を見上げながら「人が落ちたらしい」と話をしていた。

 二人はそんな騒ぎをよそに通りかかったタクシーを拾い、乗り込んだ。

 救急車とパトカーのサイレンが鳴り響く中、リアウインドウに映るスカイツリーは小さな背景となっていった。

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