秋山節の正体③ 色つきの情景描写

秋山先生の作品の特徴として、人物や情景描写が抜群にうまい、という点が挙げられます。


「うまい」というのはかなり主観的で人によって視点も違うと思いますが、秋山先生は、電撃hpのインタビューの中で、自身の描写についてこう回答しています。


「これは自分のクセだと思うんですが、当たり前のものを描写するのに当たり前の文章で済ませるのがイヤなんです。たとえば「青い空、緑の丘」というのは言っていることの抽象度が高すぎて、「丘があって空がある」以外のことを何も言っていないのと同じだと思うんですね。だから、ここでも何か面白いことを言わなきゃなって思うんです。いちいちそういうところにつっかかるんですよ(笑)。」

メディアワークス(2001)『電撃hp Volume13』p8


では、秋山先生の言う「面白いこと」とは一体どんなものなのでしょうか。

2004年版『SFが読みたい』の対談では、


「「イリヤ」の場合はとくにそうなんですけど、キャラクターの外面の描写はあまりしないんですよ。脇のキャラは描写するんですけど、主役級であればあるほど何も書いていない。

(中略)

だから、鼻血を出すとかわいいでしょとか。

(中略)

あと何でしょうね、転校してきた初日でつんけんしてんだけど、浅羽にはそうじゃないとか。

(中略)

俺にとってキャラクターの髪型よりも鼻血の方が重要だし。

SFマガジン編集部(2004)『SFが読みたい2004』p32


このように語っています。


マンガやアニメには勝てないところでは勝負しない。行動や思考を重視する。


こうした方針は、秋山先生の描写において非常に重要な要素を占めているように感じます。

では、具体的に秋山先生の描写を見てみましょう。


①敵地に潜入したスパイのような気分で焼却炉の陰からこっそりと周囲の様子をうかがう。②田舎の学校のグランドなんて広いだけが取り柄で、③何部のヘタクソが引いたのかもよくわからないぐにゃぐにゃした白線はひと夏がかりで散々に踏みにじられて、④まだ闇に慣れきっていない目にはまるでナスカの地上絵に見える。

秋山瑞人(2001)『イリヤの空 UFOの夏その1』第三種接近遭遇p12


①の「スパイのような気分」という表現は、単純に中2病的な高揚感を表しているだけでなく、「北」ともうすぐ戦争になる、という空気感のあるイリヤの世界観ともリンクしている点に注意が必要です。


他にもイリヤの中では、「学生生活を戦い続ける一兵士」「ギャグや韜晦をチャフやフレアのようにばら撒いて」と軍事色の強い形容がしばしば使われていますが、読者は「イリヤの世界観の中で暮らすキャラクターなら自然な発想かも」と感じ、ただの描写が世界観の提示やキャラクターの内面描写にもなっている点に驚きます。


ここで、全ての描写は「被写体」と同時に「視点人物の内面」を映し出してしまうものだということに気づかずにはいられません。


そうした目で見ると「広いだけが取り柄」「何部のヘタクソ」「ナスカの地上絵のように見える」という描写も、この表現を選んだ浅羽自身のキャラクターを否応なしに浮かび上がらせます。


つまり、秋山先生の描写は、情景描写一つをとってもキャラクターの内面を描写せずにはいられない「色つきの情景描写」だということができます。

もう一箇所見てみましょう。


①浅羽は、呆然と空を見上げる。②夕暮れの空、遠くネバダに続いているはずの空。③学校へ行かなくてもよかったあの二ヶ月間とどこも違ってはいない。④セミが鳴き、輸送機が飛び攻撃機が飛び、UFOが飛ぶかもしれない。⑤デートが終わり、日曜日が終わる。

⑥しかし、夏はまだ終わらない。

⑦デートも日曜日も、外界の都合だった。

秋山瑞人(2001)『イリヤの空 UFOの夏その2』正しい原チャリの盗み方後編p74


「青い空、緑の丘」という表現は何も語っていない、と言った秋山先生の言葉の意味が、よく分かるのではないでしょうか。


ここでは、夕暮れの空を描写するだけで、

②ではイリヤから聞かされた話に思いを馳せる浅羽の内面をさり気なく描写し、

③では浅羽自身と読者の夏休みへのノスタルジーを刺激し、

④では世界観を再提示するとともに「かもしれない」構文をはさむことで描写との距離を離し、⑤⑥⑦でのノスタルジックな雰囲気の下準備をしています。


読者の感情、登場人物の感情に寄り添いながら描写をしていることが見て取れるのではないでしょうか。

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