第8話 「『法の抜け穴』とはこういったものを指すのではない」

 状況を整理しよう。


 今、俺の目の前には、今までの人生で一度も会ったことのない見知らぬ人間が存在している。そいつは他人様の家に上がるときの作法は身につけているらしく、礼儀正しくちょこんと正座したその姿には、愛らしささえ覚える。……不法侵入であることを除けば。


 ただ、明るい茶色をしたボブを揺らしながらニコニコしているその姿はとても可愛らしく、そういう意味でも俺の人生において今まで会ったことのないレベルの美少女だ。一年に何人も出てくる千年に一度の逸材と言われても、納得してしまいそうなほどである。


 だがそれはそれ、これはこれだ。


「おい、どこの誰だか知らないが他人の家に勝手に上がり込んでくるのは立派な犯罪だぞ。どうやって入ってきたのかはわからないが、さっさと出て行ってくれ。場合によっては警察に通報することも辞さないからな」


 ちょっと厳しく言い過ぎたかな。いくら犯罪者とはいえ、全く知らない赤の他人に対してこの口調なのは少々まずいだろう。俺の人間性が疑われかねない。……あとまあ相手が美少女っていう点も、ほんのちょっぴりだけ俺の罪悪感に拍車をかけていたりいなかったり。まったく、罪な女だぜ!


「あ、私人間じゃないので法律の適用外ですよ。だからその辺は安心してもらって大丈夫です!」


 今その情報を聞いてしまった俺に何をどう安心しろというのだろう、この女は。

 いやいや待て待てそこじゃない。こいつ今何か頭のおかしいことを口走ったよな。人間じゃないだのなんだの。


「おい。あんまりでたらめで物事を話すなよ。不法侵入がばれたからといってだな、もうちょっとマシな言い訳を考えようぜ。どこの誰だか知らないけど君は紛れもない人間だ」


 だってほら、君は今俺と日本語で会話しているし、かわいい白のワンピースを身に着けているではないか。そんな芸当が出来るのはこの地球上で人間だけ、そうだろう?


「ちがいますよ~。そんな訳無いじゃないですか。人間は、ちょっと調子に乗りすぎだと思います!」


 そういって目の前の女の子は頬をぷくりと膨らませる。その仕草は非常にプリティーでキュアされちゃいそうなほどなのだが、言ってる内容がちっとも可愛く感じられないのは、俺の情報処理機能が正常に作用している証拠だと捉えていいはずだ。

 あ、もしかしてそういうキャラか? もう流行らんぞ、不思議系。


「あ~オーケーわかった。百歩譲って君が人間以外の知的生命体だとしよう。それで? 君の正体は何? どこかの星からやってきた宇宙人か何かか?」


 言っていてだいぶ馬鹿らしくなってきたが致し方ない。

 俺は今眠くて眠くてしょうがないのだ。この娘にはさっさとお家に帰ってもらわにゃならん。


 こういう頭がポワポワしちゃった人と意思疎通をするには、相手の話に乗っかってしまうというのが常套手段なのだ。さあ教えてくれ、君はどういう設定だい?


「あ、すいません! 私としたことが自己紹介が遅れてしまいました。では改めまして。私は『きのきのこ』の椎菜です! シイタケの血を引いていまして、そこから椎菜と名付けられました。で、今日は幸樹さんに大事なお話があってお伺いさせ……」


「ちょっと待った!」


 思わず止めてしまった。いくらなんでもキノコはないだろう、キノコは! 最低でも動物であることを期待していたのだが。

 そんな気持ちが表情に出ていたのであろう、椎菜と名乗る謎の生命体は訂正を加えてきた。


「あー違いますよ、『キノコ』じゃなくて『きの娘』です。まあどっちも大して変わらないですけどね。それよりも、私のことを頭のネジがぶっ飛んだ狂人みたいに捉えるの止めてくれませんかね……」


「音声だけだといまいち前者と後者の『キノコ』の違いが分からんのだが。……ん? そんなことより今……」


「『なんでお前のことを頭のおかしい奴だと思ったのがわかるんだ?』って言おうとしていますね?」


 俺は喉の奥から出かかっていた言葉をとうとう発することが出来なかった。

 何故って? 目の前のコイツが先に言ってしまったからに決まってるだろ。同じ言葉を二度鼓膜に届ける必要はないはずだ。


 やけに冷たく濡れたシャツが執拗に肌にこびりついてくる。


 これで本格的に訳が分からなくなってきた。目の前の自称人外の知的生命体は頭がおかしいうえに、予知能力まであることになってしまったのだ。なにそれ、扱い難しすぎるでしょ。パンダの赤ちゃんかよ。


「厳密には予知能力じゃないんですけどねー……。はわっ! ち、違う私ったら! え、えと、とにかく、今は私の話を聞いてもらわないとダメなんです。……ええ。こんな不法侵入者を信用しろっていうのも無理な話であることは重々承知しています」


 じゃあ信頼などできん帰ってくれ、と俺が言おうとする前に、椎菜は今までにない真剣な表情をつくりあげて言い放った。


「お祖父さんの、いえ、もう『あなた』の『天神ノ森』がピンチなんです」


 ――俺はまたしても喉の奥に言葉を溜めることとなった。

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