第19話 「うちの山ガールは登山を甘く考えすぎている」
その後の授業と休み時間は、言うまでもなく惨憺たるものだった。
「まあでも、私も良彦さんも幸樹さんを見捨てたりしませんから」
初歩をすっ飛ばしたせいで全く理解の追いつかない講義と、初日以来すっ飛んでたせいで全く関係の深まらない人付き合いの多段攻撃を抜けると、いつの間にか黄昏時を迎えていた。
俺は帰り道が一緒、というか俺の土地に住んでいる時点でむしろ同居といった方が適切と思われるクラスメイトと家路についている。
「それにクラスの皆さんだって、そのうち幸樹さんの存在を認識してくれるようになりますって」
入学ボッチが確定し悲嘆にくれる俺に、椎菜は先ほどから優しい言葉をかけてくれている。
「まあ、お前がいてくれてありがたかったかもしれないな……」
俺の押す自転車と夕日の作る影が椎菜の足元にコントラストを描く。
実のところ、俺は案外これからの孤独をそれほど憂いてはいない。確かにショッキングではあったし、以後の学校生活に不安を抱かなかったわけではない。
でも、心の奥底にはこの展開になぜかホッとしているような自分がいた。
もし無事に高校スタートダッシュを決められていたとしても、俺はあの人達の輪には入れなかったはずだ。キラキラしているリア充たちの眩しさに目を細めている俺の姿が、そこにはあったはずだ。
今回の件はむしろ、俺がボッチでいることに対する真っ当な理由を提供してくれることになったのだ。輝くことこそが善とされる「青春」というものの中において、平凡な暮らしを送ることを許す免罪符が発行されたのである。
それが果たして俺にとって良いことなのかは分からないけど……。
意外にも椎菜はそんな俺の様子には気づかなかったようで、自転車の影からピョンッと前に飛び出すと、振り返ってこう尋ねてきた。
「そういえば幸樹さん。部活はどうするんですか?」
「あー部活か……」
全く考えてなかったわ。そんな事考えてられる心の余裕も無かったしな。
「幸樹さんその見た目じゃ運動苦手っぽいんで、文化部とかどうですかね? あ、もしくは森歩きの経験を生かして山岳部なんかもいいんじゃないですか? 山岳部はほぼ文化部みたいなものですし」
「お前本当に全国の山岳部員に謝れよ。山登るのもあれはあれでなかなかハードだからな?」
「えー? あんなの全然きつくないですよー」
山で育った文字通りの天然娘が何事かほざいていますが、まかり間違っても安易な装備で登山はしないでくださいね。
「見学でもしてくりゃ良かったかな」
「何なら明日の帰り際にでも見ていきますか? 私も気になりますし」
「お前も部活やるの?」
「いえ、私はやりませんよ。一応学校に通っているのも仕事の一環なので、仕事に支障はきたせませんよ」
「……そっか」
部活に入れば交友関係も広がる。ボッチルート回避のための最終手段だと考えれば何かしらの部に入部するのも良いのだが……。
「やっぱいいかな。俺は部活には入らないことにするわ」
こいつの顔を見て思い出したが、俺はやっぱりこいつらを守らなきゃならない。今はまだ何をすべきかも分からないし、本当に守らなきゃいけない存在なのかも分からない。俺に彼女たちを守ろうとする意志があるのかさえあやふやな状態だ。
けれど俺にその役割がある以上、俺にはそれをやり通す責任がある。今の俺にとって真っ先に優先すべきなのは彼女たちであり、それ以外の何物でもないのだ。俺の意志がどうとかに関わらず、そうでなくちゃならないのだ。
「ふふっ。そうですか、幸樹さん。ありがとうございます」
椎菜は俺の心をサラッと読み取り、オレンジ色に染められた顔を一段とほころばせた。
「ま、まあ? 天神ノ森限定なら年がら年中山岳部みたいなもんだし? わざわざ入る必要もないかなーって思ってさ⁉」
無駄だとはわかっていたが、一応言い訳じみた真似をしておこう。心読み取るとか本当にチート過ぎる。
「ところで幸樹さん」
「ん?」
「だいぶ日も暮れてきたのでもうちょっとスピーディーに帰りません?」
「いや、でもお前歩きだし――」
「ですから、幸樹さんの自転車に私を乗せてくださいませんか」
ナチュラルに法律を破れとおねだりしてきましたよ、この女。
「いや、二人乗りはダメだから。危ないから」
主に俺の経歴がな。
そう言うと、なぜか椎菜はニヤニヤと笑い始めた。
「お忘れですか幸樹さん? 私は〝きの娘〟なんですよ?」
角を曲がり、自転車の影が形を変えた。
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