第37話 「あの日からの想いを」
「幸樹さん。どうやら私、これが最後の言葉になってしまうようなので、伝えたかった事全部伝えときますね」
そう言うと、椎菜は深く息を吸い込んだ。
「まずはこの数日間ありがとうございました。とても楽しかったです。一緒に学校で過ごしたり、二人でお泊りしたり……。私には何もかもが新鮮でワクワクの毎日でした。それも全部幸樹さんのおかげです」
椎菜がニコリと笑う。が、その表情はすぐに哀しげに失せて行ってしまう。
「本当はもっとずっとこうして居たかったです。……でも、しょうがないから……」
俯きがちになる顔を必死にあげながら、彼女は少しずつ言葉を紡いでいった。
「幸樹さん、あなたはとっても優しい人です。ええ、確かに初めて幸樹さんの部屋で顔を合わせた時は失礼な人だな~って思いましたけどね」
でも、と椎菜は続ける。
「お祖父さんが亡くなって失意の底にあるはずなのに、あの時幸樹さんは私たちを守るって言ってくださいました。それからいつだって、あなたは私たちの事を気にかけ、心配し、盾になろうと頑張ってくれました。その不器用な優しさが、どれだけ私の心を救ってくれたか計り知れません」
椎菜の声が震え交じりになった。笑顔もどこかぎこちない。
「もうここまで言っちゃったら最後まで言うしかないですよね……。少し、怖いけど……」
目元に涙を滲ませた椎菜がいつものように、笑った。
「私は、私はそんな幸樹さんの事がずっとずっと大好きでした。あの日、あんな姿の私を見て可愛いって言ってくれたあの日から……ずっと……」
「幸樹さんはいつも自分が平凡であることを気にしてますけど、私にとっては他の誰よりもかけがえのない存在です。……だから、私がいなくなっちゃってもそんな事気にしてちゃだめですよ?」
椎菜は悪戯っぽく微笑む。でもだめだ、お前泣きかけてるから全然できてねぇよ。
「私の言葉、ちゃんと聴いててくれました? 私頑張りましたからね? ずっと平凡な人生だったけど……一番になろうって……あなたの一番になろうって……ちゃんと……ちゃんと…………た、たたかいまし……た……よ……?」
ついに堪えきれなくなったのか、椎菜の瞳からは大粒の雫がボロボロと零れ落ち、喉の奥が苦しいかのように声も途切れ途切れになっていった。
「わたし……かてました……? あ、あなたのいちばんに……なれました……?」
そう言うと、椎菜はしばらくすすり泣いていた。羽交い締めにされているから涙を袖口で拭うこともできず、ただ顔を俯けながら、音を殺して静かに泣いた。
何分間そのままだっただろう。椎菜が再び口を開くまで、俺は何も言うことが出来ず彼女をじっと見つめていた。
「ご、ごめんなさい……もうだいじょうぶです」
全然大丈夫そうには見えないが、だいぶ落ち着きを取り戻したのか、声の震えやしゃくりはほぼ収まっている。
「えっと、勝手なこと言うようで申し訳ないんですけど、最後の質問やっぱり無しでお願いします。答えが予想できちゃうとどちらにしても切なくなっちゃうんで……」
彼女はまた泣きそうな表情をするが、気丈にもすぐに笑顔を取り戻して顔を上げた。……本当に強いな、お前は。
「私が言っておきたいことはこんなもんですかねー。あ、最後に一つ! 幸樹さん、さっき私に言おうとして結局言えなかった言葉、とても嬉しかったですよ。叶わぬ願いにはなってしまいましたけど、最後にお土産をもらえて良かったです」
ありがとうございました、と最後に付け加え椎菜は口を閉じた。
いつの間にか後ろで紫煙をくゆらせていた悠月が、クリスタルの灰皿に煙草を押し付けてこちらに一歩踏み出した。
「ずいぶん長いこと喋っていたみたいだが、これで満足かいお嬢ちゃん?」
「はい。言い残すことはもうないです」
椎菜はこれから殺されることを微塵も感じさせないほどはっきりとした口調で答えた。
――何が叶わぬ願いだ。勝手に諦めてんじゃねぇよ。
「じゃ、殺らせてもらうぞ。いいな?」
「ええ。いつでも」
――俺はこの期に及んでも一緒に生還することを諦めてないんだぞ。だって……今の俺にとって最も大事なのは……。
「おい、銃をよこせ。こいつは俺の手で殺る」
悠月は黒人からひったくるようにピストルを奪った。
――考えろ考えろ考えろ! この状況を打開する方法がどこかにあるはずだ‼
俺は周りを見回すが、何も見当たらない。武器になりそうな物も、天地がひっくり返るようなアイデアも、全く見つからなかった。
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