第3話 「マッスル教師の真剣な表情は、もはや暴力である」
翌日、ホームルームの五分前になってようやく、そいつは教室に駆け込んできた。
「ふぅ。あぶねーあぶねー初日から遅刻するところだった。あ、おはよう幸樹」
良彦は肩で息をしながら俺の目の前で髪を整え始めた。止めろ汚い汗が飛ぶ。
「遅かったな。いつもこのぐらいなのか?」
昨日に引き続き、驚異的な粘りを見せている曇り空を横目に俺は尋ねる。
「俺、朝が弱くてさー。いつも起きられないんだよね。髪のセットもしてると時間なくなっちゃうし」
「じゃあ髪のセットやめろよ。そしたら少しは時間が出来るだろ」
「何言ってんの⁉ 髪は男の命だろ!」
「……あ、そう」
なんだか気持ち悪いことを口走り始めたクラスメイトを、俺は無視することにした。
入学後まだ間もないこともあってか、教室内はいくらか賑やかさに欠けている。
この梅陽高校は、いくつかの中学校がひしめく町の中心にあるため、いわゆるオナチューは少ない傾向にある。お分かりだと思うが、オナチューとは同じ中学の出身者という意味である。きちんと説明しておかないと、ここぞとばかりに変態のレッテルをぺたぺたされそうだからな。
県内ではそれなりに進学校であり、加えて駅が近いこともあるため、市外、はたまた県外から通っている者もいる。したがって今のクラスメイト達は、数少ない顔見知りとぽつりぽつりとした会話を交わすばかりであった。
かくいう俺も同じクラスに知り合いは少ない。せいぜい、昨日今日と会話を交わした良彦くらいだろう。俺は町のはずれにある山のそばに住んでおり、そこから梅陽高校に通う強者はそう多くはなかったため仕方ない。まあ自転車で通える距離ではあるから、ものすごく遠いわけではないんだが。
そんなことを考えながら、俺が教室内の女子を眺めていると、教室前方の扉が開き、田中先生が顔をチョコリとのぞかせた。……というか、ナチュラルに女子を眺めている俺の変態性に、ちょっと自分でも引きました。
「おはよう! 全員遅刻せずに来れたようだな! ファッハッハ!」
気が狂ったのかと心配になりそうなハイテンションを振りかざしつつ、田中先生は扉から顔を出したまま、視線を俺に向けた。
「神塚! いきなりで悪いんだが、ちょっと急な連絡が入ってな。先生と一緒に廊下に出てくれ。話がある。他のやつらはちょっと待っててくれな」
何の話だろうか。入学早々であるため、まさか説教をくらうなんてことは無いだろうが他にこれといって心当たりもない。「あなたには今日から異世界に行ってもらいます!」なんていうラノベ展開なんてないだろうし、いきなり告白されてときめいちゃうなんていうラブコメ展開は、吐き気がするので勘弁してもらいたい。
俺は腰を上げると、神妙な顔つきをした田中先生の待つ廊下へと出た。
教室の扉を後ろ手で閉めると、田中先生は口を開いた。
授業開始前とあって人の少ない廊下には、昨日に引き続いて底冷えのするような空気が漂っている。
「あー、神塚。たった今入った連絡なんだが……。なんというかその入学早々、非常に残念な話なんだが……」
田中先生にしては珍しく、煮え切らない。話すかどうかを迷っているかのように、口を何度か開閉させる。
「……何でしょうか?」
さっさと話してほしい。
そう思う一方、脳内ではその様子から敏感に異常を感じ始めていた。
「落ち着いて聞いてほしい」
脳内の信号が激しく点滅する。嫌な予感だ。
結論を聞いてはならない。俺の予感はそう告げる。
田中先生の眉間に寄ったしわが、一段と深くなった。
「今朝方、
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