#4 入学式
「それではこれより、第52回
校長と紹介された人物の声が小さめの体育館に響いた。俺、間宮凪は今日、この東京都立初重・久慈川高校で新たな生活を始める。
高校といえば、仲間たちとふざけあって笑ったり、休みの日はファストフード店で何時間もダラダラしたり、時にはぶつかり合って友情を深めたり、そして美少女と恋に落ちたり…と俺の妄想は膨らむばかりで、校長の有り難いお話は右から左へ流れてゆく。
周りを見渡してみると、俺と同じく今年入学してきた生徒はざっと50名弱といったところだろうか。1クラスにするには少し多いため、ここからいくつかのクラスに分かれるのだろう。
「ありがとうございました。それでは、新入生を代表して1年1組
「新入生の挨拶なんてあったのか……」
普通こういう場合は、入試時の成績が最も良かった生徒が高校生活への期待や意気込みを語るものだ。そいつは最初の2、3日はちょっとした有名人になるものの、卒業する頃にはみんな「あぁ、そういえばそんなことがあったな」と思い出す程度だ。杉谷と呼ばれたそいつは、俺と同じクラスだった。一体どんな生徒なのか見てみよう──
「…………っ……!?」
と、俺は思わず息を飲んだ。女性教師の紹介とともに舞台に上がったそいつは──
昨日よりは数倍キラキラしているが、間違いなくあの「カラオケ歌番長」の無愛想な定員、メガレジだった。
◇
「ねえねえ杉谷くん、さっき挨拶してたってことはやっぱり頭良いの?」
「杉谷くん、どこの中学出身?あ、私ミカ!よろしく!」
式が終わりホームルームに戻ると、昨日俺に対して死ぬほど無愛想な接客をした「メガレジ」こと杉谷奏多は、入学初日から複数の女子生徒に囲まれていた。
「ウソだろ、あいつ……」
昨日のボサボサの髪、蚊の鳴くような声、そして死んだ目のトリプルコンボからは考えられないようなキラキラリア充男子と化した杉谷は、もはや俺の知っているメガレジではなかった。でも俺が見間違える訳がない。昨日見たメガレジにも、そして杉谷にも、右目の目尻という同じ場所に泣きぼくろがあったのだ。
「まみや」と「すぎや」では少し出席番号が離れているため、近くで様子を伺うことはできない。しかし18名しかいない1年1組では、杉谷の取り巻きの女子数人が放つエネルギーは少し大きすぎた。ていうかただでさえ人数が少ないんだから、あまり人間関係を積極的に構築しようとするなよ……と、内心ビビっている俺に、前の座席の男子生徒が振り返って話しかけてきた。
「お前、間宮っていうのか?俺は
鉢川と名乗ったそいつは、坊主頭のザ・野球部といった感じの爽やかな生徒だった。根拠はないけど、仲良くなれそうだ。
「間宮凪。よろしく。……野球やってたのか?」
「よく言われる。けど違うんだ、俺が好きなのは……ジャズだ」
鉢川は人差し指を立て、声を潜めてそう告げると、イタズラっぽく笑った。目の前の坊主頭とジャズという単語がなかなか結びつかず、俺はあんぐりと口を開けた。
「え……マジ?」
「マジだよ」
そう言葉を交わしたところで、男性教師が教室に入ってきた。散り散りになっていた生徒たちが皆自分の席に戻ったところで、彼は口を開いた。
「俺はこの1年1組の担任になる成田だ。ごく普通の数学教師だけど、取り敢えず1年間よろしくな。それじゃあ早速自己紹介から。相川」
「はいっ」
教室の角に座る相川と呼ばれた女子生徒は、立ち上がると体の向きを変えて話し始めた。
「相川みくりで〜す!中目黒の中学からきました!ミクって呼んでね!」
うげ、こいつ、さっき杉谷に話しかけてた女子だ……耳の高さで結ばれたツインテールといい、やけに大きいヘアピンといい、楽しそうなその話し方といい、相川は模範的な「渋谷の女子高生」でしかなかった。関わることは、恐らくなし ─── と。
自己紹介はその後なんとなく進み、1年1組には、特に変な生徒はいないことがわかった。そう、この相川みくりと、
「杉谷奏多、7月7日産まれ。趣味は……
◇
鉢川の自己紹介が終わった。案の定、男子生徒から「野球部?」とヤジが飛び、「いや、俺は帰宅部だ!」と鉢川が答えると、教室中が笑いに包まれた。この後に俺が自己紹介って……
「間宮凪です。趣味は……音楽を聴くこと。引っ越してきたばっかりでこの島のこと全然知らないけど、よろしく!」
特に突っ込まれることもなく、拍手が起きる。俺はふう、と息を吐きながら座った。取り敢えず高校生活の第1イベント「自己紹介」はクリアしたようだ。無難な内容を落ち着いたトーンで話す。もちろん、控えめな笑顔も忘れずに。これさえ守っていれば、初日から浮くことも、クセの強いクラスメイトに絡まれることもない。今まで犠牲になっていったラノベの主人公たちに感謝だ。
「……ということで、この18人でこの1年間過ごすわけだ。明日はオリエンテーションを兼ねた先輩方からの部活紹介もあるぞ」
一部の生徒から小さな歓声が上がる。部活か……全く考えていなかったな。
「というわけで、今日は解散!」
成田がそう言って教室を出て行くのを合図に生徒たちが一斉に帰る支度を始める。
「お前も音楽好きなんだな!」
鉢川が俺の方を叩きながら話しかけてきた。
「そうだよ、さっきはタイミング悪くて言えなかったけど、結構色々聴くんだ。ボカロとか」
「ぼかろ……?」
しまった、話しすぎた。思わず握った手に入れる力が強まる。そう思ったのも束の間、
「ぼかろってあれだろ?機械に歌わせるやつ!あれすげえよな、ジャズと合わせたら絶対カッコいいと思うんだよ」
鉢川は俺の想像を超えた返事をしてきた。てっきりネガティブな反応をされると思っていたので、拍子抜けしてしまった。
行くぞ、と鉢川は続ける。玄関まで肩を並べて歩くのが当たり前かのように、目で「早くしろよ」と合図する鉢川におう、と返事をするだけでは足りず、俺は思わず「お前、いいやつだな」と声をかけた。
鉢川は、目を合わせず「そうか?」と返事をした。
久慈川高校カラオケ部 一条あきら @akira_xx
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