第24話 「制服を汚した時の怒られ方は異常」
扉を押し開け、再び灯りのともるホールへと出る。
「失礼します」
最後に椎菜が長老に向かって深く一礼して、扉は閉められた。
「ふ――――っ」
やはり長老といると緊張するのか椎菜が長い溜息をついた。
「え? 別にそういうわけじゃありませんよ? いやまあそれも少しはありますけど、もうだいぶ慣れましたし……」
「じゃあどうしたんだよ」
「その……偵察任務に命じられなくて良かったなと思いまして。かなり安心しちゃいました」
「確かに今回の任務はお前の影の薄さだけでは不安だもんな」
「何ですかそれー。なんか複雑です。見つかる可能性がある程度には存在感があるって言ってくれてるようで嬉しいですけど、役に立たない中途半端な奴だって言われてるようで気にくわないです」
「よくお解りで」
「む~。平凡で悪かったですね! 良いですよもう! ……幸樹さんだって無個性なくせに」
めっちゃ不機嫌な表情をした椎菜は、最後に嫌味のように一言付け足した。
俺もちょっと言い過ぎたな。痛い所を突かれたけど、この発言は不問にしよう。
「それに……幸樹さん全然わかってないです」
「え?」
「私が任務に就かなくてホッとしてるのは、別に危険だからじゃなくて学校に行けなくなるかもしれないと思ったからですよ」
「何お前、そんなに学校好きだったの?」
「そうじゃなくて……はあ、もう鈍い人ですね」
そういって椎菜は失望したと言わんばかりのジト目でこちらを見つめてくる。
「あれ? でも結局幸樹さんが学校に行けなくなったんだから意味ないじゃん! クソ――!」
「お前さっきから何言ってるのか全然わかんないんだけど。一から十まできっちり説明してくれない?」
「絶っっっっ対嫌です‼」
安堵したり怒ったり愉快なやつだ。
「とにかく! 明日からはちゃんと森に居てくださいね! どす黒い青春だろうがなんだろうが関係ありませんからね!」
「わかってるって」
この森とお前らを守るって決めたんだ。そんな覚悟はとっくに出来てる。
「そうそう、幸樹さんこれからどこで寝泊まりするつもりですか? 何ならお部屋ご用意しますけど……」
「んーどうしようかな……」
確かにここに滞在していた方が色々と都合は良いのだが……。
「いや、遠慮しとくわ。しばらくは祖父ちゃんの家を使わせてもらうことにする」
相続問題に伴って、これからあの思い出深い日本家屋がどうなってしまうのかわからないから。今のうちに少しでも、祖父ちゃんと過ごした時間をこの肌で確かめておきたかった。
「そうですか。では私もご一緒しますね」
え? 何で? ちょっと何言ってるか本気で分かんないんですけど……。
「だって幸樹さん一人だったらここまで来られないじゃないですか。ナビ役がいないと結果的に困るのは私たちなんですからね」
「なんで俺が森で迷ったって知ってんの……?」
何? お前エスパーなの? かくとうとかどくとかに強いの?
「さっき光ちゃんを抱えていた時点で大体察しますよ。光ちゃんが夜にパトロールしているのは知っていましたから。それに――」
そう言うと椎菜は俺の脚を指さす。
「気づいていないのか忘れてるのか知りませんけど、下半身めちゃくちゃ泥だらけですよ。まだぬかるみのある森の奥の方をさまよっていた以外に考えられません」
こんなの予想能力を使うまでもないですよ、と椎菜は最後に付け加えた。
そう言われてから、自分が確かに汚れていることに気がつく。
「うわっ! やべー制服なのに……。とりあえず何かに着替えないとだけど、祖父ちゃん家に着替え置いてあったっけかな……」
最悪自宅に戻って何着か取ってくるしかないのだが、正直言って今はあまり家に戻りたくはない。それに、両親にきの娘達の事がばれるリスクを考えても、再び自宅に戻ることはあまり得策とは言えないだろう。
しょうがない。いざという時はパン一で過ごそう。制服だからクリーニングに出さないと汚れなんかほぼほぼ落とせないし。
そんなことを考えていると、椎菜が気を利かせてくれた。
「着替えのほうは私が用意しておきますから。ほら、前に幸樹さんがお風呂に入っていた時にも用意したじゃないですか。一応幸樹さんのお持ちになっている洋服は、全く同じものを予備用にいくつか常備してあるんですよ? ええ、もちろん制服もです」
何それ超怖い。何が怖いって、いつかそれが必要になるときが来るって思ってることが怖い。常識的に考えたらいくら多く見積もってもそんなに要らないよね? ねえ?
「ですから、着替えの事はお気になさらず。さ、夜も遅くなってきましたしさっさと天樹さんの家に向かいましょう。早く寝ないと体に障りますからね」
時計が無いので正確な時刻は分からないが、体感的にもだいぶ時間が経っている気がする。俺としても今日は疲れたので、日付が変わらないうちに床に就きたいところだ。
「そうするか。うん、よし行こう」
「はい。行きましょう」
椎菜はニコリと笑うと、俺に先行して暖かな光のこもった空間から一歩外へ踏み出した。俺もほぼ同時に集会所の出入り口をくぐる。
夜が更けてきたからなのか、空には先ほどよりも多くの星が瞬いている。夜の獣道を照らすにはまだ頼りないものの、今度は椎菜が付いているから迷子になるようなことはないだろう。
椎菜は俺の半歩先を楽しげに歩いている。しかし未だに花曇りの多い季節だからだろうか、椎菜の更に向こうには厚い雲が近づいてきていた。
この灰色の衣が星々を覆わないうちにと、俺たちは祖父ちゃんの家に急いだ。
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