第10話 「シイタケの傘に脳みそが詰まってる保証はない」

 この時期の夜の森はただでさえ肌寒いというのに、降り続く雨がさらに体温を奪っていく。俺の右隣を歩いている、自称未確認生物の美少女からかすかに体温を感じられることがせめてもの救いだろうか。


 俺をナビゲートする椎菜の足取りは、ぬかるんだ道とは思えないほど軽く、一日の疲れでなかなか歩が進まない俺を急かしているかのようだ。


 森に入ってからかれこれ二十分ほど経過しているはずだが、今のところ俺と祖父ちゃんの散歩コースを道なりに進んでいくだけで、俺を連れ出した真意が全く見えない。本当にこの先に何かあんのか? かなり不安なのだが……。おまけにめっちゃ寒いし……。


「……早く風呂入りてぇ……」


「あ、はい! わかりました! あっちに着いたらお風呂を用意させますね!」


 あまりの寒さに聴覚が異常をきたしたようだ。もうなんでもいいです。そういう設定でいいです、はい。


「幸樹さん。ここから少し道を外れるんで足元に気をつけてくださいね。……歯がガタガタいってますけど大丈夫ですか? ケツの穴に指でも突っ込まれました?」


 寒いんだよ! ぶっ飛ばすぞ! ……というか可愛い顔してとんでもねーことサラリと言ったな、こいつ。なんか幻滅して怒りも萎えてきたわ……。


 一瞬本気で殺意が芽生えかけたが、ここで道案内を失うわけにもいかない俺は椎菜の後ろをひょこひょこと付いていくほかなかった。いざ、道なき道へ進もうではないか。


 一歩道を外れると、そこは自然のままの森である。木々は生い茂り、草は蔓延りまくっている。

 正直、それなりに森を歩き慣れているはずの俺ですら、なかなか前に進むことが出来ないほどの悪路である。大量の雨を吸い込んだシャツも相まって、俺の足取りは物理的・精神的共になかなかヘビーなものとなっていた。


 そんなオフロードコースをものともせずに、スタコラサッサと進んでいく前方のお嬢さんに俺は声をかける。心はクマさんさ。


「なあ、えっと……」


「椎菜でいいですよ。それから、『本当にこの先に何かあんのか?』って訊こうとしてるらしいですけど、ここまで来ちゃったんですから、そろそろ少しくらい私を信用してくださいよ」


 すっかり失念していたが、こいつには人の心を読み取るらしい超能力があるんだった。

 先程の質問を口から奪われてしまった俺は、別の質問を口にする。


「そうは言ってもよ、ここまで今のところ何の説明も無いし、どんどん森の奥に入っていくし……。俺としては不安にもなるんだが」


 それに俺の中のお前は、未だに不法侵入の犯罪者だしな。信用しろっていう方が無理な話だろ。


「あれ? 私行き先説明しませんでしたっけ……?」


 してねーよ。


 さっきからちょこちょこ思ってはいたが、こいつもしかして頭のネジが何本か足りていないんじゃなかろうか。外側が可愛いだけじゃなくて内側もお花畑か?


「えっとですねー、私たちが今向かっているのは、きの娘達の集会所です。人間たちに見られるとマズいので、念のために森の奥に造られています。集会所とは言いましたが、ぶっちゃけ、家みたいな感じです。昼間、きの娘は皆めいめいに森の好きなところで自由に活動していますが、夜になると特殊な任務に就いている者以外は基本的に集会所に帰ってきますね」


「そこに行って俺に何をさせようというんだ?」


「長老に会ってもらいます。詳しい話はそこで聞けると思いますよ。私の仕事は、長老の元に幸樹さんをお連れするところまでなので」


 そんな話をしているうちに、だいぶ深い所まで来ていたらしい。先ほどまで俺の身体を濡らし続けていた雨は、四方八方に広がる木々の葉に受け止められ、なかなか地面にまで届かないようになっていた。


「もうそろそろ着きますよ」


 その声に、地面を見つめていた俺は顔を上げた。


 見るとその先の道は、妖しげに淡い緑色の光を放っている物体によって照らされていた。道の両側に等間隔に並んだそれは、まるで道案内をしてくれているかのようだ。


「うわぁ……」


 夜の森を幻想的に照らしている物体を屈んでよく見てみると、それは何とも美しいきのこだった。

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