第一章 出会いと別れ

第1話 「ハゲは校長のアイデンティティー」

「桜の花も開き、うららかな春の日差しに包まれた今日、新入生諸君が我が梅陽高校に入学することを嬉しく思う」


 嘘をつけ、嘘を。

 うららかな春の日差しなんてどこにあんだよ。

 今日は四月にしてはかなり肌寒い日だ。俺は今、新入生として体育館のステージの前に座っているわけだが、ただ座っているだけでも、時折冷気が足元から這い上がってくるような気がしてくる。


「君たち新入生諸君には高い志を持って……」


 すっかり元気をなくしている桜と、悩みでも抱えていそうな曇り空のもと、私立梅陽高校の入学式は執り行われている。天候こそ残念ではあるが、それでも俺はこれから始まる高校生活に胸を高鳴らせていた。


「……?」


 ふいに、視線を感じた気がした。

 悪目立ちしないようにと、こっそりとその方向を見るがそこには隣の列の女子生徒の姿があるのみであった。


 きっとあれだな。行事ごとあるあるの突如現れる痒み。しかし、なんであれってこうも都合の悪い時だけ現れるんだろうな。これからは式事の日には前もってムヒを全身に塗りたくってこようかな。


 話は変わるが、高校生活というものは人生において最も楽しい時間だ、と俺の親父は常々豪語している。友人たちと夢を語り合うとか、甘酸っぱい夕暮れ時を過ごすとか、大人になってから振り返るとあまりの眩しさに目がくらんでしまうような期間らしい。

 そんなことを幼少時から聞かされていた俺は、自分の進路選択に一寸も迷うことなく、この学校に進学した。


 ここ梅陽高校ばいようこうこうは美少女が多いことで有名だからだ。


 いや、厳密に言うなら全校生徒に対する女子の割合が高い、といったところか。


 その理由は大きく二つある。一つはこの学校の学力レベルがそこそこ高い位置にあること。もう一つは制服がオシャレなことだ。制服が可愛い学校に女子は入りたがる。女子が大量にいれば、相対的に美少女含有率も上がる。要は母数の問題なのだ。


 この学校にいればミラクルスペシャルハイスクールデイズを過ごせる! ワーオ!


 と、そんなことを考えていた矢先、入学式中に早くも悲しいお知らせが一つ速報で入ってしまった。どうやら俺の視神経が伝えてきた情報によると、残念ながらこの学校には美少女とともに美男子も大量に入学してきている模様だ。

 現場からの中継により周りに座っている男子を見れば、なんと見目麗しいこと! ユーデビューしちゃいなよとか言われてそうな男子ばかりである。


 ということはつまりだ。俺は数多の女神たちを遠くから眺めて「眼福、眼福」と嘆息を漏らす事以外に、この桃源郷の楽しみ方を知らないまま卒業することが確定的となってしまったのである。……イケメンとか滅びねえかな、マジで。そもそもブサイクがいるから相対的にイケメンも存在しうるのであってだな……イケメンはもっと俺たちに感謝するべきなのではなかろうか。


 ――俺はそんな益体も無いことを考えながら、バーコードな校長のクソ長い演説を右から左に流すことに成功した。


 お偉いさんたちの挨拶を同様に聞き流した後、「ガハハ」という笑い声の似合いそうなマッスル系担任からの呼名に返事をし、無事に入学式を終えた俺たちは、担任教師(田中というらしい)に連れられ体育館を後にした。

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