#3 出会い


── どうしてこんなことになったんだっけ?


俺、間宮凪は今、初対面の美少女の歌を延々と聴かされている。



遡ること30分前。


「あなた、カラオケが好きなの?」


「…え?」


「引っ越してきた2日目にほぼ無人のカラオケで美少女の部屋を覗いた」なんて文章にすれば犯罪臭しかないが、そんな美少女はドン引きしたり悲鳴をあげたり罵ったりすることもなく、俺を強引にソファに座らせた。少し変わった少女である。


「いやまあ、好きです」


「そう…嬉しいわ。私もカラオケが好きよ」


美少女は何故か俺に握手を求めた。16年間、所謂「彼女」というものも「好きな人」というものもなく、体育など義務的な場合かちょっとした距離感の誤りでしか女性に触れたことがない俺は少し戸惑ったが、初重島はつえじまで最初の知り合いになるかもしれない人だ。俺は平静を装って右手を差し出した。もちろん、メガレジはノーカウントである。


彼女は瀬川真昼せがわまひると名乗ったので、俺もそれに従い名前を告げた。艶やかな黒髪、同じ色の瞳、整った薄いピンク色の唇、とにかく白くて透けそうな肌、そして、落ち着いた話し方と相まって彼女の上品さを演出しているシャツワンピース。全てのバランスが良く、彼女はまるでキャラクターのようだった。


「そう、間宮くんは音楽が好きなのね。それじゃあ、私の曲も聴いてもらえる?」


そう言いながらマイクを手に取った彼女が入れた曲を見て、俺は思わず息を飲んだ。この曲は──



「…こんなところかしらね。そろそろ時間だわ」


彼女はそう言いながら立ち上がった。なんとなくそうしなければならないような気がして、俺もスマートフォンで開いていたアプリを急いで閉じて立ち上がった。画面を見られてはいないだろうか?


「あなたの部屋の伝票は?私に頂戴」


「え?いや、いいですよ!女性には一銭も出させません」


「私はVIP会員だからだいぶ割引になるの」


カラオケのVIP…?離島は俺の知らないことだらけだ。


「じゃ、じゃあ、お会計一緒でオネガイシマス…」



外に出るとちょうど日が沈む頃で、俺は初重島はつえじまで初めて見る夕日の美しさに心を打たれた。でも、レジの担当は相変わらずメガレジだったのでプラマイゼロといったところだ。


「今日はありがとう、付き合わせて悪かったわね」


「いえ、とても勉強になりました。また歌を聴かせてください」


「そうね。それじゃ、またいつか」


「はい、また」


離れていく彼女の背中を見つめながら、俺はもやもやとした気持ちになった。


「楽しかった、し、上手かったんだけど…」


あのビブラート。あのブレスのタイミング。あの伸ばし方。なんだかパズルのピースが上手くはまらないような歯がゆさに襲われつつも、俺も帰路に着くことにした。



なんだか気になって眠れず、俺は眠りへ向かっていた体を起こし、机の前に座る。ヘッドホンを装着し、自前のパソコンで彼女が今日歌っていた曲を再生する。ちゃんと聴くのは久し振りだった。


「やっぱり…」


彼女は、をする人だった。


俺は帰りに買ったコーラを一口飲むと、今日体験した不思議な出来事と、明日が高校の入学式であること、そして、コーラを飲んだことによりもう一度歯磨きをしなくちゃいけなくなったことを思い出し、パソコンの画面を閉じた。


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