第29話 「彼女のもとには仕事が舞い込む」

「幸樹さんもなかなかえぐい手を使いますよねー」


 集会所の入り口をくぐるなり、椎菜はなんだか楽しげにそう言った。


「なんで嬉しそうにしてんだよ。喜ぶところじゃないから」


 俺と椎菜は、山奥の方へ迂回しながら戻ってきている舞たちよりも早く、集会所に到着している。


「え~? だってあの黄色メットのおじさんの顔見ました? 森を壊そうとするやつにはお似合いの絶望に満ちた表情でしたよ」


 お前ちょっとSっ気あるよな。椎菜のSはサディスティックのSなの?


「お前なあ……あの人達だって仕事でやってるんだから別に悪気があったわけでは無いんだぞ? ちょっとやりすぎだ」


 まあ、タイミング的には最高の菌力だったけど……。


「でも、あれが無ければ今日一日でだいぶ森の木が失われていましたよ」


 確かに椎菜の言うことももっともだ。そこに関しては素直に感謝すべきだろう。


「このまま『呪われた森』っていうイメージをつくりあげて逃げ切っちゃいますか?」


「う~ん……」


 「呪われた森」という印象が定着すれば無闇に森に手を出す人も減り、結果的に森はそのままの姿で在れる。


「それは良案だと思うし、実際ここに帰ってくるまでに色々考えても見たんだが……」


 俺はそこでいったん言葉を区切る。


「でもそれは諸刃の剣かもしれないな」


「諸刃の剣……ですか」


「ああ。確かに人をここから遠ざけるという意味ではある程度理に適った方法だといえるが、度が過ぎれば逆に人が寄り集まってくるだろう」


「……?」


「お前らの菌力ってやつは世間的に見れば怪奇現象の類だ。そんなものが世に知られればオカルトマニア達が黙っていないだろうし、原因不明の重篤患者が出たとなれば下手すりゃ行政まで出てくる始末だろうな」


「それは……はい確かにそうですね……」


「そうなるとたとえ姿を隠すのが上手いお前らといえど、ここでの今まで通りの生活は厳しくなるだろう。よしんば隠れおおせたとしても余計に世間の注目を煽るだけだ。いずれ露見する」


 あくまでこの「呪われた森」作戦は一時しのぎに過ぎない。であるならばやはり――。


「だからここできっちりとクラ――」


「クラルテを潰しておく必要があるじゃろうな」


 うわーまた出た長老。話聞いてんなら最初から顔出せや。いつも遅れてやってくるとかお前はヒーローか。美味しいとこばっかり持ってくなよ。


「今日森を荒らしてたやつらも、聞けばクラルテの下請けらしいの。クラルテにとってもゴルフ場が出来れば稼ぎ口になる。きっと明日からも別の下請け企業が派遣されることになるじゃろうな」


「確かに、今回の件だけで手を引くような奴らじゃないとは思う」


 うむ、と長老は大きく頷く。


「かといって今日のような手が何度も通用するとは考えにくい。上手くいったとしても先ほど幸樹殿が語ったようなシナリオを辿るだけじゃろうな。ただ――」


『ただ?』


 椎菜と俺は先を促す。


「逆に言えばクラルテさえ退けられれば、今後しばらくはどの企業も手出しはしてこないはずじゃ」


「どういうことです?」


 椎菜はその理屈が飲み込めないらしく、小首を傾げて尋ねる。


 よしよし。今度は俺が美味しい所を奪ってやろう。


「クラルテはここらへんじゃ一番力のある企業だ。当然金も人材も豊富だし、周りの企業もそれを承知している。そんな中でクラルテに土地を渡さないということは、土地の所有者の固い意志があることを対外的にアピールできるってわけだ。あのクラルテにさえ売らなかったんだ、うちには見向きもしないだろうってな」


「あ~なるほど~!」


 椎菜はようやく納得したらしい。歓喜の表情を浮かべる彼女にあらん限りのドヤ顔をしてみせる。うわー俺ってば天才!


「その通りじゃ。じゃから一日も早くクラルテとの売却交渉……というか無断で行われておるから、まあいざこざ……かの? に早くケリをつけねばなるまいな」


 長老とのこれからの方針についての話がひと段落付いたところで、森をぐるっと回っていた舞たちが戻ってきた。


「た、ただいま! あ、長老! 無事に任務完了したよ!」


「うむ。ご苦労であった。他の者たちもよくやってくれたの。しっかり休むが良いぞ」


 長老からの労いの言葉に、彩り豊かなきの娘達は、口々にお疲れさまですだのお先に失礼しますだのと返して、手足があるのかもよくわからないきのこフォルムで螺旋階段を上っていった。良くも悪くも社会の縮図感が否めないんだよなあ、こいつら。


「舞さんもお疲れさまでした」


 一人だけ人間フォルムのままの舞に椎菜が言葉をかける。


「うん! ありがとう! 椎菜ちゃんもお疲れ!」


 ここで俺はあることに気が付いた。


「あ、そういえば……」


「ん? 幸樹君どうしたの?」


「いや、あのさ、この森が俺の所有地であることを示す書類を用意しとかなきゃかなと思って。さっき親方にそれを指摘されたときは、かなり痛い所を突かれてたから」


「あーそうだったね」


「だから疲れてるところ申し訳ないんだけど舞、役所に行って登記事項証明書をもらってきてくれないか」


 登記事項証明書とは土地の持ち主やら何やらを記載した証明書で、申請すれば誰でも受け取ることが出来る。(長老調べ)


「う~面倒だなあ……でも幸樹君も椎菜ちゃんもここを離れられないもんね……。まあいいや! それぐらいならチャチャッと行ってきちゃうよ」


「おお! 助かる! サンキューな、舞」


 舞は早めに仕事を終わらせたいらしく、今にも出かけようとしている。


「それじゃよろしく頼んだぞ! この天神ノ森とクラルテ・コーポレーションの本社ビルの登記事項証明書をもらってきてくれ!」


「はーい! って何でクラルテも?」


 俺の最後の一言には舞のみならず椎菜や長老までもが疑問を感じたらしい。皆一様に不思議そうな表情を浮かべている。


「どうしたんですか幸樹さん。クラルテの情報収集か何かですか?」


「まあそんなところかな。とにかくよろしく頼むよ」


「う、うん。行ってくるね」


 どこか腑に落ちない様子ながらも、舞は駆け出して行った。


 俺がいきなりこのような脈絡のないことを依頼したのにはもちろんわけがある。


 クラルテはこの地域を中心に事業を行っており、当然本社ビルもこの地域に建っている。両親が訪れたというのも恐らくは本社ビルだろう。


 クラルテはその大きなビルと財力とでこの町の商業を牛耳っているのだ。


 しかし、この町にはそれに対抗しうる大きな力を持った存在があるではないか。


 今は多少分裂してしまったが、それは致し方ない。可能な限りでその存在の力を使わせてもらおう。


 今回の舞の仕事は、その力が武器として効力を発揮できるかの確認だ。結果次第では証明書一枚が火薬の詰まった爆弾になり得る。


「さあ、一気に勝負を決めようじゃないか……」


 病人を見るような目を俺に向ける椎菜と長老は気にも留めず、俺はただ一人勝利を想像して密かに笑うのであった。

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