第24話 白竜

白竜のエスタルは面白そうに麻子たちを見下ろしていましたが、哀れな人間たちをさげすんでもいるようでした。


おろかよのう、民のためになすべき政治を腐敗させ、他人を思いやる気持ちよりも私利私欲を優先し、未来に繋ぐべき子孫をおもちゃのように扱い、そのようなことをやって尚且なおかつ自分だけは大丈夫だと思い込んでいる。リーンが『ここの世の終わり』を懸念するのも道理じゃ」


儀式の場に響き渡る伝説の竜エスタルの声は、そこにいたナサイア一族の家長たちに忸怩じくじたる思いをいだかせることになりました。

『ここの世の終わり』という創造神の懸念を初めて聞いた者たちは、衝撃と動揺も合わせて感じているようでした。


しかしマクスはエスタルに真っ向から反論しました。


「皆が皆、そのような者ではない。自分の生活を投げうって友のために動くパルマやイレーネのような者もいる。世の終わりに危機感を持って、何かを手伝おうと言ってくれるソルマンのような男もいるのです。伝説の竜よ、この社会にはまだやり直す芽はある、私はそう思っています」


信念を持つ者に特有の堂々とした態度をみせるマクスのことを、エスタルは少しばかり見直したようです。

自分が住処としている山の持ち主だからとウランジュール家に固執していたエスタルでしたが、竜が現れたことに恐怖を感じて立ちすくんでいる健人と、即座に自分の考えを述べて対峙してくるマクスを交互に見下ろして、しばらく考えていました。


「ふーん、子鈴の目はわしとは違うものを見ておったようじゃな。魔力量がすべてではないということか……」


エスタルは目を半眼にして下々しもじもの者を見下ろすと、急に咆哮をあげて大きく口を開き、神殿の中心であった神器の子鈴に向かって細くブレスをはき出しました。

的になった神器は、パンッという音を立ててはじけ飛びます。


「あーーっ! 子鈴が!!」

「なんということだ!」


近くに立っていたナサイア一族の人たちは咄嗟に浮遊魔法で飛んで逃げましたが、麻子は長老を逃がしながら、すぐにイレーネを探しました。イレーネは供物の後ろにうずくまっていました。どうやらマクスがおおいかぶさって助けてくれたようです。


なんて危ないことをするんでしょう。


「ちょっと、エスタル! 人が大勢いるのよ! やめなさい!」


麻子が恫喝どうかつすると、エスタルは嬉しそうに笑い始めました。


「フハハハハハハ 麻子か。ふん、人間どもにくれてやるのは惜しい魔女よのう。ならば先に言っておいてやる、全員、儀式の場から出てゆくがいい。これからこの神殿はなくなるのだからの」


そこにいた人たちは驚愕して竜を見ていましたが、ドンペルとクラナガンは我先にと逃げ出していきました。


「皆の衆、白竜の言うことを聞くんじゃ」


エステルとにらみ合っていたシガル長老は覚悟を決めたようです。

長老の指示を聞いて、他の人たちもしぶしぶと儀式の場を後にしました。


麻子たちはパルマおばさんも連れて、全員で神殿の外の森の中に駆け込みました。

そこには逃げてきたナサイア一族の人たちもいました。みんな無念の思いを抱えて神殿を見つめています。


邪魔な人間がいなくなったので、エステルは存分に神殿の中で暴れているようです。

大きな音がして建物の天井が崩れると、白竜が空に飛び出してきました。

エステルは上空でホバリングをしながら、神殿へ向かって特大のドラゴンブレスをはき出しました。

ゴオーーーーーッという音を立てて真紅の炎が神殿へ降り注ぎます。

崩れかけていた建物は、見る間に溶けていき、そこには黒焦げになった大きな穴だけがありました。


エステルは自分のしたことを満足そうに眺めると、羽をバサバサとはためかせて、空の彼方に消えて行きました。



「神殿が……」

「太古より守ってきたナサイアの誇りが」


「クソッ、白竜の怒りをかったのはウランジュール家のせいだ!」

「そうだ! ドンペルとクラナガンめ!」


呆然と神殿を眺めていた人たちの矛先ほこさきが、我先にと逃げ出した二人の方へ向いていきます。


しずまれ!!」


長老のしわがれた声が、浮足立ってきた人たちにかつを入れます。


「あ奴らの暴挙を容認した下地が、我らの中にもあったのよ。……皆の衆、自分の中をみるのじゃ。魔法が消えておる……」


「え?」

「嘘だろ……」

「……なぜだ? うおおおお! なぜなんだ!!」


叫び騒めく人たちをよそに、マクスと麻子は首をかしげていました。

自分たちの中にはまだ魔法が息づいていたのです。


二人のいぶかし気な様子に気づいた長老は、静かにそばにやってきました。


「マクス坊もアサコも、そのままの魔力のようじゃな」

長老はそう言うと、二人の前で両ひざをついて、深くお辞儀をしました。


「初代、ナサイアさま」


「ちょ、ちょっと、長老さま」

慌てている麻子と長老の様子を見て、周りの人たちが一人ずつひざまずき始めました。それは波のように周囲に広がっていきました。


人々がすべて跪いた時、マクスが声を発しました。

「ナサイアの名は、いにしえの初代のみに捧げられるべきもの。この残された力は神々の恩寵おんちょうである。まだここの世の終わりは回避できたわけではない。しばらく試練の時が続くであろう。私とアサコはその幾多の試練を乗り越え、人々に幸福が訪れるようにこの力を使うと、ここに誓う。この誓いをもって、今後、私は神の恩寵という名、グレースを名乗ろう」


マクスが意思を確認するように麻子を見てきたので、麻子は大きく頷きました。


長老が頭をあげて、二人の名を呼びます。


「グレース・マクシミリアン、グレース・アサコ、わしは歴史の見とどけ人として、ここに新たなる一族が誕生したことを、世に伝えましょうぞ」


「「「おおお!!!」」」


新年の日の光が人々の行く末を励ますかのように、森の上であたたかく輝いています。

麻子はマクスと目を見交わし、しっかりと顔をあげて困難な未来を見据えていました。


自宅に咲くシクラメンのように、夏の暑さや冬の厳しさに耐え、辛抱強く毎年花を咲かせ続けていくことが大切です。

手芸の仕事にしても、丁寧に誠実に取り組んでいくことで、お客さんに喜んでもらえるのです。


政治や世直しという、今までまったく知らなかった世界でも、そういう精神的なものは同じでしょう。


Be my best !

自分にできる精一杯のことを、やっていきましょう。


イレーネやパルマおばさんたちと微笑みを交わしながら、麻子は未知なる世界に一歩を踏み出そうとしていました。

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隣の異世界 秋野 木星 @moku65

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