第2話 「急募。チャラい同級生の対処法」

 田中に連行された俺たちは、一年五組の教室で最初のホームルームを開いていた。

ホームルームと言っても単に「先生のお話」というやつなのだが。この教室まだアウェー感バリバリだし、しょうがないな。


「えー明日からは早速授業なのでな、遅刻するんじゃないぞ」


 スーツの上からでもわかるガタイの良さを誇りながら、田中は生徒に告げる。


「まあお前らはこの俺の受け持ったクラスだしな。そんな心配も要らんか! ハッハッハッ!」


 あ、惜しい一文字違いだ。

 なんて感想を抱いたのはどうやら俺だけらしく、クラスメイト達は皆同様に静まり返っている。ちょっとは笑ってやれよ、みんな。


 入学式直後にありがちな気まずい空気感の中、体育教師田中はめげずに声を張り上げる。


「授業とは言っても、最初は自己紹介とオリエンテーションみたいなもんだからな。そんなに気張んなくても大丈夫だぞ。今日はしっかりリラックスして、これから始まる高校生活にぜひとも胸を膨らませるがいい! ワッハッハッ!」


 またもやニアピンか。しっかりしろよ、田中。


 近代的なコンクリート壁の教室内にはまたもや寒々しい空気が流れている。おい、お前ら少しは優しさを持て。某頭痛薬ですら半分は優しさで出来てるんだぞ。まあそれなら残りの半分にもきっちり有効成分入れろって話なんだが。


 どうやら愛想笑いというものを知らない生徒達を前に、田中は諸々の連絡事項を元気に読み上げていった。


 それにしても田中先生、ものすごいメンタルの持ち主だな。いや、生徒に対してスベるなんてことはよくある話なんだが……。


「えー保護者の皆様、本日はこれにて解散になります。お子様のご入学誠におめでとうございました。では、扉に近い方から廊下のほうに移動してください。お出口までご案内させていただきます」


 振り向けば、保護者がいた。そう、今日は入学式なのであり、保護者も交えたホームルームが開かれていたのだ。初っ端から保護者の方々に明らかな不信感を抱かせてしまったようだが、大丈夫なのか田中。


 そんな俺の不安を知ってか知らずか、田中は保護者に対してもニコニコスマイルを崩さない。きっとこの人にとってはこれが基本形なのだろう。


「ささ、こちらからどうぞ。あーお前らはちょっとの間待ってろ! すぐ戻るからな!」


 そんなパワフル田中が教室を去るとともに、俺はこれからの高校生活に不安を感じざるを得なかった。


「ふぅ……」


 空を流れる雲は先ほどよりも一段と濃さを増し、本日チャリで登校した俺としてはただただ早く解散になる事を願うばかりである。

 すると右隣の男子生徒が話しかけてきた。


「どうした? ため息なんかついて。幸せが逃げるぞ」


 うるせーな。そんな理論は逃げるような幸せをすでにつかんでいる奴にしか適用されねえんだ。

 そんな憎まれ口を叩きそうになって気がついた。今日は入学式なのである。ということは、こうして顔を合わせている新たなクラスメイトでさえほぼ初対面だと言えるだろう。端的に言って知らない人だ。


「あ、えーっと……」


 えーっと、なんていう名前だったっけかな。俺の名前が神塚幸樹だから、五十音順に並んでいる座席から考えると、阿部さんとか伊藤さんあたりだろうか。……にしてもこいつイケメンだなー爆ぜてくんないかなー。


「あーごめんごめん。急に話しかけちゃって。自己紹介がまだだったな。俺は阿藤良彦あとうよしひこ。気軽に良彦って呼んでくれや」


「じゃあ俺のことも幸樹で。よろしくな」


「よろしく。それで? ため息なんかついちゃってどしたの?」


 癖毛なのかパーマなのかわからないが、ふわふわとしたちょっと長めの髪を揺らしながら、良彦は尋ねてきた。見た目から想像されるように口調も軽い感じで、俺の描くリア充高校生をまんま体現化したような男だった。もしかしたら苦手なタイプかもしれん。主にリア充っていうところが。


「いや、別に大したことではないんだ。ただ雨が降りそうだからちょっと憂鬱でさ」


「なるほどねー。実は俺も雨降られっと困るんだよねー。せっかくセットしたのに髪が崩れちまう」


 良彦はそういうと手鏡を取り出して髪をクシクシといじり始める。


 ……やっぱりこいつは苦手なタイプでした。

 俺はこの手の人とはあまり気が合わない。いや、正確に言うなら趣味が合わないというべきか。何というかこう、外見ばかりを気にしているような人間ってどこか薄っぺらく感じるんだよなあ。


「ていうか、幸樹って髪型とか地味な感じだな。なんか普通の高校生っていう感じでつまんないぞ」


「うるさい、余計なお世話だ」


 ちょっとイラッとしてしまった。

 俺は――神塚幸樹は――普通の人間だと言われることが大嫌いだ。自分のことを産み育ててくれた両親のことを思うと、普通の人間だという評価を受けることにいたたまれない気持ちになる。


 それに俺自身、自分のことを普通の人間だとは思いたくない。勉強や運動はそこそこ得意なほうだし、容姿もイケメンとまではいかなくともまあフツメンだろう。あとはそうだな、えーと……屁理屈が得意だ。うん。


 あれ、俺って結構普通の人間なんじゃね? という疑問には目をつむっておく。そもそもこういうことを考えちゃってる時点でだいぶ異常だし。そろそろ「普通の人間には興味ありません!」とか言ってる女の子が、俺のもとを訪れてきてもおかしくないレベルで異常なはずだ。


 ガラリと音を立て、教室の扉は唐突に開かれた。


「待たせたなお前ら。今日はもう解散だ。それじゃあまた明日学校で会おう! ナッハッハ!」


 そう田中が告げると、クラスメイト達は一斉に帰り支度を始める。


「じゃあまたな! 幸樹」


 先ほどの俺の少しピリッとした発言を気にする様子は無く。良彦は軽い調子で声をかけてきた。……苦手だなあ。


「おう。また明日」


 いつの間にやら支度を済ませていた良彦は、そそくさと教室から出て行った。


 さて、俺も帰ることにしよう。

 俺が家に着くころまでは、この曇り空もどうにか保ってくれそうだ。

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