第22話 「迷子センターは高校生を受け付けないだろう」
……案の定迷いました。
いやだってしょうがなくね⁉ 何であの菌類たちはたかが一度や二度で道を覚えられると思ってんの? 脳みそ足りてないの?
やっぱり校内迷子になるような俺には、夜の森での隠れ家探しはハードルが高すぎた。あんだけデカい木だからすぐ見つけられると思ったのに。もしかして結界解き忘れてません? もうマジで藪の中なんですけど。真相が、とかじゃなくて全身が。芥川もビックリだよ、こりゃ。
そんな事を考えながら道なき道をガサゴソガサゴソ進み、かれこれ三十分ほど経っている。体は植物の棘で傷だらけ、現在地も不明な状況である。やっぱり軽装備での登山はいかんなー。全国の登山愛好家の皆さんに土下座しなきゃ。
などと言っている場合ではない。森が売られてしまったということを一刻も早くきの娘達に伝えなくてはならないのだ。
見上げれば木々の隙間から星が瞬いているのが見える。しかし、星の明かりというものは想像以上に頼りない。
昔はどうだったのか分からないが、都会とは程遠いこの地でも今となっては地面に届くような光なんてほんの一握りである。「一等星」や「二等星」なんて名前を付けられたエリートだけがこの夜空で輝けるのだ。光の弱い凡庸な星はせいぜいその引き立て役ってところか。空も地上も大差ないな、本当。
とぼとぼと歩いていると、星の淡白な光とは異なる淡い緑色のどこか温かな光が地面にポツンとしているのが見えた。
「あの光り方は……ヤコウタケ……?」
土の上で一つ目を引くその姿はチョコチョコと動いているように見える。だとするとあれはきのこではなくきの娘だろう。
ヤコウタケのきの娘ということは……もしや光か⁉ またあの可憐な妖精が俺の前に降り立ってくれたというのか⁉
俺は目の前のヤコウタケに声をかける。傍から見たらヤバい人だ。
「おーい、光ちゃん……?」
ビクッ! ……スタスタスタ…………。
「ま、待って! 逃げないで逃げないで! 俺だよ俺! 神塚幸樹! ほらこの間集会所に行くときに顔合わせたよね?」
オレオレ詐欺と幼女誘拐のダブルで嫌疑をかけられそうな文句である。
すると目の前のヤコウタケはお決まりの強い光を発し、むくむくとそのシルエットを肥大させた。
「こ……こうきさん……ですか……?」
目の前には光がいた。
「そう、そうそう! 分かってくれた?」
「ごめんなさい……にげてしまって……」
相変わらずあまり目を合わせてくれない彼女に、俺は問題ないと伝える。
「どうして……ここに……?」
「それが……きの娘達に伝えなくちゃいけないことがあって集会所に行こうとしたんだけど迷っちゃってさ。連れて行ってくれないかな?」
幼女に道案内を頼む男子高校生。我ながら情けない。
「わかりました……こっちです……」
俺の頼みにコクンと小さくうなずくと、光は俺の左袖をちんまりとつまんで歩きだした。
人間フォルムになった光には発光効果はすでになく、辺りは先ほどと同じように闇に包まれている。
「光ちゃん、こんなに暗いのに道わかるの?」
「はい……このすがたのときは……くらくてもよくみえます」
そこで俺は、前に彼女に会った時のことを思い出した。そういえば人間フォルムの光には暗視能力があるって椎菜が言ってたっけ。
俺は彼女に引っ張られるがままに暗闇に歩を進める。小さな手に込められた力は春の夜風のように優しく、少しくすぐったい。
「そういえば光ちゃんこそどうしてあんな所に? しかもこんな時間に」
具体的な短針の位置は分からないが、今はもう結構いい時間のはずである。良い子はもう布団に入っていなければならない頃合いだ。
「パトロールです……ふしんしゃがこないようにって」
何ということだ。
こんな小さい子に労働を強いるとはきの娘達の倫理観はどうなっている。労働基準法というものを知らんのか。光ちゃんの身に万が一のことがあったらどうしてくれる。お前ら責任とれんのか? あぁん?
「光ちゃん、いや光! 集会所に着いたら長老たちに断固として抗議しような! 児童労働は児童福祉法で禁止されていますって」
「よくわからないけど……わたしたちはほーりつのてきよーがいです」
なんということだ! きの娘達の初等教育では自分達に法律が適用されないことまで教えてんのか。何その我が子を千尋の谷に落としていくスタイル。希望奪いすぎでしょ。
「それに……わたしはゆーしでとりくんでいますから……」
「あ、そうなのか」
「はい……わたしもちからになりたいので……」
なんて素晴らしい子だ。
光がやりたくてやっているなら、俺にそれを止める理由も権利も無い。思う存分にパトロっちゃってください。
「でも安全には気をつけてくれよ?」
「……わかりました」
すると、ちょうど光が俺を引く力が弱まった。
光は目の前を指さし俺のほうを振り向く。
「あそこ……です」
光が指し示す方向に目を向けると、暗闇に慣れ切った瞳に強い刺激が飛び込んでくる。あれは集会所の灯りだ。
「おお! ありがとう光!」
ここまで来れたなら後は問題ない。俺は本来の目的を思い出し、先を急ぐことにする。
「ごめん光! ここまで連れてきてもらったのに申し訳ないんだけど、一刻を争う事態だから先に行くね」
失礼で非常識なのは百も承知だが、事が事なのだ。
「……まって! わたしも……いっしょがいい……」
先ほどよりも強い力で裾をつかまれた。
「だめ……?」
なにこの可愛い生き物。連れて帰りたいんですけど。
もちろん、こんな強力な誘惑に俺が抗えるわけもなく――。
「だっこしても構わないかい?」
一瞬で陥落した。
まあでも、連れて行くんだとしたらこれが一番良い方法だろう。
「うん……だいじょーぶ」
「よし、わかった」
俺はだっこしやすいように腕を伸ばしている光を抱き上げ、すぐに集会所の方へ走り出した。多少は走る負担になるかとも思ったが、腕の中の光は嘘のように軽く全く邪魔にならない。うひょー役得役得!
軽い気持ちと足取りで集会所へ急ぐ。入り口から漏れ出る温かな灯りが一歩一歩近づいてくる。
ものの数十秒で入り口にたどり着いた。相変わらず大口を開けている巨木が俺たちを迎え入れる。
少しだけ乱れた息を整えながら、俺は集会所の中に呼びかけた。
「おーい! 椎菜! 椎菜はいるか!」
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