第14話 「きの娘が風呂に入っていても出汁が出ないのなんでだろう」
長老との話し合いの末、お互いに森の存続のために協力することを約束し、俺は再び扉の外に出た。
「あ、幸樹さんお疲れさまでした! 長老との話し合いはどうでした?」
「なんか平日のお昼にお茶の間に流れそうな雰囲気を終始感じっぱなしだった……」
ルルルなテーマソングの脳内再生は、これまでのプライバシー侵害のショックと相まって、北の国でキツネを呼びそうな感じに若干の変化を始めていた。
「だいじょうぶですか? 顔色あんまりよくないですけど。でも、話し合いがうまくいったのなら良かったです! 幸樹さん、何卒これからもよろしくお願いしますね!」
そう言ってペコリと一礼する椎菜だったが、今の俺の表情のどの部分を見て話し合いがうまくいったと……ああ。そういやこいつ予想能力持ってたんだっけ。……今度競馬場に連れて行こう。
「へくしっ‼」
唐突に寒気が襲ってきた。
怒涛の連続サプライズですっかり忘れていたが、雨の降る夜道を歩いてきた俺のシャツはじっとりと濡れており、俺から体力を奪い続けている。
一度意識してしまうと、その冷たさは確実に俺の意識の中に入ってきてしまう。先ほどまでは考えられなかったほど、体感温度は一気に下降していった。
「あ、そうそう! 幸樹さんがお話しになっている間にお風呂沸かしておきました! 風邪ひいてしまうとまずいので早いとこ入っちゃいましょう」
お風呂のご案内しますねーというと、ふふふん♪ とドヤ感を顔一杯に貼り付けながら椎菜は俺を先導し始める。
俺が両腕で自分の身体を抱きしめながら後ろを付いていくと、落ち着いたデザインの扉の前で彼女は立ち止まった。
「こちらが浴室です。お着替えを用意してきますので、先に入っていてください」
そう言うとすたすたと彼女はどこかへ行ってしまった。
残された俺は早速ドアノブに手をかける。マジで寒気が冗談じゃないレベルになってきた。体がキンッッッキンに冷えてやがるよ!
扉の内側に入ると、温かみのある木製の脱衣所が俺を包んでくれる。まあ、木製って言っても元が木だからこの建物全部木製なわけだが。シックハウス対策もバッチリだね!
狂ってやがるような思考回路をたどっているうちに脱衣所で風呂に入る準備を整えた俺は、この超天然素材なお宅にしては珍しい合成樹脂製の浴室戸を押し開けた。
「ヒャッ⁉」
浴室に入ろうとした瞬間、ガラガラという戸の音と可愛らしい悲鳴がほぼ同時に風呂場に反響した。
見ると、先客がいたのだろう。視界が妨げられるほどに白い湯気が充満している。
俺は先ほどの声を思い出し、先がよく見えない浴室の中に声をかけた。
「あの~誰かいらっしゃるんですか~。すいません先に入ってらっしゃる方がいるとは知らなくて~。失礼したほうが良いですよね~?」
さっきの小さな悲鳴から察するに若い女性であることは間違いなかったので、本来なら急いで浴室から飛び出るのが紳士の取るべき選択であるのだが、なにぶん体温が限界だったので入れるものなら入ってしまいたかった。だからこういう問いかけをしたのは俺にやましくやらしい思いがあったからではない、とここに明言しておこう。
「え、え、えっと。少々お待ちください。い、今タオル巻きますので……」
あ、入っていいんだ。
それにしても、だいぶ広い風呂なのだろう。おしとやかな感じの澄んだ声は、俺の右手側の、恐らく浴槽のかなり奥の方から届いてきた。
「あ、あの……。も、もう入ってもらって構いません……。ど、どうぞ」
「すいません。お心遣いありがとうございます」
俺は早速浴槽のほうへ向かい、並々と満たされたお湯の中に肢体を沈めた。体を流さずに湯に浸かるのは銭湯だったらマナー違反だが、今日ぐらいは勘弁してほしい。もし許さんという輩がいたら、そいつのせいで病に冒されたことにして慰謝料をふんだくる所存だ。
肩まで浸かると熱い湯が身体中に染み渡ってくる。五臓六腑、というものの存在をこれほど確かに感じたことはないな。はぁ~極楽極楽。
俺がのどかに一日の疲れを揉みだしている間、湯気を隔てた向こう側からは、え? 男の人? 何で? といった戸惑いの声が何度か聞こえてきていたが、そんな困惑に俺がしてやれることは何もなく、ただひたすら聞こえないふりをするだけだった。女の人と一緒にお風呂する機会なんて滅多にないのだ。今の俺に上がるという選択肢はない!
――そんなこんなで俺と声美人さん(仮)との気まずい空間に数分間身を置いていると、戸の外側から唐突にくぐもった声が届いてきた。
「幸樹さーん、お着替えこちらに置いておきますねー。ではごゆっくりー!」
「おーう。サンキューな」
俺の着替えを持ってきた椎菜はそれだけ伝えると、すぐにまた脱衣所から出て行った。
すると、今度は意外な方向から再び声が届いてきた。
「あ、あの……もしかしてあなたが幸樹様、森の後継者の神塚幸樹様なのですか?」
湯気の向こう側から声美人さん(仮)に尋ねられた。
「え、ああそうですけど……」
そう俺が言い終わるか言い終わらないかのうちに、バチャバチャと水音と波を立てながら声美人さん(仮)は俺に近づいてくる。なんという鮫感。
濃い白煙の中でもお互いの顔が視認できるほど距離が縮まると、俺の右手は突然柔らかな二つの手に包まれた。
「お待ちしておりました! 幸樹様‼ ようやくお会いできましたわ‼」
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