秋山節の正体④ 疾走感
秋山先生の文体に独特の疾走感を感じる読者は多く、Amazonのイリヤの書評にも「疾走感あふれる語り口」という書き込みが見られます。
では、この疾走感とは一体どのようにして生み出されているのでしょうか。
これまでにも、本論では、
疾走感のあるバイクチェイス
https://kakuyomu.jp/my/works/1177354054888318676/episodes/1177354054889353001
走馬灯のように去来するイメージ
https://kakuyomu.jp/my/works/1177354054888318676/episodes/1177354054889595865
という項目で疾走感について扱ってきました。
また、疾走感には、
流し読みできる小説の書き方
https://kakuyomu.jp/my/works/1177354054888318676/episodes/1177354054893854129
も大きく関係していると考えられます。
簡単にまとめると、
バイクチェイス
①触覚による動きの描写 → 体験が臨場感を持って迫る
②主観的な表現 → 描写量が増えても間延びしているように感じない
③景色や小道具で左右、弾く、流れる、飛ぶなどの運動表現を行う
走馬灯
①過去に出てきた象徴的なフレーズを短文化して書き連ね、脳裏に情報が次々と蘇る状況を作る。
②「百年も昔のことのように思える」など無限遠の遠さによって、空間の広さを演出する
流し読み
①改行多用文と段落部分とで眼球の動きにリズムができ、視線のストップ&ゴーが疾走感を生む。
主観表現による臨場感、情景の壮大さ、情報の畳み込み、眼球運動などが総合的に作用して疾走感が生み出されているものと推測されます。
ただし、こうした要素も、三人称多元視点の豊かな描写力に支えられているという点を忘れてはいけないでしょう。
では、具体的に見てみましょう。
盗聴器に気づいてスイッチの入った伊里野が、浅羽の衣服をはぎ取り丸出しの股間を検査した後のシーンです。
①見られた。
②おまけに、鼻と鼻がくっつきそうな至近距離からわけのわからない質問をされた。③最近だれか知らない人に声をかけられたりしなかった? ④アメリカの本当の首都はどこ? ⑤家に無言電話がかかってきたことはある? ⑥ウォーレン委員会のメンバーのうちで人間じゃないのは誰と誰? ⑦ジュースの自動販売機の中に人がいるって思ったことはない? ⑧MJ-12文書が偽物である根拠を三つ挙げて。
秋山瑞人(2001)『イリヤの空 UFOの夏その2』正しい原チャリの盗み方後編p27
このシーンで浅羽は、丸出しの下半身を伊里野に見られて羞恥心の極致にいます。羞恥心は、怒りや屈辱などと同様の興奮性の感情であり、その感情を端的に「見られた」という言葉で表すことで、以降の疾走感の下地を作ることに成功しています。
次に③から⑧までは伊里野の畳みかける質問が続きます。
端的に質問のみを繋げる構成が疾走感を増強していると考えられます。
さらに、ここでこの畳かけが、回想シーンという形をとっている点にも注意が必要です。
回想シーンを利用することで、一人称性が高まり、混乱した心理描写が行いやすくなっています。
畳みかけと感情の高まりによって速度を増した描写は、その後、以下の文章に続いていきます。
そして、伊里野の目の前には、一台のスクーターがあった。
伊里野がナイフを抜いた。背中から。制服の下に手を突っ込んで。グリップにパラシュートコードがぎっちりと巻かれた、銃刀法違反まちがいなしの見るも恐ろしいナイフだ。素早く逆手に握り直し、スクーターの鼻っ面にブレードをどかりと突き立て、FRPのカウルをボール紙か何かのように切り開いていく。むき出しになったイモビライザーにコンピュータのケーブルを接続してコードブレイカーを起動、ミリタリーチップの演算速度に物を言わせて総当たり
エンジンは一発でかかった。
百秒はかからなかった。
「乗って!」
秋山瑞人(2001)『イリヤの空 UFOの夏その2』正しい原チャリの盗み方後編p28
このシーンは、解像度を高めて極端な減速描写をしているのが特徴です。
小説においては、文章の流れは時間の流れを表しています。
つまり、一つ一つの動作、部品、道具を事細かく説明することは、一種のスローモーションのような効果を生み出します。
さらに、使用されている修飾語としては『見るも恐ろしい』『銃刀法違反間違いなし』『ぎっちり』『どかりと』『ボール紙か何かのように』『むき出しになった』『物を言わせて』『無理矢理』『シリンダーごと』『力任せに』などなど、非常に強い表現が多様されています。
結果として、このシーンの描写は、長ったらしい退屈な描写ではなく、一瞬を無限に引き延ばしたかのような緊迫感のある描写に仕上がっています。
さらに、この箇所は実は「流し読み」もできる箇所です。なんとなく雰囲気を読み取った上で、まるまる読み飛ばしたり先を急いでも問題はありません。
こうした箇所が続くことで、眼球の速度は間違いなく早くなるでしょう。
そして、最後の3行。それまでの描写とは打って変わって端的な表現での改行の連続が、スローモーションよりさらに進んだストップモーションを生み出します。
その画面の静止は、伊里野の「乗って」という言葉によって解き放たれ、再び躍動感を持って動き出します。しかも、その疾走感は、シーンの緩急によって数倍にも高められ、読者の心に迫って来るようになります。
そして、次に上げる、もう一度の減速描写と伊里野の叫びを背景に、壮絶なカーチェイスは幕を上げます。
そのとき、ふたりの頭上で騒ぎが巻き起こった。浅羽が呆然と仰ぎ見れば、四階の裏口に残してきた「仕掛け」が作動していた。消火器がホースをヘビのようにのたくらせ、白煙を撒き散らして暴れ回っている。
「早く乗って!!」
秋山瑞人(2001)『イリヤの空 UFOの夏その2』正しい原チャリの盗み方後編p28
豊かな描写力に支えられた,主観表現や緩急、情報の畳み込みなどが見事に作用しているのが読み取れたかと思います。
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