《エピローグ》
「……ー! ーや! 起きぃや!」
仲間の声で目を覚ます。目の前には魔女のライラと神官のセシルが心配そうにこちらを見つめていた。
むくりと半身を起こす。
「心配しましたよ。なかなか起きないんですから……」
「すまない。なんだか、永い夢を見ていたような気がするんだ……」と勇者がセシルに詫びる。
「なんや? 自分泣いとんのん?」
ライラにそう言われて初めて自分が涙を流していたことに気づく。
「ったく、余裕だな。もうすぐ魔王との最終決戦だというのに……」と呆れ顔のタオ。
「だの。すぐそこに城も見えてることだしのぅ」アントンが後ろの魔王城を振り向く。
闇の領域に入った勇者一行は魔王城の手前の山の中腹でひと休みしていたところだ。
勇者が立ち上がって魔王城を見る。墨を流したような黒い雷雲からごろごろと雷鳴が轟いている。
「……みんな、いよいよ魔王との決戦だ。覚悟はいいな?」
仲間たちの顔を見る。みな一様にこくりと頷く。勇者も頷くと腰の鞘から剣を引き抜く。この世で唯一、魔王に対抗しうる剣、――聖剣の刃が雷光を受けて煌めく。
「行くぞ! 最終決戦だ!」
勇者の啖呵に仲間たちが「おう!」と答える。
途端、あたり一面が闇に包まれた。ほどなくして弦楽器と管楽器による英雄行進曲が流れ、左右からするするとビロードのカーテンが閉められた。
やがて曲が余韻を残して終わると万雷の拍手が巻き起こった。それこそ、このローテン王国の大劇場を埋めつくさんばかりに。
カーテンが左右に開かれると役者一同が勢揃いして観客席の三方に礼をして喝采と拍手を浴びる。そのなかには勇者を演じた、いつしか勇者の名を騙ったニセ勇者の男がいた。
勇者役の男が観客席の上のほうを指さしたので、観客は何事かとそのほうを見る。すると貴賓席に照明が当てられ、バルコニーから勇者と妻のシンシアが手を振っていたので観客席はざわめき、ふたたび万雷の拍手が巻き起こった。隣のバルコニーにも順に照明が当てられる。大神官のセシル、大魔導師のライラと武闘家のタオの夫婦、最後にドワーフのアントンとエルフの妻のレヴィも手を振る。
観客席のなかには村人やこれまでに冒険で出会った人々の顔もあった。
騎士に憧れる少年マルチェロは惜しみない拍手を勇者一行に送る。
その隣の席はガトー姉妹だ。
「お姉様、感動的でしたわね」
「……気に入らないわ。私たちの出番があれだけなんて!」
「お姉様……」
ぷいっとそっぽを向くショコラの頬が赤くなったのを見てミカがくすりと微笑む。
その後ろでは海賊たちがおいおいと涙を流していた。
「お前たち! 船乗りが涙を流すんじゃないよ!」とマーレ船長の声が響くが、「船長だって!」と船員一同から突っ込まれる。
「あー面白かったな!」
「そうね! まさか私たちの結婚生活がお芝居になるなんてね……」
貴賓席から廊下へと出た勇者がんーっと伸びをする。あいかわらず腹が突き出ただらしのない体だ。そこへ隣の席からセシルが出てくる。
「お久しぶりです。勇者さま、シンシアさん」ぺこりと頭を下げる。
「ゆーしゃ! シンシアおねーちゃん!」
セシルの後ろからぺたぺたという足音とともに少女の声が響く。
少女の後ろを少年が「おねーちゃん、まってよー」と追う。
少女がシンシアに抱きつく。「えへへー」と少女が笑う。どことなくライラに似ている。それもそのはずだ。
「ホントに母親似だな!」と勇者が笑う。
「ちょっとあんたら! 静かにしないとあかんよ?」
貴賓席から出てきたライラがたしなめたので、少女が「ぶー」とふてくされる。
「逆にこっちは父親らしくないな」勇者が少年の頭を撫でるとタオが「ほっとけ」と笑う。父親らしくしようとしてか、髭を生やしている。
「おーう。みんな揃ってるのぉ」ドワーフの胴間声が響く。
アントンの隣でレヴィが音色を思わせる声で「みなさんお久しぶりです」と挨拶する。「さ、あなたもみなさんにご挨拶しなさいな」レヴィの後ろに隠れている金髪碧眼の、一見すると少女と見間違うような我が子に言う。
ドワーフとエルフのハーフがおずおずと前に進み出る。
「あらかわいい♡」とシンシア。
「会うのは初めてだな! よろしくな」
勇者が握手しようと手を差し出す。少年がもじもじしながらも手を握る。
「いででででで!!」
小柄な体に似つかわしくない怪力で握りしめられた勇者が悲痛な叫びをあげる。レヴィが「ごめんなさい。大丈夫ですか?」と詫び、アントンが「見た目はレヴィ譲りだが、中身は俺ぁゆずりだの!」とがははと笑う。
「皆さま賑やかそうですね」
凜とした声がするほうを向くと果たしてローテン王国の王女、テレーゼがにこりと微笑む。傍らにはベルトルトがいつものように絹のハンカチを目に押し当てている。
「ふたたび勇者一行にお目にかかれることが出来て、光栄の至りです!」とむせび泣く。
「皆さま、舞台はいかがでしたでしょうか?」
「おう! すげぇ良かったぜ!」と勇者が代表して感想を述べる。
テレーゼがふふと微笑む。そして後ろを振り向く。そこには旅装束の男がいた。
「あなたのおかげで脚本が出来上がりました。あなたが書かれた旅の記録がなければ舞台の完成はありませんでした」と礼を述べる。
「いえ、舞台が日の目を見ることが出来て何よりです」
それでは用事がありますのでと断って旅人が踵を返そうとすると思い出したようにくるりと向き直る。
「そうそう、忘れるところでした。勇者殿、もし機会があればデンゲ村を訪れてください。村長からの伝言です」
「あ、ああ」
では……と旅人がその場を立ち去る。
「ねぇ、あの人誰なの?」シンシアが夫に聞く。
「んー……どこかで会ったような気がするんだよな……」
まぁいいかとぽりぽりと頭を掻く。
「それでは皆さま、舞台の成功のお祝いをしますので食堂へご案内します」
勇者一行からおおっと快哉があがる。テレーゼの後をついて行こうとした途端、シンシアが呻きながら腹を押さえたので一行が何事かと彼女を見る。
「シンシア、どうした? 大丈夫か!?」
「うごいた……動いたわよ!」
シンシアがやや膨らんだ腹を撫でる。
「ホントか!? どれどれ?」
勇者がシンシアの腹に頬をぴたりとくっつける。すると勇者が吹っ飛ばされた。
「ってぇ!」
「痛っ!」とシンシアが腹を押さえる。
気安く触るなと言わんばかりにシンシアの腹からまだ見ぬ赤子がどんどんと蹴る。
「どうやら産まれてくる子はシンシアちゃん似のようだの!」とアントンががははと笑うと一同もつられて笑った。
「あっあのっ!」
皆がセシルのほうを見る。
「いつみなさんに報告しようか迷っていましたが……」
「どうしたんだ? セシル」勇者が蹴られた頬をさする。
すぅっとセシルが深呼吸してから口を開く。
「実は、私この度婚約しまして……」
そう言うと左手を見せる。薬指に婚約指輪がはまっていた。
一同が仲間の婚約を祝う。
「よかったねぇ。セシルちゃん……」
ライラがよしよしと彼女の頭を撫でる。
「あ、ありがとうございます。残念ながら彼は忙しくて来られなかったのですが……」
「今日はめでたいことだらけだな! よし、みんなで祝杯をあげようぜ!」
先に行こうとする勇者をシンシアが「ちょっと! 勝手にずんずん行かないでよ!」とたしなめる。
食堂には純白のクロスがかけられた長テーブルの上には豪華な料理が並んでいた。子どもたちもわああと目を輝かせる。
卓についてそれぞれがグラスを手にする。むろんシンシアや子どもたちはジュースだ。
全員にグラスが行き渡ったのを確認すると勇者がうなずいて、こほんと咳をひとつ。
「最高の
The End…………もしくは子どもたちの冒険に続く……?
勇者の魔王討伐後のセカンドライフ日記 ~おお、勇者よ。だらけてしまうとは何事か~ 通りすがりの冒険者 @boukensha1812
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