第7話 「おかえりなさいのスタートライン」

 いまだ空のままである自宅の駐車場を見てから、俺は鍵を取り出した。


 一度は祖父宅に戻ったものの、親戚一同からのアパルトヘイトばりの迫害を受けた俺は、五分ほど夜道を歩いて、自宅に帰ることにした。


 二階建て洋風建築の我が家は、どの部屋にも明かりをつけることなく立ち尽くしている。周囲は森に囲まれているため人工的な明かりは無く、未だ日の短い春のこの時間帯はいささか不気味だ。


 ガチャリと音を立たせて鍵を開けると、誰もいない部屋に向けて俺は呟いた。


「……ただいまー」


 条件反射で「おかえりなさい!」という声を脳が作り上げていたが、幻聴であることは間違いない。脳内で音楽を流しているようなものだ。なんとも幻に縁のある一日だなあ。


 てくてく階段を上りながら今日の出来事をおさらいしてみると、二郎系ラーメンをニンニクマシマシで食べたような気分になる。まあ実際に食べた事はないんだけど。


 自室の扉を開け、電気のスイッチを入れる。今日はもう疲れた。シャツも濡れちゃったし、ちゃっちゃと着替えてひと眠りしよう。飯は親が帰ってこないとないし、自分で作るなんて不器用な俺にはもってのほかだし。俺は台所で錬金術をするつもりはない。


「あ、おかえりなさい!」


 ああ、ただいま…………ん?


「神塚幸樹さん……ですよね? お待ちしておりました!」


 おっと、今日誰かと待ち合わせでもしていたかな。俺としたことがうっかりしていたみたいだ。

 ……んなわけあるか。誰だよこいつ、いやまじで。


 味気ないLEDの光が照らすさきに、見知らぬ少女が座っていた。

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