#2 トゥウィンクル・プラネット
自慢じゃないが、俺、
「その感覚を離島に持ち込んだ俺が間違ってたのか…」
カラオケを求めて新品の自転車で島中を探索した俺は、2時間かけてやっと店舗を見つけた。「カラオケ歌番長」と書かれた看板のあるその建物は、いかにも「最盛期から10年経ちました!」というような出で立ちで俺を出迎えてくれた。
マジかよ、流石にこの1店舗だけってことは…
腕を組みながら空を見上げ、俺は家を出てから見た風景に想いを馳せる。
無駄に広い道、人が疎らな商店街、
リゾートとは程遠い薄汚れた海岸と船、
殆ど意味のない信号機、
昭和の香りが強すぎるスナック、
図鑑でしか見たことのないような植物、
そして、最後の希望をかけてやってきたこの港の近くの交差点_
「うん、ここだけだ!」
でも逆にチャンスかもしれない。知り合いが1人もいないこの
◇
「…らっしゃっせ」
薄暗いカウンターに突っ立っていたのは、死んだ目のメガネの青年だった。20代半ばくらいだろうか?こいつは番長じゃないな。俺はそう思いながら、彼のいるカウンターへ近づいた。
「学割で、2時間でお願いします」
「…はい、…………すか?」
「え?」
メガネの彼、ここからは便宜上メガレジというあだ名を勝手につけさせてもらうが、そいつはレジを操作しながらめちゃくちゃ小さい声で俺に何か聞いてきた。
「機種は、何になさいますか?」
「あ、あぁ…JAM SOUND NEOで」
引っ越す前に利用していた最新機種を告げ、時間を確認するためにスマートフォンを取り出す。一瞬メガレジの表情を見てみると、彼は俺と同い年くらいに見えた。気のせいだろうか?
「…ないっすね」
「え?………あぁ、すみません。じゃあ1番新しいやつを」
かしこまりま…と告げてなぜかメガレジはスタッフルームへ消えた。何だあいつ、貴重な客(これは俺の勝手な予想だ)を適当にあしらいやがって…と思ったが、恐らく関わる機会は殆どない、事務的な会話しか生じない相手に使うエネルギーは勿体ない。
そんなことより、俺はここが離島だということを完全に忘れていた__ 痛恨のミスだ。
JAM SOUND NEOは収録楽曲数が多いだけでなく、有名どころからドマイナーなアーティストまで、公開されたばかりの曲もすぐに歌えるようになるため、毎日動画サイトで曲を聴き漁っている俺のお気に入りだった。それが使えないなんて…
「112のお部屋にどうぞ」
俺が感傷に浸っていると、メガレジが戻ってきて俺に小さなカゴを差し出した。カラオケではお決まりの、部屋番号と退室時間が書かれた紙、フードとドリンクのメニュー、そしてウエットティッシュの3点セットが入ったものだ。
薄暗い廊下を進む。春休みだというのに、俺と同い年の高校生どころか人っ子ひとりいない。このカラオケ、大丈夫なのか?さっきもレジにはメガレジしかいなかったし…と考えたところで、俺の頭に1つの仮説が浮かんだ。
「待て、俺がこの歌番長に通うってことは、あいつといつも会わなきゃいけないってことか…?」
せめて美少女のバイトがいてくれ。それで2人は恋に落ちちゃったりね…適当な現実逃避をしながら、俺は112の扉を開けた。
◇
カラオケらしいチープなソファに腰を下ろす。広い廊下から狭い部屋に入ったはずなのに何故か安心して、俺は大きく息を吐き出す。モニター脇の棚からマイクとデンモクを取り出し、素早く文字を打ち込み、イントロが流れるのを待つ。
〈 いつか出逢う僕ら 同じ歌を口ずさむなら 〉
〈 それは運命と名付けよう まだ見ぬ君は今どこにいる? 〉
今朝アラームで聴いてからずっと歌いたかった曲だ。見た目も性格も中身も平凡、勉強も部活も人並みな俺だけど、聴く音楽の幅広さと、音楽への愛は同級生には負けないと密かに自負している。だからこうして、特に熱を上げているわけではない女性アイドルグループの歌も知っているのだ。
〈 気づいてる?もう すぐ隣にいること 〉
〈 これはお伽話なんかじゃない 僕と君を巡る物語だよ 〉
モニターにはPVらしき映像が流れている。ピンクや水色、黄色のパステルカラーで彩られた揃いの衣装を着た5人組だ。動画サイトで曲を聴いたときは画面を見ていなかったため、初めて彼女たちの顔を見る。
ポニーテール、ツインテール、ショートカット、セミロング、ロング。
自慢ではないが女性慣れしていないもので、髪型でしかメンバーを判別することができない。
〈 何も知らない 気づいていない君の手を引こう 君はびっくりするかもしれないけど 〉
〈 僕は君にこう告げるのさ、「You are my destiny!」〉
少女漫画のようにキラキラした歌詞だ。だけど何よりもこの曲で好きなところは、アイドルソングとは思えないようなロックなメロディーだ。彼女たちの少し低い声、甘ったるい歌詞とPV、そしてロックなメロディー。全てが違和感なく噛み合っているのは奇跡だと思う。2か月前にアップされたこの曲は、まだ再生回数が4000回ほどだった。もっと聴かれるべきだ。そんなことを思いながら、俺は次に歌う歌を予約した。
◇
1時間半ほど経っただろうか。あと歌えるのは5曲くらいだろう。そう思いながらスマートフォンを取り出し、音楽アプリを立ち上げる。
「♪〜」
ふと聴き覚えのある曲が耳に入り、スクロールする手が止まる。俺が最初に歌った「トゥウィンクル・プラネット」だ。最近聴きすぎて頭の中で流れていたと思ったが、耳を澄ませてみるとどうやらそれは別の部屋から聴こえてきているらしい。
「俺の他にこの曲を知っているヤツが…?」
そうなるともう好奇心は止められない。俺はこっそりとドアを開けると、音の方向へ向かった。
相変わらず人はいないため、怪しまれることはない。その歌声は、俺の斜め向かいの部屋から聴こえてきているようだった。
中央がすりガラスになっているドアにそっと顔を近づけ、中を覗き込む。
「っ…!」
美しい横顔、艶やかな黒髪、
そして何より、俺が思い描いていた透き通った声。
心が奪われた、そう思った。
…と、途端に演奏が止まり、歌っていた少女がこちらを振り向き、そして俺に向かって歩いてくる。
「やっべ…」
足がすくんで動けない。俺は必死で念仏を唱えた。ワガママではあるが、地獄には行きたくない。まあ、地獄にカラオケがあるならいいか__
ガチャ、と音がして、彼女の部屋のドアが開かれた。俺の念仏はほぼサビに差し掛かっている。南無阿弥陀……
「あなた、カラオケが好きなの?」
「…はい?」
これが、忘れもしない、俺と
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