第18話 「学校にだってきの娘は生える」

「あ、幸樹さん。おはようございます」


 目の前のドアがガラリと開き、そこに立っている生徒が、良彦ではなく俺に挨拶をしてきた。


「って椎菜⁉ お前こんなところで何やってんの⁉」


 自称人外きの娘ちゃんが制服姿で、俺のいる一年五組へと入ってきた。


「何って……JKやってるんですよ。JK。女子高生ですよ。わかります?」


 うわウッザ。なにこの見下し感。お前は俺の小学生時代の担任か。

 俺のトラウマスイッチをさりげなく踏みつつ、後ろ手でドアを閉めた椎菜は俺に近づいてきた。


「入学式の日からいたんですけどねー。気づきませんでした?」


「気づくわけねーだろ! ていうか気づかれたらマズいのはお前の方だろうが!」


「大丈夫ですよ。私影薄いんで。それ武器にして今日まで何とかやってきてますし」


「そうはいっても……」


 こっちとしては気が気でない。こいつの正体がばれた時にマズいことになるのは何も俺や椎菜だけではないのだ。


「長老からの指示なんです。下っ端の私が逆らえるわけないでしょう?」


 上司命令かー。首かかってんなら断れんわな。働いてんな、社会菌。


「まあ、あの人がやれというのなら仕方ないか……」


 あの長老の事だ。ある程度のリスクは覚悟したうえで派遣しているのだろう。


「それで? お前の仕事は何なんだ?」


「基本は有事の際の連絡係ですね。何かあったときに幸樹さんと連絡が取れないと最悪私たち絶滅なんで」


 ニコニコしながらえげつないこと言ってきやがる。


「というわけで、これから同じクラスで過ごさせていただくんでよろしくで~す」


 最後にそう言い残すと椎菜は足早に女子の群れに溶け込んでいった。


 まずいことになった。

 これですべての安息の地は奪われてしまった。家に居ようが学校に居ようが、奴らに振り回されるのは確実だ。


 俺が本日何度目かの絶望に暮れていると、良彦が意外そうな声をあげた。


「幸樹ってあの子と知り合いだったんだ?」


「知り合いっつーか、なんていうか……。赤の他人ではないが、緑の友達でもないな……」


「カップ麺かっつーの」


 どのように表現すればいいのだろうか。というか俺にとってあいつや、あいつを含めたきの娘達っていったい何なのだろうか。


 俺の役割だけで判断すれば「守るべき存在」みたいな感じになるのだろうが、俺の中ではそこまで確固たる実感が湧いていないのも確かだ。一緒に過ごしているのは苦ではないけど、かといってこれからもっと親しくなっていくというのもなんとなく想像しがたい。


 きの娘達にとっても、冬榎という特殊な存在を除けば俺の存在というのはその程度なのではなかろうか。俺がいなければ種が途絶えてしまうから俺に近づいた。基本的にはそれ以上でもそれ以下でもなく、俺が成人するまでの間、共に森を守っていこうというただそれだけの関係。なんとなくビジネスライクで、どこか乾いている。


 いや、俺の考えすぎかもな。俺が彼女たちを知ったのはつい先日だが、彼女たちは俺の事を何年も前から知っていたのだ。もう少し俺に対して温かい感情を抱いているかもしれない。


 でも、俺にとっての彼女たちがこの程度でしかないのなら……。


 ――俺は、きっと彼女たちを守り抜けない。


「お~い。どうしたボーっとして」


「へ?」


「へ? じゃねーよ。質問してるの俺なんですけど」


 知らぬ間に考え事をしていたらしい。会話の最中にこういうことしちゃうのも非リアの悪い所ですね、はい。


「悪い悪い。で、何だっけ?」


「だからー、クラスのかわいい子ランキング四位のあの椎菜ちゃんとどうやって知り合ったのか聞いてんの」


 四位とか中途半端なのがまたあいつらしい……あーいやそうじゃなくて。


「お前もうそんな事してたのかよ。やめとけやめとけ。女子にばれたらぶち殺されるぞ」


 お詫びの印に、お前の大事な髪の毛をそる必要が出てくるまである。


 あ、でもそうなりゃ昼寝好きな可愛い先輩が声かけてくれるかもしれんから案外得かもしれんな。


「というか、既に一人気づいてるかもしれん……」


 四位が似合っているとか失礼なことを考えたからかどうかは分からんが、うちの予想能力者が俺に冷たい視線をぶつけてきていた。


「うわっ! やべー聞こえちまったか⁉」


 俺の視線を辿って良彦が椎菜に気づくと同時に、暖かな春の校舎に機械音のチャイムが響き渡った。

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