第39話 「帰還者到着」

 長老室の前に立った俺は、扉を軽くノックした。


「入ってよいぞ」


 扉の内側から長老の返事が聞こえる。


 俺は長老室の中に入り、今日の出来事を報告するために長老の机に近づいた。


「幸樹殿、まずは非常にご苦労であった。この森を守ってくれたこと、きの娘達を代表して改めて感謝申し上げる」


 クラルテの社長室で座り込んでいた俺たちは、あのあと捜索にきた警察官によってビルからつまみ出され、そのままの足で集会所に帰ってきていた。悠月たちがその後どうなったのかは追々わかる事だろう。


「はて……? 椎菜はおらぬのか?」


「今日の事でだいぶ疲れたんだろう。今は部屋で寝てるはずだ」


 椎菜は集会所に到着するなりふらふらと倒れかけてしまったので、俺が無理やり部屋に戻して休ませたのだ。生きるか死ぬかの瀬戸際をあれだけ長い間歩かされたのだ。そうなってしまうのも無理はない。


「そうか。椎菜には少々きつい思いをさせてしまったな……」


 長老は沈痛な表情を浮かべ、ため息をつく。


 人の上に立つ者というのは、やはりこういった悩みがつきものなのだろう。どこぞのクズ社長に見せてやりたい。


「さて……。では幸樹殿、今日の出来事の詳細について報告してくださるか? 儂は最終的な結果しか聞いておらぬのでな」


 長老がそう言ってきたので、俺は今日クラルテで起きた事を細かく説明することにした。ただし、椎菜のあの告白については完全に伏せさせていただいたが。森の進退と全く関わらないししょうがないよね! 情報の取捨選択って大事だからね!


「……なるほど。最後は危ういところを警察に助けられたと……。お主らもなかなかに強運の持ち主じゃな」


「本当にその通りだよ。下手したら今この場に居なかったかもしれないからな。ただ……」


「ただ?」


 俺は一度言葉を切り、意を決して再び口を開く。


「少し引っ掛かるんだよな」


「引っ掛かる? というと警察が来たことがかの?」


「ああいや、それ自体は実は予定調和なんだよ」


 警察がクラルテにガサ入れすること自体は、俺にとってなんの不思議もなかった。なぜなら俺がそうなるように仕向けた張本人だからである。


 冬榎がクラルテの社内機密を持ち帰ってくれたあの日、舞と冬榎にその情報を届けさせた先は警察署だったのだ。クラルテに持ち込んでも、正直リスクの方が高い情報だったし、そもそもそういった情報はその道のプロである警察に届けるのが妥当なのだ。……まあこちら側が怪しまれる危険性もあったにはあったが。


 ただ、それは俺にとってあくまでも保険のつもりだった。


 もしクラルテに天神ノ森を奪われてしまったとしても、家宅捜索によって逮捕者が出れば、あの会社は即倒産に追い込まれるはずだ。そうなれば最終的に土地は俺たちの手に戻ってくることになるだろう。そういう計算だった。


「俺が不自然に感じたのはそのタイミングなんだよ」


「タイミング……」


「ああ。あまりにも早すぎるんだよ、動くのが」


 警察というのは組織で動いている。となれば当然、一つの捜査をするにしても入念な準備を必要とするだろう。あれだけ大きなビルを家宅捜索するとなれば尚更だ。


 しかし今回俺たちが警察に情報提供をしたのは、わずか二日前だ。腰が重いことで有名な警察がこれだけ迅速な対応をすると、さすがに違和感は拭いきれない。前々からクラルテに目星を付けていたということなら一応の筋は通るが、それにしたってあんな中途半端な昼下がりから捜査を開始するというのは、どうにも腑に落ちない感じがする。


「なるほど。儂らに都合よく動きすぎているようにしか見えないということじゃな」


「そういうことなんだよ」


 長老は顎に手をやり、ふむふむ唸りながら考えを巡らせ始めた。


「……幸樹殿、警察が入ってくる前後に、何か不自然なことはなかったかの」


「不自然なこと……あー、椎菜が普段とは違う光り方をしてたなあ」


「普段とは違う光り方、というのは?」


「変身するときの白っぽい光り方じゃなくて、金色に輝いてたんだよ。その時は悠月が俺に銃を向けてきてたから、牽制も兼ねた目くらましだと思ったんだけど……何だったんだろ、あれ」


「……! 金色に輝いていたと……。それはひょっとするとひょっとするかもしれんのう……」


 長老はなぜか少し楽しそうに一人で頷いている。


「何がひょっとするんだ?」


「うむ。もしかすると椎菜のきのこフォルムの時の菌力が発現したかもしれん」


「何⁉ マジで⁉」


 椎菜を含めたシイタケのきの娘達には、昔からきのこフォルムの時の菌力が無かったそうだ。菌力は、元になったきのこの特徴によって決定づけられるわけだが、シイタケは個性が薄いため菌力として形になったのは人間フォルムの時のみであった。その人間フォルムの時の菌力も、相手の思考を〝予想〟することができるという正直中途半端な能力であるため、何とも不憫な気持ちになる。


「でも、菌力って元のきのこの特徴がベースだろ? シイタケが金色に光るなんて聞いたことないんだけど」


「椎菜の菌力は光る事ではないのじゃよ。それはあくまでも椎菜に新たな能力が芽生えた徴みたいなものじゃ。そうではなく、椎菜の菌力は『不自然なほど都合よく警察を呼び込んだ』という点に表れておる」


「あのタイミングで警察が来たのは椎菜のお蔭ってことか?」


 何そのピンポイントな菌力。使いどころ絞られすぎでしょ。


「ここから先はあくまで儂の見立てに過ぎないのじゃが……椎菜の菌力は恐らく『奇跡を起こす』力じゃ」

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