第13話 「徹子ではないが、部屋には人を招き入れる」

「失礼します、長老」


 理事長室、という単語がふと浮かんだ。

 俺たちが足を踏み入れた扉の先には、アニメやなんかでよく見る、お偉いさんの部屋が広がっていた。


 目の前にはダークブラウンの高級そうな机が設置されており、両脇に展開されている棚には美術品の数々が収められている。


「ようやくいらっしゃられましたか、後継者殿。首を長くしてお待ちしておりましたぞ」


 机の先にある後ろ向きのままの玉座じみた椅子から、声がかけられた。


「申し訳ありません長老。説得に手間取ってしまいました」


「まったく……じゃからお主にはまだ早いと……。まあよい。ご苦労であった。もう下がってよいぞ」


「有難うございます」


 椎菜はそう言い残すと、いまだこちらに顔を向けない長老のほうに一礼し、下がっていってしまった。


 え? ちょ、ちょっと待て。俺全然話についていけてないんですけど? 何、俺ここで一人にされちゃうの?


「ようやくお会いすることが出来ましたの……後継者殿?」


 ちょうど椎菜が扉を閉めたあたりで、長老から再び声をかけられた。


「えっと……後継者っていうのは、もちろん俺の事ですよね……?」


「もちろん。他に誰がおろうというのじゃ」


 そう言うと、長老はついに椅子をくるりとこちらに向けた。

 あ、それそんなに高級そうなのに回転椅子なんだ……。


「この森の未来を託された後継者、神塚幸樹殿であろう?」


 そんな御大層なもんでもないんだが……。まあとりあえず頷いておこう。


「おっと、まだ儂の自己紹介をしてなかったの。……まあ、既に椎菜から聞いておるとは思うが、改めて。儂がこの天神ノ森に住むきの娘を統べている者じゃ。皆からは長老と呼ばれておるが……とりあえず、お主にもそう呼んでもらおうかの。その方が何かと都合が良いじゃろう」


 長老はそう言うと、俺と目を合わせた。


 一言で言うと、そうだな。ルルル~♪ な部屋にゲストを呼んじゃいそうな雰囲気だな。あるいは、名前を変えさせて宿屋での労働を強いりそうな感じ。


 非常にボリューミーな黄金色のオニオンヘアーと、酸いも甘いも噛み分けてきた人生が染み出ているかのように刻まれた深いしわ。年齢はだいぶいっているのだろうが、それを感じさせないほど瞳には強い力が宿っていた。


 長老は俺がやってきたことに満足したのか一瞬頬を緩ませると、しかしすぐに真剣な面持ちを取り戻した。


「単刀直入で非常に申し訳ないのじゃが……生憎と時間がないものでな。半ば強引に連れてきてしまったことに関しては、申し訳なく思っておる」


「それでその、この森に訪れている危機というのは何なのでしょうか。椎菜からはここで長老から詳しい話があると言われたのですが……」


 なんとなく敬語になってしまった。


「そうそう、それに関してじゃ。確認じゃがお主、まだ未成年だったよのう?」


「はい。その通りですけど、それが何か……?」


「実はわしらに訪れているピンチというのはの、お主が成人でないことなのじゃ」


 ………………はい?


 えっと……サバを読んで解決する問題なら最大限努力しますよ……?


「わしらきの娘は、この天神ノ森で暮らしておる。ということは、この森の管理者次第では生活の場を失ってしまってもおかしくないということじゃ。天樹殿が森を所有していたころは、まあお主にもわかっておろうが、そんなことは露ほども危惧する必要が無かった。ああもちろん、お主に対しても同じじゃぞ? 天樹殿の魂をこれほどまでに受け継いだ者が森の後継者になることは、こちらとしても願ったり叶ったりなのじゃ」


 じゃがしかし……と長老は言葉を続ける。


「残念なことにお主は未成年であった。そして現行の法律によると、お主のような者がこれだけ莫大な遺産を相続するのは、何かとハードルが高い」


「いやですが……祖父ちゃんの遺志を尊重すると伯父も言っていましたし。実際遺言書に書かれた事は守られないといけないはずですよね?」


「その通りなのじゃが……未成年に対する遺産は代理人を決めないとならないのじゃ」


 長老の説明によると、未成年は法律行為を行えないとか、遺産を奪い合う間柄では代理人は不適切だとか云々かんぬん。難しい法律の話は俺にはよくわからないが、とにかく俺が成人していないということはあまり都合が良くないらしい。


「そしてお主の親族には代理人を頼めるような心根の真っすぐな奴はおらなんだ。……特にお主の両親はひどいものじゃのう……」


 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい‼ うちの親が欲にまみれてごめんなさい‼


「ピンチというのはこれなのじゃ。代理人を頼めるようなまともな人間がいない今、お主に遺されたこの森はまさに宙ぶらりんの状態なのじゃ。そして……」


「俺の両親、親族はそんなチャンスをみすみす逃すようなバカじゃないってことですか」


 うむ、と長老は一つ頷いた。


「このままの状況が続けば、儂らの森は無くなってしまうやもしれん。そんなことになるのは儂らも困るし、お主だってそうじゃろう?」


 これほどまで自分の家族を恥ずかしく思ったことはなかった。


 俺達家族の仲は基本的には良好だったし、祖父とのちょっとしたすれ違いを除けば両親に不満を感じることも少なかった。


 だが、そんな関係は醜い感情でたやすく瓦解したのだ。


 黄金色に目がくらんだ俺の両親はきっと惑ってしまう。


「解決策があるとすれば、そうじゃな。まずは代理人として信用に足る人物を見つけることじゃが……。これだけの莫大な資産ともなるとかなり難しいじゃろうな。そうなると、お主が成人するまでのあと五年ほどの間何とかして森を潰させないようにせねばならんのう」


「五年ですか……」


 くそ、サバ読んでなんとか役所騙せねえかな……。


「……そういえば、さっきから俺の親族について結構ピシャリとした表現をしてましたけど、さっきの集まりどこかで見てたんですか?」


 覗き見とは感心しないものだ。覗いて許されるのは女子更衣室と女湯だけと紳士の相場で決まっておろうに。


「何を言うておる、お主らの素性は何年も前から追跡調査しておるわい。今に始まったことじゃないから気にするでない」


 ホッホッホと笑いながらそうおっしゃってますが、俺全然笑えないんですけど⁉


 普通の人間ならいざ知らず、質の悪いことにこいつらはきの娘だ。怪しげな菌力とやらを駆使すればプライバシーという名の城郭はもろともに崩れ去るのみならず、その土地を差し押さえて再建不能にするまである。


「ちょっと待って、どこからどこまで見られてたの⁉ さすがにトイレと風呂だけはないよね⁉ ねえ‼」


「まあ、わしらも種の存続に関わる事じゃからな。それだけ必死だったという事で勘弁してくれぬか」


「勘弁できるか‼」


 俺は敬語を止めた。……どうせ普段敬語を使わないこともばれてるんだろうしな。

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