第9話 「美少女の発言は信憑性が二割増す」
「お祖父さんの、いえ、もう『あなた』の『天神ノ森』がピンチなんです」
――俺はまたしても喉の奥に言葉を溜めることとなった。
なぜこいつが知っている。
俺が天神ノ森を相続したことは、あの場にいた親戚一同しか知らないはずだ。見ず知らずの女の子が知っている訳がない。
こいつが言うピンチがなんなのかは分からんが、このタイミングで俺に接触してきたってことは、相続問題が絡んでくるとみて間違いないはずだ。だが、現段階で危機と呼べるのは……そうだな、ジジイどもの俺に対する殺意のこもった視線くらいか。よくわからん少女が関わってくるほどの異変は起きていないはずだ。
おかしい。いよいよおかしい。
こいつは俺の家に不法侵入してきた挙句、自分は人間じゃないだのとぬかし、人外であることを納得させるがごとく特殊能力を発揮し、ついには俺の大切な場所にまで言及してきたのである。
そしてそれは、俺を警戒させるには充分過ぎる情報だった。
俺の沈黙を、続きを促すサインと受け取ったのかどうかは分からないが、彼女は一呼吸置くと再び口を開いた。
「……順を追って説明させていただきます。まず、先ほど申し上げた通り、私は人間ではありません。信じがたいことかもしれませんが、れっきとした事実です。そして、私を含む『きの娘』達は皆、長い間天神ノ森で生活してきました」
夜がまき散らす雫が窓に当たって音を立てている。
俺は彼女の真正面に腰を下ろした。この部分だけではにわかに信じがたい話だが、一々突っ込んでいては話が進まないので、俺は先を促すことにする。
「それで?」
「きの娘は、何世代にもわたって天神ノ森の中だけで生活をしていました。より正確に表現するならば、天神ノ森でしか生活することが出来なかったのです」
「どういった理由で?」
そもそもきの娘という存在自体がどういったものなのかも詳しく知りたいのだが……。まあそこにつっこんだら話が前進しそうもないので、ここは我慢しよう。とにかく今は森についての情報が欲しい。
「幸樹さんも今私の姿を見て感じてらっしゃるように、私たちが非常に人間に似ているからです。ですが、私たちは人間ではありません。もし、その事実が人々に知られてしまったら、人々は私たちに恐れを抱き攻撃してくるかもしれません。さらに、捕らえられて見せ物にされても不思議はないでしょう」
そこで、天神ノ森に白羽の矢が立ったらしい。広大な森林は彼女たちの隠れ蓑に最適だった。現に、天神ノ森のおかげで今日まで彼女たちは無事に生き延びているそうだ。
「ちょっと待て。別にそれだけなら天神ノ森である必要はないだろ。日本中に森なんて腐るほどあるわけだし」
「はい、まさしく幸樹さんのおっしゃる通りです。実際、天神ノ森に住み始めた当初は事が起こればすぐに引っ越すつもりだったようですし……」
「じゃあどうして長々と住み続けているんだ?」
俺は当然の疑問を口にする。
「それはですね、天神ノ森が人々に畏怖されているからなんです」
「畏怖?」
「そうです。私たちが潜んでいた数百年の間に、この辺りの方々はこの森を畏怖するようになっていました。なんというか、神聖視している……みたいな感じです」
そう表現されてようやく俺も腑に落ちた。なるほど確かに、この辺りの人たちは子供のころから「天神ノ森」という名前を聞きなれているし、それがいつの間にか「森は大切にすべき場所だ」という共通認識を植え付けていたとしても不思議ではない。とりあえず市内の人々だけでも森から遠ざけられれば、きの娘達にとっては十分なのだろう。
「それからもう一点。これは幸樹さんのお祖父さまが森を管理されるようになったここ数十年のことですが……。天樹さんが森をきちんと整備してくださった、というのも私たちにとって幸いな事でした」
「なるほどな」
その一言で俺は全てを理解した。
天神ノ森は祖父の手によって隅から隅まで整備されており、野生生物が暮らすためにはうってつけの環境といえる。こいつらがどういう生態をしているのかは分からんが、あれだけ整えられている森は、人間社会という危険と背中合わせの彼女たちにとって願ってもないような場所なのだろう。
「お前らが天神ノ森に固執する理由はわかった。それで? そのピンチとやらは何なんだ」
「そのことなんですが……。私の口からは言えないというか、まだピンチが訪れると決まったわけではないんですよね。なので危機の説明に関しては、あちらに行ってから聞いてもらおうと思うのですが……」
一体どういうことだよ。はっきりしてくれ、はっきり。
「幸樹さん、私の仕事はここからです」
そう言って彼女は告げた。
――私と一緒に森に来てくれませんか?
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