第41話 「平凡の向こう側へ」

「じゃが、そうではないのじゃよ」


「へ?」


「普通で無個性で平凡であることは、裏を返せばその人の可能性が無限大だという事なのじゃよ」


 どういうことだかわけがわからない。一から説明してくれ。


「人というものはな、才能があるとその道しか見えなくなるのじゃよ。それ以上に広がっている世界に対して盲目になるものなのじゃ。現にほら、お主もさっき才能の有るほうによがろうとしたじゃろう? 確かにその道は安全が保障された舗装道路だからの。そちらを選ぶのは当然じゃ」


 先ほど俺は確かに、リスクの少ない水泳選手を選んだ。それは、テニス選手になるという茨の道を進むのはあまりにも危険だと考えたからだ。


「そういう人の場合ほかに夢があったとしても、きっとただの気まぐれとして片づけてしまうじゃろう。自分の才能に固執するというのはそれ以外の可能性を潰すことに他ならないのじゃ」


 長老は続ける。


「しかし、平凡な人間ならばどうじゃろうか。普通であるがゆえに、どの道を選ぼうがそれはでこぼこ道じゃが、逆に言えば、自分の進路が何物にも囚われないという事じゃ。水泳選手を目指そうが、テニス選手を志そうが、誰もその夢を邪魔しない。それはある意味、一つの事に特化しているよりも素晴らしいことだと思わんかの?」


「まあ、それも一理ある。けれど、水泳の才能があるやつらを超えて水泳のトップアスリートになることは簡単な事じゃない」


 才能がないということは、それだけスタート地点が後ろにあるということだ。その距離の差は容易に詰められるものではない。


「当然、他のやつらよりも努力は必要じゃろうな。挫折することだってあるじゃろう。じゃが、コツコツと努力を積み重ねた先で得られる力は、何物をも凌駕するのじゃ。簡単に手に入れた天性の才能になど、断じて破れることはない」


 俺は雷に打たれるような気持ちになった。


 今まで俺は自分に特長が無いことを言い訳にして、何の努力もしてこなかった。何の夢も描いていなかった。


 けれどそれは単なる「逃げ」でしかない。目の前に広がっている大海原を見て、自分には船が無いから、と言って陸地で突っ立っているだけだったのである。


 船が無いなら全身を使って泳げばいいということに気づかないまま、今までの人生を無駄にしてきたのだ。


「椎菜もまた然りじゃ。あいつは今まで自分の弱さを盾にして、引っ込んでいるような奴じゃった。けれど今日、椎菜は変わった。自分が本当に守りたいものを守れるだけの力を手に入れたのじゃ」


 長老は感慨深げに目を閉じた。


 何だかすっきりした気分だ。椎菜の発光の謎や警察の不自然な登場の疑問が解けただけでなく、俺自身のコンプレックスもかなり緩和されたような気がした。


「幸樹殿、報告ご苦労であったな。今日は是非しっかりと身体を休めてくれ」


「ああ、そうするよ……あ、最後に一つだけ。一番最初に俺を迎えに行かせたとき、何で椎菜を抜擢したんだ? それこそ菌力だけ見れば冬榎とかの方が適任だろ?」


 まさか長老は椎菜の力を引き出すことを最初から狙っていたのではなかろうか。


「ん? ああ、それは椎菜がどうしてもやりたいって言い続けてたからじゃぞ。本当は儂も冬榎に頼もうと思っていたのじゃが、ずっと前からやりたかったって椎菜が必死に懇願するものだから、椎菜に任せたのじゃ。積極性のない子じゃったから、少し嬉しかったのう」


「あ、そうですか」


 どうやら俺の見当違いだったようだ。まあ、それならそれで構わないのだが。


「あ! あと一つ!」


 たった今、ちょうど長老の黄金色の頭を見たことで気がついたことを口にする。


「もしかして……長老の祖先ってシイタケ?」


「お? ふふっ、さあどうかのう?」


 長老は楽しげに笑う。


 しかし真実を教えてくれるつもりはないようだ。


「それはいつかのお楽しみ、ということにしておこう。とにかく今日はおやすみ、幸樹殿」


 何だかスッキリしないけど、誤魔化しているってことはきっとそういう事なんだろう。


 それだけわかれば十分だ。


「ああ。おやすみ」


 今日はいろいろあったからな。よく眠れそうだ。


 俺は集会所を出ると、軽い足取りで祖父の家へと帰って行った。

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