第12話 「普通の人間と普通のきの娘」
「普通なんです。シイタケって」
「へ?」
「普通なんですよ。個性がほぼ無いんです」
まあ、確かにヤコウタケに比べたら特殊な部分は少ないと思うが……。
「シイタケは他のきのこ達と比べると、圧倒的に特徴に欠けるんです。だからその、きの娘というコミュニティの中でシイタケが上手くやっていくためには周りの空気を読んでそれに同調するしかなかったんですよね。相手の思考を先回りして、場の雰囲気を考慮して……。そうやって最適解を出すことが必要だったんです。私たちシイタケのきの娘はずーっとそうやって暮らしていたんです」
「……そうか」
今日一日で初めて見せた椎菜の切なげな表情に、俺はなんと言えば良かったのか。
「そしてその年中空気の読書月間が、結果としてシイタケ達の高性能な予想能力を引き出したというわけですね。いやー、めでたしめでたし!」
そう言ってあっけらかんと笑って見せる椎菜。
しかし俺は、笑えなかった。
それはそのシイタケ達の姿に、俺の姿がダブって見えたから。
勉強も運動も中の上で、決して出来が悪いわけではないのにとりたてて目立つ事がない。ずば抜けた才能がないから、周囲に埋もれてしまう。
そんな人生を歩んでいる男の姿は、椎菜の話すシイタケ達の姿に酷似していた。
「どうしました? 幸樹さん」
「ああいや、なんでもない。えっと、人間フォルムの時の力については良くわかった。それで? きのこフォルムの時の特技は何なんだ?」
「それが……なんだかいまいちぱっとしていないんですよ。理由はわかりませんが、私たちシイタケのきの娘は今のところ、きのこフォルムの時の力を上手く使えていないのです。普通きの娘は二種類の特技を持っているはずなので、これはかなり異例の事みたいなんですけど……。まあ、私個人に限って言えば周りから気づかれにくいことですかね。なんかこう、スパイみたいでかっこいいです!」
それはお前の影が薄いだけである。ベクトルは違うが、薄さは俺といい勝負かもしれんぞ。
そんな俺の心は幸いにも予想されなかったらしく、椎菜は気を悪くすることも無く説明を続ける。
「もしかしたら、人にばれにくいことを利用するために今回幸樹さんを連れてくる役割を私が仰せつかったのかもしれませんね」
「残念なことに、な」
「ああ~! 何ですかそれ~‼ まるで私じゃない方が良かったみたいじゃないですか~‼」
まさにその通りでございます。
ついでに言えば、光ちゃんが良かったです。
「はぁ、まあいいですよ……。ロリっ子じゃなくてすいませんでしたー」
椎菜は露骨にむくれてぶーたれながらも、俺のことを変態視している。器用だな。
「ともかく、私たちはこの力を『
そんな事を話しながら歩いていたら、いつの間にか集会所の前に着いていたらしい。
「この木が、私たちの集会所です!」
集会所は、巨木だった。人工物であること疑うレベルの大きさだ。
しかし直径二十メートルはあろうかというほど太い幹と、悠に五〇メートルを超すであろう樹高は、人々(きの娘々か?)が寄り集まるにはうってつけだろう。
本当にこの森に自生していたものだとして俺はあまり木には詳しくないので種類はよくわからない。こんな大きい木って生えてるものなのか、普通。
いや、それよりも不思議なことは、何度もこの森に足を踏み入れているはずの俺がこれ程の大木に一度も気づかなかったことだ。
「夜の間は大方のきの娘達がここで過ごしています。見た目と違って結構快適なんですよ? そうそう、普段は一般の方が紛れ込まないように結界を張ってありますけど、幸樹さんは一度ここを訪れたのでこれからは好きな時に来ることが出来ますよ」
最後に付け加えられた説明が俺の考えを予想しての事だったのかは、もう気にしないようにしよう。ていうかなんだよ、結界を張れる菌類って。
目の前にある巨木は内側が大きくくり抜かれており、そこが入り口であることを示すように一対の松明が両脇に置かれている。
超巨大ツリーハウスの中からは暖かな光と笑い声が漏れ出てきており、そこで生活が営まれていることを俺に実感させた。
「さ、じゃあ早速中に入りましょう! きっと長老が首を長くして待っていますよ」
そう言ってつったかつったか歩き出した椎菜は、暖かな光のなかに進んでいく。相変わらず椎菜の後ろにへばりついている光は、椎菜が着ているワンピースの裾をちんまりと握っていた。おい椎菜、ちょっとそこ代われ。
人間フォルムで過ごすことも前提として作られたであろう集会所の入り口は、人間の俺でも狭さを全く感じることなくくぐることが出来た。
「お、おお――――っ‼」
一歩足を踏み入れると、そこにはファンタジックな世界が広がっていた。
くり抜かれた巨木の中には、その内壁に沿ってらせん階段のようなものが天井まで伸びており、中央の吹き抜け部分はきらびやかなホールとなっている。
ホールにはところどころにイスやテーブル、照明が設けられており様々な種類のきの娘達が談笑している。足元を見ると、何やら質の高そうな絨毯が敷かれており高級ホテルもかくやという風情である。
見上げれば、階段に沿っていくつものドアが壁に取り付けられている。おそらくその一つ一つがきの娘達の部屋なのだろう。
天井に取り付けられたシャンデリアから溢れてくる光を浴びながら辺りを見回している俺に、椎菜が声をかけてきた。
「さあ幸樹さん、長老に会いに行きますよ。ほら! そんなところで立ち止まらないでください!」
周囲に目を奪われていた俺は、いつの間にか立ち尽くしてしまっていたらしい。
椎菜は既に俺の数歩先に見えている扉に手をかけていた。
他のどの扉よりも厳かな装飾が施されたそれには、入り口から真っすぐに真紅のカーペットが敷かれている。
「この先が長老の部屋です。どうか粗相のないようにしてくださいね」
「ああ。了解した」
では行きますよと、声が聞こえた次の瞬間から、辺りが静寂に包まれた。
先ほどまで談笑を続けていたきの娘達に、緊張の色が見えている。
……やはり、一族を治める長たるものらしく、敬意を持って接するべき存在だと受け止められているらしいな。
先ほどから薄々感じていた事ではあるのだが、この「きの娘」とかいう生命体は人類と同等レベルの文明やコミュニティーを構築できているらしい。建築や工芸の技術力はいうまでもなく、それぞれの能力――菌力、といったか―――を用いた人材登用の的確さに関しては、人間を凌駕しているだろう。適材適所、という言葉がこれほどお似合いなのも珍しい。
種々の要因から、窮屈に生きることを余儀なくされた彼女たちは、狭い世界のなかでも精一杯生活を豊かにしようと、彼女たちなりのやり方で努力してきたのだろう。
椎菜が重い扉を引き始める。
低く鈍い軋みがホールにこだまする。
もし。
もしも、祖父ちゃんが彼女たちのこんな姿を目の当たりにしていたらどうなっていただろうか。
森を愛した祖父ちゃんは、彼女たちが天神ノ森に創り上げた世界を見て何を思っただろうか。
そして俺が彼女たちに助けを求められていると知ったら、祖父ちゃんは俺に何を求めるのだろうか。
軋みが止んだ。
「行きましょうか」
まあ、何にせよ今の俺にできることは。
彼女たちに最大級の敬意を払って接することだけだな。
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