第27話 「環境破壊と毒キノコ」

「幸樹さん、舞さん! とりあえず準備できましたよ!」


 椎菜の声が頭上から響いてきた。


 螺旋階段の方に目を向けると、そこには色とりどりの髪色をしたきの娘達が整列している。

 茶・黒・白はあたりまえ、ビビッドな赤や鮮烈な青色をしたきの娘までいる。なんというかハロウィンの渋谷感が満載。


「舞さん! 案内の方よろしくお願いします!」


「う、うん! わかった! ついてきて!」


 舞はそう言うと森へ駆け出し、色とりどりのきの娘達も後に続く。


「ほら! 幸樹さんも早く!」


「お、おう」


 最後尾に付いた椎菜が俺を促してきた。きの娘達のバリエーションの豊かさに驚きつつ、俺もカラフルな集団を追いかける。


「森が大きく壊される前に間に合えばいいんですけど……」


 山道を走りながら椎菜がつぶやいた。


「ああ……それはそうなんだが……」


 森がどれだけ破壊されているかも心配なのだが、俺にはそれよりも気がかりなことがあった。


「お前、あんだけ個性全開の集団がやってきたらさすがに怪しまれるぞ」


 きの娘の存在に気づかれてしまえば、それこそ取り返しのつかない事態になる。森を守るとか言ってても、そこに住むきの娘達自身が危機にさらされたら何の意味もない。


「そこに関しては大丈夫ですよ。彼女たちにはきのこの姿で働いていただくので」


「きのこフォルムで働く? 菌力を使うという事か?」


「はい、その通りです」


 確かに菌力は強力なものも多いが、果たしてこの局面を打開しうるだろうか。舞みたいに栄養を与えるような菌力だったらあまり意味がないような気がする。……それにしてもパンチの効いた能力だよな……。


 木々の間を急ぎながら、椎菜がこちらを向いて説明する。


「今回集まっていただいたのは、人体に攻撃が可能な菌力を持つきの娘の方々です。ほら」


 と言って、椎菜は赤い髪のきの娘を指さす。


「例えばあの方は、人間に軽く酔ったような感覚を与える菌力をお持ちです。他にも幻覚を見せることが出来る方や、相手をずっと笑わせ続けられるきの娘さんたちをお呼びしました」


「待て待て待て! それって毒キノコの類だよな⁉」


「まあ、きの娘を『キノコ』としてみるならそうなりますね」


「そうなりますね、じゃねーよ! こっちとしては話し合いでケリ付けたいんだよ! 死人なんか出たりしたらそれどころじゃなくなるわ!」


「大丈夫です大丈夫です! 皆さん自分の力の使いどころはわきまえてますから! それに今回は死に至らしめるほどのどk……菌力を持った方はいませんから!」


 今こいつ毒って言いかけたよな。なぜ訂正した。


「おい、正直に言え。その力、もとい毒によって人は死なないんだな?」


「……」


「死なないんだな⁉」


「………………確約はしかねます……」


「やっぱりじゃねーか‼」


 だって見りゃ分かるだろ。何あの奇抜な色、自分毒持ってまーすって喧伝してるようなもんじゃねーかよ。


「でもでも! 最終手段としてですから! 無闇に使ったりしませんって。それに実力行使に出られてしまった以上、四の五の言ってられないでしょう⁉」


「それは確かにそうだが……」


 かといって、こちらも力に任せた手段に出てしまえば、平和的な解決は絶望的になる。いくらきの娘達がいるといっても、人前に堂々と出られるのはせいぜい俺と椎菜くらいだろう。クラルテ・コーポレーションという大企業を相手にするのだ。交渉の場に立った時に少しでも優位な状態で話を進めたい。


「連れてきてしまったもんはしょうがない。お前からあのきの娘達によく言い聞かせておけ」


「はい! 了解です」


 足を止めることなく椎菜に命じ、前を向く。


 重機の音は確実に大きく聞こえるようになり、だいぶ耳障りになってきた。


「あ、あの! みんな! そろそろ着くからきのこフォルムになって!」


 先頭を走っていた舞が振り返り、後続に呼びかけた。人前に出るときはきのこフォルムになるというのは、彼女たちの間ではどうやらお約束らしい。

 目に鮮やかなきの娘達はそれぞれに返事をすると、眩い光を放ち始める。


「うわっ‼ さすがにこれだけの光になると見てらんないな!」


 俺は思わず目を覆う。


 数秒後に目を開いたとき、そこには派手派手な女の子たちの姿はなく、大小様々なキノコが地面に集まっていた。

 この場でヒトの姿をしているのは俺と椎菜、そして舞だけだ。


「舞は変身しなくてもいいのか?」


 きのこフォルムになると菌力がなくなる椎菜はともかく、舞までも変身しないとは。


「うん~。わたしはキノコの姿になっても菌力の使いどころがほぼほぼないからね~。それにそれに、わたしは他の娘たちとは違って髪色も奇抜じゃないから、このままのほうがむしろ自然かな~って」


「なるほどな」


 確かに舞はパッと見は普通の女の子である。椎菜と一緒に俺の交渉をサポートしてくれればありがたいかもしれない。


「よし、じゃあ俺と一緒に奴らとの交渉に参加してくれ。椎菜はキノコのきの娘に配置とかを指示してから俺についてきてくれ」


「う、うん! 頑張るね!」


「はい。わかりました」


 よし、行こう。


 俺は決意を胸にエンジン音の響く方へ向かう。舞は俺の左後ろをぴょこぴょこと付いて来る。


 木々の間を少し抜けると、チェーンソーやハーベスタを用いて森の木を次々となぎ倒していく集団が見えた。想像よりも広い範囲の木が切り倒されており、ここ一帯だけ異常に日当たりが良くなっている。


 手前側で親方らしき人物が、地面に立てたスコップに身体を持たせ掛けて指示出しをしていた。


「すみませ~ん‼」


 俺がその人の方へ進みながら大声で呼びかけると、黄色いヘルメットを被った親方らしき人は怪訝そうな顔をして振り返った。


「なんだい、兄ちゃんたち! 危ねぇからとっととどきな!」


「この森の木、伐っちゃうんですか?」


 機械のくぐもった音のせいでよく聞こえないので、俺とその人はかなり距離を詰める。


「あ? ああ、そうだよ。なんだかゴルフ場を造るらしいぜ。わかったら早くどきな。そこの嬢ちゃんもだ。怪我しても知らねぇぞ」


 俺の右手の方から、指示出しを終えた椎菜がやってきていた。親方風の人物はめざとくそれを見つけて、退避するように忠告する。


「すみません。俺この森の所有者なんですけど、そんなことを許可した覚えはないんですよね」


「な、何⁉ お前みてぇな若い兄ちゃんがここの持ち主だって⁉ おいおい嘘はいけねぇよ嘘は」


「いえ、本当なんですけど……」


 しまった。それが事実だと示せるものが無い。なんだっけ、あれ……そうそう! 登記事項証明書だ。長老が言ってた土地の所有を証明してくれるやつ。あれとかもらっとけばよかった。


「まあ仮に本当だったとしてもだ、俺らは俺らで仕事受けちまってっからよ。はいそうですかってのこのこ退くわけにもいかねぇのさ」


 親方風のおっちゃんは、あごひげに手をやりながら語り始める。


「クラルテさんはうちの昔っからの大事な取引先でな、あそことの関係がダメになるとうちの社員みんな路頭に迷うんだわ」


 どうやらこの親方は、クラルテの下請け会社の社長らしい。


「上の方からはガンガンやっちゃってくれっていう指示も出ているし……兄ちゃん達には悪いけど工事続けさしてもらうわ」


「いやですけどそんな許可は――」


「ここが! ここが兄ちゃんの土地だって証明できんのかい?」


「っ……」


「うちだって首がかかってんだ。わかったらさっさとどいてくれ。ここの重機が〝事故〟を起こしても知らねぇぞ?」


 そう言って親方は作業に戻った。


 まずいことになった。このままでは森が丸裸にされてしまう。どうにかして彼らを止めなければ。


 ふと横を見ると椎菜が向かい側の木々に向かって怪しげなサインを出している。


「おい、椎菜何を――」


 俺が椎菜に問いかけた次の瞬間だった。


「アハハハハハハハハハハハハハハ‼ アーハッハッハッハッハ‼」


 突然作業員の一人が奇怪な声をあげて、大声で笑い始めた。

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