第40話 「輝くキノコを割っても、月からの使者は出てこないだろう」
「ここから先はあくまで儂の見立てに過ぎないのじゃが……椎菜の菌力は恐らく『奇跡を起こす』力じゃ」
「……?」
その論理で行くと、シイタケ=奇跡のきのこってことになるんですけど。ヤバイお薬にしか聞こえんわ。
「そもそもの話として、儂らきの娘にとって、菌力が一種類しかないというのはおかしな話なのじゃよ。菌類と人類のどちらの形質も持っているのならば、双方で異なった能力を持つのは当然じゃろう? その力が有用であるか無意味であるかはさておくとして、じゃ」
「まあ、それは確かにそうだな」
「ということは、本来シイタケのきの娘にもきちんと二つの菌力が備わっていたという事じゃ」
「なるほど。じゃあ何で今まで椎菜はそれを使うことが出来なかったんだ?」
「それは恐らく、この菌力を発動させることが極めて難しいからじゃろうな。儂の見立て通り椎菜の菌力が『奇跡を起こす力』なのであれば、それはあまりにも強い力じゃ。下手をすれば世界が滅びかねん。だからそれは最終手段として、菌力の持ち主が本気で力を望んだ時にしか使えないように制限されているのではないかの」
「待て待て待て! その『奇跡を起こす力』っていうのも今のところ長老の仮定でしかないだろ? 話を飛躍させすぎじゃないか?」
そう、あくまでも椎菜の発光が力の発現であるというのも、長老の推察に過ぎないのだ。今の話は確かに筋が通っているが、あまりにも説得力に欠ける。
「……実はの、儂らきの娘達に代々伝わる文献の中に今の椎菜の力と似たような記述があるのじゃよ。その昔、ここがまだ名の無い森林だった頃、ここに住み着いた儂らの先祖たちに大きなピンチが訪れたのじゃ。ちょうど今の儂らと同じように、住処が人間によって荒らされそうになったのじゃ」
ソースあるんかーい。はよ言わんかーい。
「先祖たちは何とか人間を遠ざけようと各々の力で奮闘したのじゃが、その頃の菌力はまだ粗削りで人間には遠く及ばんかった。皆は途方に暮れ、やむなく移住を受け入れようとしていた。しかしそんなある時、『金色の少女』が現れたのじゃよ」
「『金色の少女』……?」
「うむ。そして、その少女が人間たちの前に姿を見せると、たちまち人々はこの森を荒らすことを止め、挙句の果てには崇め奉るようになった。そう、それがこの天神ノ森の始まりなのじゃよ」
俺は長老の話を聞き、以前祖父の幻が伝えてきた天神ノ森の名の由来を思い出していた。長老と祖父(といっても幻だが)の話は整合性が取れており、確かに納得できる。
「この『金色の少女』というのが、今回の椎菜と同じような力を持っていたと儂には思えるのじゃよ。黄金色に光ったと思ったら、不可能を可能にし、形成を一気に逆転する。あまりにも合致しすぎておるではないか。そして、何よりの証拠に……」
長老は一度タメを作り、にやりと笑う。
「『金色の少女』は、シイタケだったのじゃ」
「――!」
さすがにこれには俺も驚いた。どうやら本当にシイタケにはチート能力が備わっていたようだ。……今のうちに椎菜ともっと仲良くして、都知事選にでも出馬してやろうかな。
しかし、疑問はもう一つ残っている。
「ただそうなると、シイタケ自体に『奇跡を起こす力』と関連づいた何かしらの特徴があるってことだよな。申し訳ないが、あの平凡なきのこにそんな特徴があるとは到底思えないんだが……」
「うむ……。まったくその通りじゃ。じゃからこの先は完全に儂の持論に過ぎぬのじゃが……」
長老は俺の目を見ると、突然問いかけてきた。
「幸樹殿、もしお主が世界トップレベルに泳ぎが上手かったとしたら、将来何を目指すと思う?」
おいおいおいおい! 脈絡どこにぶん投げてきたんだよ。
「え? あーそうだなー。たぶん水泳選手になってぼろ儲けしようと試みるかな」
「恐らくそうじゃろうな。儂もたぶんそうすると思う。……まあ、ぼろ儲けという部分は置いといて」
いったい何の話がしたいんだ、この玉葱頭は。
「では、もしその高い水泳能力を持ったままで、テニスがほんの少し他人より上手いとしたら、お主はどちらの道を選ぶ? テニス選手を志すか?」
テニスか……。あれは世界的に競技人口が多いスポーツだ。ちょっぴり他人よりも上手いくらいで生き残れる世界でもないだろう。
「いや、それでも俺は水泳選手を選ぶと思う」
「うむ。きの娘達の菌力も、要はそういう仕組みなのじゃ」
「は?」
いかんいかん。素で失礼な聞き方をしてしまった。これは誰にやられてもイライラするからな。気をつけよう。
「菌力というのは、元のキノコたちが最も得意な事、特化している事、特徴的な事をベースに形作られている。たとえ他に様々な特徴があったとしても、菌力として形になるのは他のきの娘に比べて抜きん出て優れている部分だけじゃ」
確かに、ヤコウタケの光の発光能力は他のきのこには見られないし、エノキタケの冬榎の光を透過する性質も珍しいものだ。あ、舞は割愛で。
「じゃあその要の特徴が無かったらどうなるか。幸樹殿、お主はどう思う?」
「あー、たぶん特殊な能力が何もない、平凡で無個性なものになるんじゃないか」
「平たく考えればそういう結論に至るじゃろうな。現にシイタケは一つしか菌力を持っていなかったわけだからの」
うんうんと長老は頷いている。
「じゃが、そうではないのじゃよ」
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