番外編 一人称小説を書きたいなら『マリア様がみてる』に学べ
今回は、秋山先生の作品を離れての番外編になります。
現在、私はカクヨムで『双子地球』を連載中ですが、こちらは第14回電撃小説大賞で三次選考まで残った作品を書き直したものです。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054893531021
その際に、文体の参考にした作品の一つとして『マリア様がみてる』が挙げられます。
厳密には三人称ではあるのですが、この『マリア様がみてる』は一人称小説を書く上では、この上ない教科書となるので、ここに取り上げてみたいと思います。
一人称の最も重要なのは「感情移入」です。
そのために、感情を描くことが大切ですが、小説では「悲しんだ」「楽しんだ」「混乱した」などと感情そのものをダイレクトに文字にしてもあまり効果が上がりません。
行動や思考を書き込むことで、感情を表現する、ということが必要になります。
以下は、第一巻で主人公の祐巳が、突然憧れの先輩から「妹」にすると宣言された直後の混乱状態を描いた箇所です。
①「もちろん」
②勝ち誇ったような笑みを浮かべ、祥子さまはそのまま流暢に、その場にいた全員の度肝を抜くような言葉を発した。
③私は、今ここに福沢祐巳を
5
④「どうぞ」
⑤湯気の立ち上る赤い液体が白いカップに七分目ほど注がれ、目の前に置かれた。
⑥これは、紅茶という飲み物だ。
⑦「ミルクとお砂糖は?」
⑧背の低い、お下げ髪の少女が籠に入ったスティック状の物を差し出した。⑨この子は確か、同じ一年生で。クラスと苗字はちょっと思い出せないけれど、
⑩「いえ、結構です」
⑪断ってからぼんやりと考えた。⑫えっと、ミルクって何だっけ?
今野緒雪(1998)『マリア様がみてる』p47
ここで最も特徴的なのは、⑥、⑫のように紅茶やミルクなど当たり前に知っているはずの事柄を認識することに困難が生じている点です。
そのことで、他のことで頭が一杯、あるいは頭が真っ白であるという状態を表現することができています。
また⑤では事実を書くなら「紅茶が注がれた」と書けばいいところをわざわざ固有名詞を避けて描写をし、⑥につながる下準備をしています。
また、⑩⑪のように反射的に断ってから話の内容を精査したり、とこれらは、全て混乱している様子を思考や動作で表すための工夫となっています。
さらに、最も重要なのは、読者の状態が祐巳と全く同じになっているという点です。
直前に「妹」宣言を見た読者は、すでに頭の中で「一体何が起こっているのか」ということを考え始めており、祐巳と同じ思考を共有しています。
読者自身も、謎の方に興味があって、目の前の紅茶やミルクはどうでもいい状態にあり、そんな中、⑤のように読みにくい描写がなされ、⑧でも「籠に入ったスティック状の物」などともって回った説明がされます。
さらに、初登場の黄薔薇の妹の由乃さん。
読者はそうした情報の波に放り込まれ、混乱している祐巳と感覚を共有しているかのような錯覚に陥ります。
『マリア様がみてる』では、全編でこうした感情移入のためのテクニックが使われており、一人称を描く上での重要な要素を学ぶことができます。
一人称は、カメラワークや情報の提示が固定されるため、描写の混乱が少なく、初心者でも書きやすいと言われることがありますが、やはり、優れた作品の裏には様々な技法があり、表現効果を支えているものだということがわかります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます