【E.G.コンバット電子化】狂気に侵される精神の描写
ついに、ついに、ついにE.G.コンバットの電子版が出版されました。
これは、本当に完結編の出版の布石としか思えません。
だいぶ乗り遅れてしまっていましたが、これは支援せずにはいられません!
さて、秋山先生の書く文章は、どれもこれも、真似のできないようなクオリティーですが、その中でも、どう考えても、こんな題材でエンタメ小説はかけないと思わされてしまう凄まじいシーンが秋山作品にはいくつもあります。
例えば、「イリヤの空UFOの夏」の無銭飲食列伝。
小説において大食い対決を題材にしてあそこまでの作品を描ける作家は、秋山先生をおいて他にはいないと思われます。
そして、E.G.コンバットもまた、秋山先生にしか書けない真骨頂のようなシーンが多くあります。
2ndのテストのシーン。チャーミーの電子情報戦のシーン。そして、今回取り上げる、カデナ・メイプルリーフの懲罰独房のシーンです。
このシーン、何が凄いかと言えば、ひたすらカデナが懲罰独房で狂っていく様子だけが描写されるという点です。行動によって持ち点が減る設定や、看守たちの嫌がらせ、かつての受刑生たちの落書きといった要素が細かく描かれながらも、刑期である5日間、カデナは独房から全く動くことはありません。
その中で、カデナは基本受刑姿勢Aというしゃがんだ体勢のまま足を伸ばすことも手を伸ばすこともできず、狭く苦しく寒いその場所で、徐々に精神と肉体をすり減らして行くことになります。
では、早速見ていきましょう。
①二日目で、冷静さはあらかた失われてしまった。寒さがこたえる。手足を伸ばせないのが泣きたくなるほどつらい。
②自分の周囲を取り囲んでいる落書きが、呪いの魔方陣のように思える。読んではいけない、頭のおかしくなった奴のたわ言なんか読んだって、いいことなんかひとつもない――そう自分に言い聞かせる。③言い聞かせるのだが、頭の中の自分では制御できない部分が、情報の欠乏にもがき苦しんでいる。ふと気を抜けば、いつの間にか目が壁の文字を追っている。
④狂気は言葉から感染する。
⑤感染した狂気は、まずは強烈な不安という形をとってカデナを苛んだ。⑥固く目を閉じて落書きが絶対に目に入らないようにしても、一度頭の中に忍び込んでしまった不安は質量を増していく一方だった。⑦思考のベクトルがマイナス方向に傾いてしまうと、それまでは味方であったはずの空想さえもが、あっさりとカデナを見捨てて敵に寝返った。
⑧――もし、今、オルドリンがプラネリアムの襲撃を受けたら?
⑨――看守たちはとっとと逃げてしまって、このままこの房に置き去りにされたとしたら?i
⑩――泣こうが叫ぼうが、誰も助けに来てくれなかったら?火災が発生して、有毒ガスが少しずつ流れ込んできたら? モスキートの大軍が扉のすぐ外にうじゃうじゃひしめくようなことになったら?
⑪そうだ、自決する方法を見つけておいた方がいい。舌を噛み切って死ぬなんてよくある嘘だ。そんなことくらいじゃ人間はなかなか死なない。栄養剤点滴のチューブと針は?でも、こんな針では身体のどこを刺しても死ねないだろうしこの狭さではチューブで首を吊るのも無理だしどうしようどうしよう早く考えなきゃ死ぬ方法を考えなきゃだってだってもしプラネリアムが攻めてきて早く早く
⑫突然、声が聞こえた。「――だいじょうぶ。わたしが助けに行くから」
⑬ルノア教官の声だった。
⑭間違いなくルノア教官の声だった。
秋山瑞人(1999)『E.G.コンバット3rd』心を支えるもの p25
まず、①では、寒さと手足の痛さが端的に開かれます。小説内で、超人的な頭脳と肉体を持つと描写されているカデナですが、ここでの描き方は徹底して生身の人間です。
そして、文章の始まりを、さりげなく、独白調で始め、しかも、1人称性の高い触覚表現を優先している点に注意が必要です。
圧巻なのは②と③でしょう。理性が失われることで、自分の感情の制御ができなくなっていく様子が、思考と行動のちぐはぐさの中に現れています。
⑤と⑥は、人称として3人称である「カデナ」が使われています。ここで一度3人称を取り入れているのは、全体のリズムを整える上で非常に重要なクッションになっています。「思考がマイナス方向に傾いて空想が寝返った」というのはこの後のカデナの思考を理解する上で不可欠な情報ですが、これをカデナ自身が一人称で語ってしまっては、自分をメタ認知しているような描写になり、冷静さを描いてしまうことになります。感情描写に1人称、メタ認知的な説明には3人称を使用することで、本人の精神をすり減らしながらも読者に状況を適切に伝えられています。
そして、⑧からの最悪な状況に最悪を重ねるような妄想、自殺の方法を探しておいた方が良いという極限の思考。その思考が極まったときに、ルノアの声が聞こえるという希望の光が差し込みます。
この声は、実際には、さらなる絶望を与えようとした看守の演技だったのですが、こうして、希望と絶望が波となって押し寄せるこのシーンは、E.G.コンバット屈指の名シーンとなっています。
今まさに描かれつつあると思われる、最終巻では、一体どのようなデストロイの季節を描き出してくれるのか、楽しみでなりません。
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